信頼は不動。メルト・エペは揺るがない

「は……?」


 てっきり、彼女がユーゴを罵倒すると思っていたダイは、それとは真逆の言葉がメルトの口から飛び出したことに呆気にとられた表情を浮かべるしかなかった。

 周囲の女子生徒たちも、フィーも、そう言われたユーゴですらポカンとする中、いち早く持ち直した泣きぼくろの女子がメルトへと食って掛かる。


「なに言ってんのよ、あんた!? こいつの住処から盗まれた下着が出てきたのよ? これこそがこいつが犯人だって証拠でしょ!? それがどうして真逆の結論になるのよ!?」


「簡単だよ! だって、ユーゴがそのテントを使い始めたのって、ほんの二、三日前からだもん!」


「へっ……?」


 猛然とメルトに反論する女子生徒であったが、彼女があっけらかんとそう答えたことで毒気を抜かれてしまったようだ。

 笑顔を浮かべたまま、呆然とする彼女に向けて、メルトは自分の考えを説明していく。


「みんなは知らなくて当然だけど、ユーゴは少し前までテントも持ってない状態だったんだよ。依頼でお金を貯めて、ようやくそのテントを買ったばっかりなんだよね」


「そ、それがなんだって言うのよ?」


「女子寮で下着泥棒が出始めたのは何週間も前の話でしょ? でも、ユーゴがテント生活を始めたのは数日前……もしもユーゴが下着泥棒だとしたら、盗んだ下着を今までどこに隠してたの?」


「えっ? あっ……!」


「言っておくけど、テントの組み立ての時には私もフィーくんも一緒にいたからね? その時、変な物は一切見てないよ?」


 下着泥棒が出始めた時期と、ユーゴがテント生活を始めるまでの間には、一週間以上のタイムラグがある。

 本当に彼が下着泥棒だとしたら、その間、どこに盗んだ下着を隠していたのか? というメルトの質問に声を詰まらせた女子生徒に代わって、ダイが口を開いた。


「わ、わからないけど、どこか別の場所に隠していた可能性だってあるだろう!? 学園は広いし、それこそ人が来ない庭の一角とかに埋めておいたとか……」


「それはないと思います。その袋、見たところすごい綺麗ですから。もしも屋外に放置していたとしたら、汚れてなきゃおかしいですよ」


「じゃあ屋内だ! 校舎や寮の使われてない部屋に隠してたんだよ!」


「そうだとしたら、今まで上手く隠せてたのにどうしてわざわざ決定的な証拠になる物を自分の住処に持ち込んじゃったわけ? それも、そんなにぎっしりさ。使にしても、一つや二つあればいいわけじゃん」


「……兄さん、下着を使うってどういうこと? 泥棒はあれを履くってことなの?」


「あ~……まあ、そんなところだ。深く考えなくていいぞ、気持ち悪くなるだけだから」


 メルトと一緒に反論しつつも、ちょっと危ない彼女の発言の意味をよくわかっていないフィーの疑問を上手く解消するユーゴ。

 自分のために反論してくれてるとはいえ、フィーがいるということを考えてくれと考える彼の前で、メルトがダイの意見を打ち崩していく。


「下着そのものも綺麗なままだから、剥き出しにして隠しておいたってこともない。そもそも自分が犯人だって示す決定的な証拠を誰もが立ち入れる中庭に放置しておくっていう方がおかしくない?」


「そうですよね。兄さんはメルトさんたちと一緒に依頼で学園外に出ることも多かったですし、こんな場所に証拠品を置いて出掛けるってことが不自然だと思います」


「フィーくんもそう思うよね? それに、何より……泥棒なんてしなくても、ノーリスクで手に入る下着がにあるじゃん!」


「ぶふ~っ!?」


 自分の胸とお尻をぽん、ぽんと叩きながらのメルトの一言に、盛大に噴き出すユーゴ。

 彼女の言葉の意味を理解した面々が顔を赤くする中、一番顔を真っ赤にしている彼がメルトへとツッコミを入れる。


「ばっかやろう! お前、嫁入り前の娘さんがそんなこと言うもんじゃありません!! ご両親が泣くぞ!!」


「ユーゴになら脱ぎたて下着のワンセットくらいプレゼントしてあげてもいいっていう女の子がここにいる、ってことがこれで証明できたでしょ? それに、こんな反応をするユーゴが下着泥棒をするような人間じゃないって、みんなも何となくわかったんじゃないかな?」


