7.婚約式

 汽車に揺られて、辿り着いたのは『王都』だ。

 この世界には王族がいるらしくて、中心であるこの王都はシリウスの屋敷がある土地と比べて活気が溢れている。

 まるで映画のシーンのような、煉瓦造りの街並み。瀟洒な街灯が均等に並び、行き交う馬車の数も桁違い。


 街を歩く人達も様々だ。人間界で見た現代風の服を着ている人もいれば、貴族らしくドレスやスーツを着た人もいる。もちろん、シリウスとわたしと同じローブを着ている人も。

 でも、ここが魔法の世界ということもあり、見る物全てが珍しい。


 たとえば、近くの仕立て屋では店主がお客らしい女性を話している後ろで、鋏が勝手に動いて布を切り、針と糸が切ったばかりの布を自由自在に縫っている。

 その二軒先のお菓子屋から出た家族連れの子供が、動物に模したビスケットを食べると、その子供の口から動物の――犬の鳴き声が出てきた。

 さらにその反対側のブティックから出てきたご婦人のつけた香水は、気分によって色んな素敵な香りに変化したりと……色々と不思議なことがばかりあって目まぐるしい。


「マユミ、馬車が来たぞ。このまま魔法省へ向かう」

「わ、分かった!」


 周りに夢中なっていると、ちょうど茶色い毛並みが綺麗な馬が四頭も引く馬車がやってきて、シリウスに促され乗り込む。

 その時、ちょうど通りかかった魔女らしい少女達が、キャッキャッと色めき立ち、ひそひそと話していた。


「ねぇ、あれってシリウス様よね!? たった二一名しかいない【一等星】の魔法使い!」

「ああ、なんて綺麗な顔立ち。眼福だわ~」

「でも、あの方の隣にいる子は誰? 地味で釣り合ってないわ」

「ちょっと、あの夜空色のローブが見えないの? きっとあの子がシリウス様の花嫁よ」

「花嫁ですって!? ああ、それなら納得だわ。だって太陽の魔力を感じるもの」

「ええ、それもかなり。見かけによらずとても魔力が強いのね、あの子……」

「あ~ん、ショック。玉の輿の夢がぁ」

「【五等星】のあんたじゃ無理よ。最低でも【二等星】じゃなきゃ」


 たった二一名しかいない【一等星】……それは初めて聞いた。

 でも、人間界でも確認されている一等星も二一個だし、二等星や三等星までいくとその数は倍ある……って、理科の授業で習った、と思う。うん。

 そう思いながら馬車に乗り込み、そのまま窓の外の景色を眺める。その様子にシリウスは何も言わなかったから、思う存分楽しむことにした。


 しばらくすると、馬車は大きな城に向かって歩く。

 白い壁と群青色の尖った屋根をしており、城門の壁には均等に水晶の柱が立っていて、あれは結界の役割を果たしている、とシリウスは教えてくれる。

 馬車は城を正面から少し右に逸れた道をしばらく進むと、立派な建物が見えてきた。


 四本の尖塔がある四角い建物で、壁や屋根の色は城と同じ。

 だけど、入り口前の階段から出入りするのは、グレンと似たローブ姿の人達。


「ここが魔法省だ。有事の際に駆けつけられるよう、魔法省と城の距離はなるべく離れないようになっているんだ」

「な、なんか意外とこぢんまりとしてるね」

「見た目はな。中はあれの倍くらい広い」


 さりげない仕草でシリウスにエスコートされ、目を丸くしている内に魔法省の中――エントランスホールに入る。

 中は彼の言う通り広大と言っていいほど広く、なんなら天井は外と変わらない清々しい青空が広がっている!

 ここに来て驚くことばかりだけど、これは流石に予想外。呆然とするわたしを連れ歩きながら、シリウスは受付に向かう。


「おはようございます、ようこそ魔法省へ。本日はどのような御用でしょうか?」


 受付嬢である魔女の一人は、シリウスの姿を見るや頬を薔薇色に染めながら、上目遣いで話しかけるが、本人は一切顔色を変えず用件を告げる。


「先日、私の花嫁が見つかった。そのための婚約式をしたい」


 直後、魔法省のエントランスホールがざわついた。

 百を超える目がこちらを向いて、わたしは慌てて彼の腕に顔を埋める。


「……それでしたら、五階の異世界婚姻課ですね。少々お待ちを」


 受付嬢も一瞬だけ顔を引きつらせるも、すぐさま営業スマイルで手続きを済ませる。

 この世界にはパソコンはないのに、どうやっているんだろうと思い覗き見すると、シリンダー(紙を固定する台)の部分に四角いガラスが三つ付いたアンティーク調のタイプライターのボタンをカタカタ打つ。


