創業家

「知り合いか?」

「血筋としては従兄弟にあたります」

「従兄弟、ね。本家とはどのくらいの距離感なんだ?」

「現在、青葉小路を名乗る家は我が家を含め三軒。その他青葉、鐘屋を名字とする家が六件。俗に本家筋と呼ばれるのはその一〇軒ですが、彼は二丁青葉と呼ばれる家の長男。距離感というなら、血筋云々はおいても子供の頃から知っている、本当の意味で従兄弟です」


「うちなんか本家って言ったらウキシマロジの本社の隣のじいちゃんの家、だけだけど」

「あたしはそう言う話は、全然ピンと来ないなぁ」


「古い家はそれなりに大変だ、って話だな。ヤツは創業家に近い血筋なんだな?」

「そうなります。……特に彼のおじいさま、栄乃介様は切れ者で知られ、先物取引などを主に手がける、鐘八世界貿易を興し、初代の代表として尽力されました」

「ちょっと待て。カネハチセボー? 確か不祥事が云々ってニュースで……」

「財界のことまでよくご存じですね、さすがです。――彼のお父さん、栄朗様の代に、俗に言う背信行為が表に出まして。会社は解散、栄朗様も以降、青葉小路本家の敷居を跨ぐことかなわず。となりました。……ただし」


「うん? なんだ」


「栄信さんに関しては当時はまだ、鐘八証券の部長に着任したばかり、関連が無い以上おとがめ無し。と言うことで今も鐘八物産の直近子会社で不動産、建設関連を扱うカネハチデベロープに籍があるだけで無く、株主でもあるスグリの関連企業、スグリマシナリィの執行役員として今も名前が有る。と言う事を今、思い出しました」


「スグリマシナリィは、重機の運用やリースのほかに開発も手がけている。この建物の三階にラボがあるときいた。マシナリィの人間ならば、この建物に出入りしようが問題はあるまい」

 納得がいかない、と言う顔で千弦ちづるが状況を説明する。



「逆恨み、か」

「恐らくは。……ツキタマサマの力で、無理やり成り上がるつもりだったのではないかと想像出来ますが。――本当はどうなのです? 栄真さん」




「苦労知らずの本家のお嬢様にはわかんないだろうよ。オヤジのせいでスタートラインから二段も三段も下になる。今だって、どうして建築会社の子会社、それも重機屋の役員止まりなんだよっ! 僕は何もしていないんだぞ!?」


 そう言いながらスーツの男は、一歩前に踏み出す。

 それを聞いた二千花にちかも、一番後ろからガイトの隣まで前にでる。


「本家の出入り禁止、それ以外のデメリットはなかったはず。そういうところが“物産”上層部から嫌われたのでしょうね。お忘れのようですが、鐘屋八丈商会の創業理念、仕事に貴賤無し。……いずれ物産の上級取締役でもあるわたくしが、あなたのお考えを直接伺ったわけです」


 財界でも有名な才女。

 オオヌサやガイトが調べるまでもなく、大手企業の最年少取締役として既に何度かニュースに登場している彼女である。



「次回総会を待たず、近々にスグリマシナリィ執行役員からは外れると思って下さい」


 そしてカネハチグループは日本でも指折りの一大企業群。

 そののトップであれば、影響力など考えるまでも無い。関連会社の役員を解任するなどは、電話一本でできるだろう。

 脅しでもふかしでもない、彼女がクビだと言えばクビなのである。


「噂は色々聞こえてきましたが、栄朗さんをやっかんでのことなのだと思っていました。本当に、残念です……!」


 普段、あまり感情の見えない二千花にしては珍しく、怒りの感情が声色に表れてる。とガイトには聞こえた。



「何をエラそうに……。かまわない、全員殺せ!」


 スーツの男、青葉栄真がヤケのようにそう言い放つが。

 

「そんなに簡単じゃないぜ? 既にあんたも含め、“ツキタマサマ”の加護は全員抜けてる。つまり、経験も技量もないのに、そんなデカい獲物を振り回せる体力なんかない。そしてもう一つ……」


 ガイトはむしろ、口元に笑みを浮かべる。


「ツキタマサマの加護は体力だけじゃねぇ。……さっきまで、だが。自分で力を“行使してた”んだ、わかってんだろうよ? 日本人の標準的倫理観で“人殺し”なんて簡単にできると思ってるか? ――俺のアタマを墜としてみろよ、ホレ」


 ガイトが前屈みになって一歩前に出ると、作務衣の二人はむしろ一歩下がる。


「宮司だか神官長だか知らんが、あんたの一声で何でもやってくれる手下、なんてのはもう居ないぜ? ……知り合いではないにしろ、金も払わねぇで誰が人なんか殺すかよ」


「お前ら! お嬢に言い様に言われて、それで良いのか!?」

「少なくても、今のところ解任されるのはあなただけですから。……但し、何某かのアクションを認めればあなたの派閥全員に何らかの不都合が生じる、と言っておきましょう」


 そう言い放った二千花は、少し微笑んでいるように見えたが、あきらかに声は怒っていた。

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