盗撮犯は、『どうやって』犯行に及んだのか?

「そっか……普段の状態だけじゃなくて、下着姿や裸の写真まで撮られちゃってたんだね……」


「兄さんは、これもあのダイって人がやったことだと思う?」


「違うと思う。あいつの目的は俺を陥れることだったけど、これは明らかにそんなレベルじゃねえからな」


 情報共有の後、話し合いを始める三人。

 下着盗難に関してはまだしも、盗撮事件についてはほぼ知らなかったメルトは険しい表情を浮かべている。


 この事件に関してはダイは無関係だろうと、自分を嵌めようとした男のことは一旦置いておくことにしたユーゴは、盗撮の手法について話をし始めた。


「犯人を捕まえるためには、まずはその手口を突き止めるべきだ。いったい、犯人はどうやって女子風呂の中を盗撮したんだ?」


「写真を見てないからなんとも言えないけど……普通に考えて、隠しカメラを仕込んでたとかじゃないのかな?」


「それはちょっと難しいと思います。一つや二つならまだしも、ばら撒けるくらいの写真を撮影するだけのカメラを設置して、逐一回収して映像を確認するっていうのは手間がかかりますし……」


「それに、写真は風呂場の中だけじゃなくて、学校で過ごしてる女子たちの姿を何枚も撮ったものなわけだしな。この学園にそれだけ大量の隠しカメラがあるとしたら、一つも見つかってないっていうのも変な話じゃないか?」


「そうだよね……カメラを仕込んだにしても、それを回収しなくちゃいけないもんね……」


「ついでに、先生たちが更衣室と風呂を調べたけど、怪しい物も何かを仕込まれた形跡も見つからなかったってさ。隠しカメラの可能性はなさそうだ」


 最も可能性が高そうな、何らかの記録装置を撮影場所に仕込むという手口であるが、それをやるにしては規模が大き過ぎる。

 調査しても痕跡すら見つからなかったし、そもそもこの手口でも設置や回収のために犯人は現場に足を踏み入れなければならないわけで、そんな状態で大々的に自分の犯行をアピールするというのはあまりにも行動が不可解だ。


 となると……と考えたところで、何かを思いついたメルトがはっと顔を開けると共に二人へと言う。


「もしかしてだけど、犯人はみんなを怯えさせるのが目的なんじゃないかな? みんなを不安にさせて、大浴場を使いにくくさせて……それで、設置されてるシャワーとかで一人でお風呂に入ろうとしたところで、孤立した女の子を襲うのが目的なんじゃ……!?」


「だとしたら、犯人はバレずに現場に入る方法があるってことだ。盗撮方法も透明化とかで風呂場に入り込んで、そのまま撮影したって可能性も十分にあるな……!」


「でも、透明になれる魔法や魔道具は扱いが難しかったり貴重で簡単に使えるものじゃないし、そんなに長時間は使用できないよ。気配遮断の技とかなら時間はどうにかなるかもしれないけど、それじゃあ流石にバレるだろうし……」