「お待たせ致しました。このままエレベーターでお向かいください」

「分かった」


 ボタンを打ち終えた受付嬢の言葉に返事すると、シリウスは踵を返してわたしごとエレベーターへと向かう。

 その際に受付嬢達は何やらきゃあきゃあ騒いでいたけれど、きっと街中で見かけた魔女達と同じ内容だろう。


 エレベーターは真鍮製の柵が二重についた、世界史の授業の映像で見たことのあるタイプのものだった。

 幸い、行き先はボタン式だったから使い方は分かったけど、柵の隙間から上下に移動する際の振動や風圧を感じてしまい、これは苦手だなと思ってしまった。


 五階に着いて降りると、そこには茶色い扉が一つしかなく、その扉の右上には天井から黒い金属の鎖が二本吊るされていて、その先に付いている木の板には『異世界婚姻課』と書かれていた。

 シリウスはその扉に三回ノックすると、


「どうぞ」


 扉越しから低い男性の声が聞こえ、そのまま入室する。

 部屋の中はドラマで見るオフィスのイメージだったけれど、なんとまるで結婚式の式場そのものだった。


「えっと、ここは……?」

「『異世界婚姻課』は文字通り、魔法使いと花嫁との婚約や結婚を執り行ってくれる部署だ。今日は婚約式のために室内を魔法で変えているだけだ」

「変えてるって……他の職員さんは?」

「そもそも、この部署に用がある者自体ごく少数だ。この部署の職員は三〇名くらいだが、そのほとんどは非常勤か他部署からの助っ人、正式の職員は一〇名だけだ」

(えー……それでいいの?)


 ちょっと魔法省さん? いくら部署内容的に需要があまりないとはいえ、ガバガバすぎません??

 心の中でそうツッコみながらも、シリウスにエスコートされるまま講壇の前に立たされる。

 講壇には『婚約宣誓書』と金の飾り文字で書かれた羊皮紙一枚と羽ペン一本が置かれていて、その前には優しそうな初老の男性――彼が神父の役割をしているのだろう。


「これより、【一等星】シリウス様と、花嫁マユミ・タカナシ様の婚約式を執り行います。お二方、こちらに誓いのサインを」


 男性はそう言うと、シリウスは羽ペンを手に取って自分の名前を書く。『Sirius』と滑らかな英語で。

 わたしも彼から羽ペンを受け取り、震える手で自分の名前を書く。『小鳥遊愛結』と堅苦しい日本語で。

 どちらも言語は違うのに、男性は笑顔で頷く。


「よろしい。ここに、新たな門出を歩く二人に祝福があらんことを!」


 男性が婚約宣誓書を左手に、ローブの内ポケットから抜いた杖を右手に持つ。

 彼が杖を振るうと、婚約宣誓書は光ったかと思ったら、なんとビリビリと半分に破った。

 破かれたそれは、輪っかを作ると徐々に小さくなる。小さな輪っかはわたしとシリウスの左手薬指に入ると、そのままぴったりと収まり、やがて冷たい金属の感触が伝わってくる。


(これって……指輪?)


 日の光を浴びて白く輝く、シルバーリング。

 シリウスにも同じ指輪がされており、これがさっきまでわたし達が名前を書いた婚約宣誓書だと思えないほどの質感だ。


「これにて、婚約式が無事終わりました。本日はありがとうございます」


 最後に男性はわたしの着ているローブの左胸に杖を向けて振るうと、そこにワッペンがつけられる。

 大犬を象ったワッペンは、彼の印台指輪シグネットリングと同じだった。


「今日は感謝する。マユミ、カフェでランチにしよう」

「…………あ、うん」


 呆然と指輪とワッペンを見ていて、反応が遅れて返事を返すも、彼は何も言わずそのまま出口までエスコートしてくれた。

 その道中、わたしはさっきの男性の言葉が脳裏から離れなかった。


 ――新たな門出を歩く二人に祝福があらんことを!


 本当なら、ちゃんと互いを理解し合う者同士ならば喜ぶだろう。

 だけど、わたしと彼には、そう思える感情があるのだろうか?


 ……ううん、違う。あの時、わたしは確かに嬉しかった。

 嬉しかった……けど、それを素直に喜ぶことができない。


 だって、どんなに愛しても、どんなに想っていても。

 最後の最後で選ばれず、捨てられてしまったひとを、わたしは知っているから。

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