side:主人公(メルト最推し勢、ダイ・カーンという男)

 ――さて、ここで少し時間を止めよう。軽くではあるが、登場人物について説明しなくてはならない。

 その対象はもちろんユーゴを糾弾しているこの男子生徒、ダイ・カーンである。


 大半の人々が予想している通り、彼もまたこの世界に転生してきた人間であり、英雄候補と呼ばれる生徒の一人だ。

 前世での名前は管 大かん まさる。『ルミナス・ヒストリー』をやりこんだオタクである彼は、ゼノンたちと同じく推しの女の子たちを集めたハーレムを作り、主人公としての人生を謳歌すべく活動している。


 だがしかし……少し前に、そんなダイのモテモテ主人公ライフを揺るがす大事件が起きた。

 それこそが、最愛の推しキャラクターであるメルト・エペのシナリオルートからの離脱だ。


 唐突に頭の中にそのメッセージが流れてきた時、ダイは大いに驚くと共に愕然した。

 ゲームでクレアと人気を二分する看板ヒロインの一人であり、ちょっとえっちなラッキースケベ的イベントを数多く抱える最推しヒロインが、唐突に仲間にできなくなってしまったという事実は、ダイの心を打ちのめしたわけだ。


 そして、自分の最推しヒロインがゲームで無様に死に果てるクズことユーゴと仲良くしていることを知った彼は、激しい怒りに駆られた。

 パンツが丸見えになったり、お風呂でばったり出くわしたり、その豊満な胸を押し当てられたりといった、本来は主人公である自分が経験するはずだった数々のイベントが、全てユーゴとかいうクズのものになるかもしれないと考えたダイは、そんなことを許しておけるかと考えたのである。


 なんとしてでも、ユーゴの魔の手からメルトを奪い返さなければならない。

 彼女のパンモロイベントも、裸を見るイベントも、ボディタッチイベントも、初めてのムフフな経験も……メルトの全ては自分のものにしなければ。


 最推しヒロインを仲間にすることを諦められなかったダイは、ユーゴから彼女を奪い返す機会を虎視眈々と狙い続けてきた。

 そして、彼女のキャラシナリオが発生した兆候を見るや否や、即座に動き始めたのである。


 何を隠そう、女子たちの下着を盗んだ真犯人は、ユーゴのテントから証拠を見つけ出したダイその人なのだ。

 全ては彼がユーゴを陥れ、破滅させるために仕組んだ罠であった。


 女子たちが入浴中に妙な気配や視線を感じるといった話をし始める……それが、メルトのキャラシナリオの始まりの予兆。

 その話を耳にしたダイは、その状況を利用し、前々から計画していたユーゴを破滅させる策を実行に移した。


 本来メルトのキャラシナリオでは、下着の盗難事件は発生しない。また別の女子寮の生徒たちが被害に遭う事件がメインとなって描かれるわけだ。

 しかし、ダイは女子たちが入浴中に不審な気配を感じているという状況を利用し、彼女たちの下着を盗んだ。


 主人公補正によって【隠密】のスキルを高めている上に、ゲーム知識によって女子寮の構造を把握しているダイにとって、この程度の盗みは簡単なこと。

 休校中のルミナス学園のセキュリティが甘くなっていることや、女子たちが教師たちに相談しにくい状況もまた、彼に味方していた。


 そうやって何件もの下着泥棒を重ねたダイは、前世ではまともに見る機会などなかったパンティやらブラジャーやらの触感やほのかに残る女子たちの温もりを楽しんだ後、それを纏めて袋に詰め込んだ。

 そして今日、女子たちを扇動すると共にユーゴに全ての罪を擦り付けるために、あたかも彼のテントの中からその下着たちを見つけ出したかのように振る舞ったというわけである。


 至ってシンプルな策ではあるが、多くの生徒たちから敬われる英雄候補という立場と人々を魅了する主人公のカリスマがあれば、女子たちの信頼を得ることは容易い。

 逆に、最低最悪のクズである上に名家の後ろ盾を失ったユーゴを信用する者などいるはずがなく、事態はダイが望むがままに進んでいた。


(ぐふふっ! 上手くいったぞ! あとはこのことをメルトが知れば……!!)

 

 決定的な物的証拠がある以上、ユーゴが下着泥棒の容疑を払拭することなどできない。

 間違いなく何らかの処罰が下されるだろうし、退学になったらこの学校からもおさらばすることになるだろう。


 そうでなくとも、下着泥棒として認知されればただでさえ地に落ちているユーゴの信用は更に失墜するだろうし……そんな真似をした彼には、メルトだって幻滅するはずだ。

 そこで彼女を勧誘すれば、目が覚めたメルトはユーゴを捨てて自分のパーティに入ってくれるはず。


 ユーゴが退学になってくれた方がシナリオが元に戻っていいとは思うが、そうならなかった方がダイ的には面白い。

 メルトに捨てられたあのクズが、自分とイチャイチャする彼女の姿を見て、惨めな思いをしてくれたら最高じゃないかと……そう考えながら心の中でニチャついた気持ちの悪い笑みを浮かべていたダイの前に、お目当てのメルトが姿を現す。


「ユーゴ! 大丈夫!?」


「兄さん! 今、どんな状況!?」


「メルト、フィー! 良かった、助けてくれ!」


 理解者であるメルトとフィーが息を切らして駆け付けてくれたことに安堵の笑みを浮かべるユーゴ。

 すぐにその笑みを絶望の表情に変えてやると思いながら、ダイは紳士的かつ怒りを燃やす正義漢としての雰囲気を放ちながらメルトへと声をかける。


「メルト、女子寮で多発している下着盗難事件の犯人はユーゴだったんだ! これを見てくれ!」


「えっ……? これって、盗まれた下着……?」


「そうだ! これがユーゴのテントから出てきたんだよ! 奴が犯人である動かぬ証拠だろう!?」


「違うって! マジで覚えがないし、俺の物じゃないんだって!!」


「ユーゴ……」


 これでいい……自身の完璧な立ち振る舞いにダイが心の中でほくそ笑む。

 片やクズと呼ばれる男の悪行を暴いた、多くの生徒たちから尊敬を集める男。片や完全に追い詰められ、醜く足掻いているようにしか見えない最低最悪のクズ。

 一目見て、どちらを信用するかなんて明らかだ。ユーゴが悪で自分が正義……この場にいる全員がそう思っているに決まっている。


 そう考えながらわずかに動き、メルトとユーゴを対面させたダイは、彼女がユーゴへと視線を向ける様を見て、期待に胸を高鳴らせた。

 あとはメルトがユーゴを糾弾し、最低最悪だと罵り、彼との決別を宣言すれば完璧だ……と考えるダイの前で、メルトは口を開け、そして――!


「良かった~……! ユーゴが犯人じゃないって、これで証明されたじゃん!」

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