 確かに、顔を真っ赤にして初心な反応を見せるユーゴを見ていると、彼が下着泥棒などという真似をするようには思えなくなっていた。

 発見した物的証拠にも妙な部分が多いと気付いた女子たちがざわめく中、泣きぼくろの女子がそれでもといった感じで口を開く。


「でも、実際に盗まれた下着がこいつのテントから出てきたじゃない。これはどう説明するつもりよ?」


「……全てがでっち上げだとしたら、全ての説明がつきます。犯人は兄さんじゃなくって、あの人だ!!」


「!?!?!?」


 状況証拠から推理し、完璧な答えを導き出したフィーがダイを指差しながら叫ぶ。

 一瞬、自分の犯行を言い当てられたことに焦ったダイであったが、即座に気を取り直すと猛然と反論を開始した。


「な、何を言うんだ!? 俺が、下着泥棒? ふざけたことを言うな!」


「そうよ! ダイ様がそんなことするはずがないわ!!」


「ダイ様が下着を盗む理由がないじゃない! ダイ様が言ってくだされば下着を渡すって女子はそこのクズの何倍もいるのよ!?」


「……なあ、一つ質問なんだけどよ。俺のテントを調べよう、って言い出したのは誰なんだ?」


「それ、は……」


 ダイに乗っかるようにして反論し始めた女子たちであったが、ユーゴの質問を受けると一斉に口を噤み、ダイへと視線を向けた。

 その反応に、弟の推理は正しいとユーゴが確信する中、浮かべていた笑みを引っ込めたメルトがダイへと言う。


「みんなの下着を盗んだのは、ユーゴに下着泥棒の罪を擦り付けたかったからだよね? みんなを扇動してここに来たあなたは代表してユーゴのテントを調べるふりをして、隠し持っていた袋を取り出し、あたかもここで見つけたように振る舞った……違う?」


「ちっ、違う! 誤解だ! 俺はそんなことしてない!!」


「でも、あなたが犯人だって考えれば全部の辻褄が合う。みんなだってそう思うでしょ?」


「やってない! 俺はそんなことしてない! 全部、的外れな推理だ!!」


「そ、そうよね……ダイ様が、そんなことするはずがないわ……!」


「きっと他に犯人がいるのよ。もしくは、やっぱりユーゴが犯人か……」


 明らかに状況証拠はダイを犯人として指し示しているし、彼が見つけ出した下着が入った袋もまた、彼が犯人であるという証明をしている。

 普通ならば、間違いなくダイは連続下着盗難事件の犯人として訴えられているところだろうが……主人公としてのカリスマが彼を守っていた。


 不可解さを感じながらも、どこか違和感を覚えながらも、何故だかダイが犯人ではないと考えてしまう女子生徒たちが、彼のことを擁護し始める。

 やはり、主人公としての立場がある限り自分は無敵だと……そう考えたダイであったが、目の前に立つ少女が自分のことを冷ややかな目で見ていることに気付き、背筋をぶるりと震わせた。


「……みんなはああ言ってるけど、私はそうとは思わない。全部あなたがやったことだって、そう思ってるから」


「あ、う……め、メルト……」


 誰よりも自分の側に立ってほしかった人間が、自分を尊敬し、信じ、愛してほしかった女の子が……心の底から軽蔑しきった目で自分のことを睨んでいる。

 転生前、女の子から蔑みの眼差しを向けられることはご褒美だとふざけ半分で言っていたダイであったが、実際にそんなシチュエーションに遭遇すると、喜びだなんて感情が出てこないということを理解する羽目になっていた。


(こ、こんなはずじゃ……こんなはずじゃないのに……!!)


 メルトの目は、言葉以上に自分への印象を物語っている。

 ユーゴの評価を地に堕として彼女を取り戻すはずが、自分への評価を暴落させてしまったことにダイが絶望する中、先ほど駆け出していったヴェルが叫びながらまたしても中庭へと舞い戻ってきた。


「たたた、大変だ~っ!!」


「あっ、お前っ!! さっきは勝手に俺を犯人だって決めつけやがって! まさかとは思うが、デマを拡散なんかしてねえだろうな!?」


「それどころじゃないんだよ~! もっとヤバいことが起きてるんだって!!」


「もっとヤバいこと? なんだよ、それ?」


 ユーゴのスキャンダルを記事にすると言って意気揚々と駆け出して行ったヴェルが、それどころではないと大慌てして騒ぐ様子を目にしたユーゴが眉をひそめる。

 そんな彼と背後の女子たちに対して、ヴェルは大きく広げた腕を振り回しながら話をし始めた。


「い、今、街でとんでもない物がばら撒かれてたって情報が入ったんだ! もうとんでもない騒ぎになってるんだよ!」


「とんでもない物って、何がばら撒かれてたんだよ?」


「女子たちの盗撮写真だよ!」


「えっ……!? な、なによ、それ!? どういうこと!?」


「俺もまだ詳しいことはわかってない。他の新聞部員が現地で情報を集めてる真っ最中なんだ!」


 ヴェルの話を聞いた泣きぼくろの女子生徒が、血相を変えて彼へと詰め寄る。

 他の女子たちにも囲まれたヴェルがそのプレッシャーに若干の怯えを見せる中、メルトはダイを睨みながら彼へと問いかけた。


「まさか、これもあなたの仕業? 下着泥棒に加えて、盗撮までやってたわけ?」


「ち、違う! どっちも違う!! 俺じゃないって!!」


 メルトからの冷ややかな視線を浴びながら、必死に容疑を否定するダイ。

 下着泥棒に関しては事実だが、もう一つの盗撮に関しては本当に無関係である彼は、ぶんぶんと首を振って両方の嫌疑を否認する。


 メルトがそれを信じたのかは不明だが、どうやら自分への濡れ衣どうこうで騒いでいる状況じゃあないと判断したユーゴはそんな彼女の肩を叩くと、フィーも含めた二人へと言った。


「なんか、庇ってくれた二人には悪いけど、俺の話どうこうって状況じゃなくなってるみたいだな。少し気になるし……この盗撮事件について調べてみるか」


 下着泥棒に関しては絶対にダイが犯人だと確信した上で、第二の事件である盗撮事件についても乗り掛かった舟として調べることにしたユーゴは、詳しい情報を集めるべく、行動を開始するのであった。

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