 何にせよ、犯人は現場に立ち入ることができている可能性が非常に高い。

 撮影も実際に風呂に入っている女子たちの傍でそのあられもない姿を撮っている可能性が高いと考える三人であったが、問題はどうやってバレずに写真を撮るかだ。


 カメラのような記録用の機材を持ち込めば誰だって不審に思うし、撮影の瞬間をごまかすことなんてできるはずがない。

 魔法や魔道具に頼るにしても、透明化やそれに近しい方法では無理があるということで、さっぱり手段に見当がつけられないままだ。


「超遠距離からバレないように撮影した……ダメだ、そんなんじゃ売り物になるような写真は撮れないよね……」


「犯人は複数いて、持ち回り立ち回りで撮影を……でも、それだったら足が付く可能性が高くなるはず……」


 考えれば考えるほどにわからなくなるこの謎には、流石の三人も頭を抱えるしかない。

 答えが見つけ出せずに悩むユーゴたちであったが、不意にその耳にガサガサという草木が揺れる音が響き、三人はそろってそちらへと顔を向けた。


「め、メルト、やっぱりここにいたんだね……!」


「あっ、お前は……!!」


 ややあって、茂みから姿を現したダイの顔を見たユーゴは、一旦置いておいた彼への怒りを再燃させた。

 よくもまあ自分を下着泥棒に仕立て上げようとしてくれたなとふつふつと怒りの念を燃え上がらせる彼を制しつつ、メルトがダイへと声をかける。


「なに? 私に何か用?」


「も、もうこんな時間だし、学園も危ない状況なんだから、早く寮に戻った方がいいよ。俺が送るから、一緒に帰ろう。今朝の誤解も解きたいし……!」


 気が付けば、空は茜色に染まりつつあった。

 確かにこれ以上暗くなる前に寮に戻った方がいいとは思うが、だからといってダイの提案の馬鹿正直に乗る必要なんてない。

 メルトが彼に何かを言う前に、今度はユーゴが彼女を制して代わりに話をし始めた。


「お前にメルトは預けられねえよ。俺とフィーが送るから、お前こそ寮に帰れ」


「なっ、なんだよ!? お前は関係ないだろ!」


「ある。メルトは大切な友達だ。その大切な友達を、お前みたいな危ない奴と二人きりにできるかよ」


「うっ……!」


 下着泥棒の汚名を着させられそうになった怒りもあるが、今はそれ以上にメルトに邪な感情を向けているであろうダイと彼女を二人きりにはさせないという想いの方が強い。

 本当の下着泥棒であるダイと彼女を二人きりにさせたら、それこそ危険極まりないと判断してダイを遠ざけようとするユーゴの気迫に、彼も押され気味になっている。


「悪いけど、私もあなたと一緒にいたくないし、話すこともない。心配してくれるのはありがたいけど、帰ってもらえるともっとありがたいかな」


「そっ、そんな……! 待ってくれ、メルト! 俺は、君を――!!」


 メルトに拒絶されたダイが顔を真っ青にしながら彼女へと声をかける。

 今にもメルトに縋りつきかねない彼の前に立ちはだかりながら、どうにも厄介なことになったなと辟易としていたユーゴであったが……その瞬間、妙な物音を感じ取った。


「ん……?」


「兄さん、どうかしたの?」


 喚くダイからメルトを庇いながら、彼を制止するために立ち位置を変えたその瞬間……妙な音が響いた。

 同時に、近くの茂みからかすかに光が漏れたことを見て取ったユーゴは、その茂みをじっと見つめ、観察する。


「メルト! 頼むから話を聞いてくれ! 全部誤解なんだよ! 話せばわかってくれるはずだ!」


「全部自分がやったって言うならまだしも、見え透いた嘘なんて聞きたくない。言い訳するくらいだったら、何も聞かない方がマシだよ」


「でも、だって、俺は……!! くそっ! 放せよ、ユーゴ! お前は本当になんなんだよ!?」


 暴れるダイを抑えながら、ユーゴはそれでも視線は茂みの方へと向け続けている。 

 その様子をメルトもおかしいと思ったのか、何か妙なものを感じた彼女もまた彼と茂みを交互に見つめる中、ユーゴは自分へと叫ぶダイを無視しながら、口を開いた。


「おい……いるんだろ? そこに隠れてるお前のことだよ。何やってんだ、そんなところで?」


 ――ガサッ! と大きな音がした。

 ユーゴの言葉が合図だったかのように、何か黒い影が茂みから飛び出すと一目散に逃亡を図る。

 しかし、そうなることを読んでいたであろうユーゴは押さえていたダイを突き飛ばすと、あっという間に逃亡者に追い付き、彼を確保してみせた。


「はっ、放せっ! 放せよっ!!」


「暴れんじゃねえ! お前、学園の生徒じゃねえな? それに、こいつは……!!」


 どう見ても学生と呼べる年齢とは思えない男を捕らえ、地面に引き倒したユーゴが彼の所持品を探る。

 首から下げていたカメラを奪い、先の物音と光の正体を理解した彼は、追い付いたフィーへとそれを渡してから、今度は男が着ているジャケットを探りながら尋問を始めた。


「お前、何者だ? 騒ぎになってる盗撮の犯人か!?」


「ちげえよ! 違うって!!」


「嘘吐いてんじゃねえ! だったら、お前が持ってたカメラと……この写真はなんだ!?」


 男が着ているジャケットの内ポケットから、女子生徒たちが写っている写真を見つけ出したユーゴがそれを相手に突き付ける。

 どこからどう考えても盗撮犯としか思えない男であったが、彼は首をぶんぶんと振るとこう答えてきた。


「確かに俺はここに忍び込んで盗撮した! だけど、これは初犯だ! 風呂とか脱衣所を盗撮したのは俺じゃねえって!」


「なんでこんな真似をした? おふざけで許されることじゃねえってのは、わかってるだろ?」


「わ、悪かった……金が、金が欲しかったんだ。逃げないし、全部話すよ……こっ、これを見てくれ!」


 小心者なのか、あるいは逃げ切れないと観念したのか、男は地面に跪くと共に両腕を上げて降伏のポーズを取ってみせた。

 そこからまた別のポケットに手を突っ込んだ彼は、そこに入っていた写真の束をユーゴへと差し出し、許しを請う。


「なんだよ、これ? こんなもん渡されても、お前を逃がしたりはしねえぞ」


「わかってる! でも、少しでも罪を軽くしたいんだ! 情報提供するから、警備隊には俺が素直に罪を認めたって話してくれよ! なっ!?」


 必死な男の様子から、騙すつもりはなさそうだと判断したユーゴが、手渡された写真の束へと視線を落とす。

 裏返しになっているそれをひっくり返し、表面を見たユーゴは、そこに写っているものを目にして目を細めた。


「メルトの写真? それに……なんだ、このSってのは……?」


 やや遠巻きに撮影されたメルトの写真。顔はなんとか判別できる程度だが、優れたプロポーションとピンク色の髪という彼女の特徴は写っている。

 服装はルミナス学園の制服で、体勢や状況に関してもいかがわしいところのない普通の写真ではあるが……盗撮されたものはだというのは明らかだ。


 問題は、そのメルトの写真の下部に『S』というアルファベットが書かれていること。

 これはなんなのかと男に問えば、彼は震えながらその答えを返してきた。


だよ。その嬢ちゃんの写真は、最高ランクの金額で売れるってことさ」

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