昇神之儀(しょうじんのぎ)

撤饌てっせん。……エリーナ。千弦も。荷物を足元で良いから置け、そっとな」


 二人が音も立てずに静かに刀と薙刀をおいたのをみて、ガイトは正面をみる。

 既に、セイゲツタマヒメの影は彼の目には見えなくなっている。


昇神之儀しょうじんのぎは、これにて終いに御座いまする。…………和沙かずさ二千花にちか。踊りを止めて良いぞ、お疲れさん」



《ではツキタマ。用事は済んだ、共に帰ろうぞ》

「わえは。まだ、なにも……」


 セイゲツタマヒメと思われる影は既になく、声だけが響く。


《互いに用は済んだ。そうであろうや? ……妾は貴様、逆もまた然り。さればこそ、妾の言わんとするところも貴様にはわかろうものよな? ……もう一度だけ言う。“帰る”ぞ?》


「……此度はここまで、か」

《此度は、だと? 神の眼前で巫山戯ふざけたことを抜かすでないぞ? 鬼。妾の有る限り次なぞ無い》

「そなたとは表裏一体、そのうちまた出し抜いてやるわ。我が名も消えぬ事であるしな」


 一二単衣の少女は、そう言い終わった瞬間に、――かくん。と膝から崩れ。

「っと! ……間に合った! あぶなっ!」

 歩法で時間と距離を無視したエリーナが、いきなり前触れもなく。彼女の後ろに現れて抱き留める。


「大丈夫!? まゆちゃん、しっかりして!!」

「万弓! ……顔面から落ちなくて良かった!」

 一瞬遅れて、付け焼き刃で歩法に不慣れな千弦もエリーナのすぐ隣に姿を現す。


「エリーナ、ゆすったりするなよ? 千弦も、寝てるだけだから心配はいらん。……とは言え、“中身”が目覚めるまで数時間はかかる、寝せる場所もないし、とりあえずは壁を背中にして座らせろ。千弦、手伝ってやれ」


 二人で気を失っている少女の身体を抱えると、ツキタマサマのお宮の壁にもたれるように座らせる。

 ガイトも和沙と二千花を伴って近づいていく。



「済まないエリーナ、身体が動かなかった。私も同じ事が出来たものを……」

「私、こうなるんじゃないかなって。多少展開が読めてたから出足が一歩早かったもの」


 その台詞を聞いて、ガイトはあからさまに顔を曇らす。


「エリーナ、あまりオカルト関連に深入りしない方が良い。戻れなくなっても知らんぞ」

「好んで関わってるわけじゃ、ないんだけどね……」


「朱に交われば赤くなる、なんてな。――オカルトに関わると、神秘やら怪奇やらが好むと好まざるとに関わらず、向こうから寄ってくるようになるんだよ。……魔がさす、なんて言うだろ? 日常に空いたスキマに刺さってくるわけだ」


「だって私は……」

「わかってるよ、心構えの話だ。……おまじない云々だって、何かしらの根拠があって始めたわけでもないんだろうしな。それこそ、心のスキマに入り込まれたわけでさ」


「そういう意味では、今ならスキだらけだったって思うよ」

「それが言えるのも、ツキタマサマに関わったから。なんてな。……ま、せっかく鼻が利くんだ、そんな感じで逃げ回ってくれれば良い」

  


「ところでガイトさん?」


 自分達が羽織っていた水干を、皆から回収し畳んでいた二千花が、話が終わったのをみてガイトに話しかける。


「ん? なんだ」

「これで解決、めでたしめでたし。……と思っていたのですが。……お顔を見る限り、そうでは無い、というようにみえるのですが?」


「頭が回るだけでなく空気も顔色も読むか、恐いヤツだなお前は」

「私個人としては特に取り柄も無い以上、最低その程度はできないとただのお荷物です。学校はもちろん、実家などでは特にそうなりますから」


 二千花は持っていた畳んだ水干を和沙に渡し、ガイトの正面に回り込むと下から眼を見つめる。


「そしてそう言うお返事をいただく、と言うことは。……まだなにか“イベント”が発生する可能性を危惧している、という理解で良いのでしょうか?」

「お前には次に来るイベントが何だか、だいたいわかってんじゃないのか?」

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