時代を亘(わた)るもの

《……ツキタマ。呼ばれた名は貴様であろうが、人の子が呼んだのは間違い無く神。そして今、この状況である。――されば説明など不要。貴様にも彼我の力関係はわかろうものよな? 神が鬼を退治るなどよくあることである》


 ガイトと豊田間御前の間の空間に、ぼんやりと女性の影が浮かぶ。

 具体的な姿こそわからないが、おすべらかしに一二単衣の女性であることは見て取れた。


「ガイトさん、そうなの?」

「鬼退治で有名所とすれば、坂上さかのうえ 田村麻呂 の たむらまろとかみなもと 頼光 の よりみつなんかだろうが、確かに人間だわな。……でもまぁ、その辺は神話の体系にもよるんだが。今このときにはありそうだ」



 人間で言えば二重人格状態の彼女である以上、言葉通りに退治することはできないだろうが。

 存在を完全に取り込むことで御前を滅するというならば、ありそうな事ではある。

 そうなれば、善悪表裏一体の神として顕現がなってしまうことになる。

 人間としてはより問題が複雑化し、事態の収拾には困難を極めることになる。とは考えるまでも無い。


 但し、御前の言動はそれを望んでいるようには思えない。

 もう一人の当事者でありその脅しをかけた張本人、セイゲツタマヒメもその意思は無いようで。


 だから現状は、あえてセイゲツタマヒメが一番の落としどころを知った上でブラフをかけているのだ。

 とも見えるのだが。



《どのみち貴様の力の源泉、腕の薙刀すら妾の手にある。それになにしろ、理屈はどうあれ貴様とわらわは写し鏡。貴様が何をどう考えているかなぞ、聞かずとも手に取るようにわかるわ》


「……おのれ、せいげつ!」


《なにが不服か。妾が神として奉ぜられるなら豊田間の前もまた、妾の裏返った姿の鬼として語り継がれようぞ。――それともよもや、貴様の望みは人の子らへの暴虐武人なる振る舞いかえ? たとい妾の荒魂としての姿が貴様であろうとも。妾が神である以上、それは看過できぬぞ?》


「わえが鬼である以上、そこは否定できぬが。しかし……!」


《妾と同じく。人の子らの記憶から消えれば、あとは消え去るのみ。そこは神も鬼も変わるまい。存在が語り告がれることこそが望みではないのかえ? まして妾と貴様は表裏一体、妾は消え去りたくはない。貴様もそうであろ?》

「そなたに、わえのなにが……」


 俯いて唇を震わせる御前の額から角が落ち。

 顔つきも体型も、中学生女子へと戻っていく。

 服装も始めに着ていた一二単衣に戻る。


 夕暮れに包まれていた空は少しずつ暗くなり。

 東の空には神と鬼、双方が自身の名前の由来とする蒼い月が昇りつつあった。


《先も申した。言わずとも、貴様の皆々、すべてをわかっておるわ。先にも申したが、なにしろ妾は貴様そのものであるのだ……。ガイト》

「はい、こちらに控えております」


 少女達が後ろでうやうやしく刀剣を掲げ、舞い踊る中。

 ガイトは、片膝を付いてこちらも恭しく頭を下げる。


《剣と薙刀はこのさい、貴様に賜わすから好きにせよ。簡単であっても奉りたてるなら尚よい》

「それは、どのような思し召しにございましょうや?」


「知れたこと。太刀はともかくこの薙刀はそも、取引の対価で有り、もとの持ち主は妾ではない。なれば本来の持ち主がたれであるのか、いかばかりの由縁があって妾のモノになったのか、説明の札を立てて飾るが当世流であらん。必然、夜月豊田間よづき とよたまの名もその札に書かれようや」


「神威の籠もった宝剣たれば、そはまさに御身そのもの。その宝剣をあえて見世物にせよ、と下名に仰いますか?」

《神など人にみられずば、簡単に滅ぶモノである。まさにそうして妾をおどすかして見事籠絡した貴様の、どの口がそれを言うのか》


 ぼんやりした一二単衣の女性は、少しだけ振り向いて。

 口元に笑いを浮かべたように見えた。


「……まっこと畏れ多いことで御座いました。その言の葉、かたじけなく頂戴申します。――では新形か山形の博物館……、あー、羽前か越後の、民が拝観できる施設へと寄贈できるか、こののち、さっそくに下名が打診をいたしますれば」


 あまり有名所ではない博物館や大学に寄贈できれば。

 なにせつい今ほど“ホンモノ”へと昇華したまさに宝具である以上、言う通りに名札を付けて飾られるだろう。

 学芸員や研究員が彼女の歴史について、改めて研究さえするかも知れない。


 ガイトの提案は、人に語り継がれ、名前を残していきたい。

 と言う御前と、そしてセイゲツタマヒメの望みがほぼ、かなうのである。


《言う程神威が回復したわけで無し、さらにはツキタマのこともある。とうとうにそうしてくりゃれ。土地までの考慮、痛み入るぞガイト。……神が鬼に気を使うなど言語道断ではあるのだが一方。妾が消えずにこうして残っていられたは、なにしろこの鬼のお陰でもある。……世の中というものは、かくも複雑怪奇なものよな》


「お畏れながら。大神様たるお手前様自身が、複雑な世の中をおつくりになったのではないか。などと下名などは愚考いたしますれば……」


 彼女の軽口、冗談だ。と気が付いたガイトは、口の端に薄く笑いを浮かべつつそれに応じる。


《……ふふふ、違いない。どのみちツキタマの件とあれば、話をできるは貴様しかおらぬ。どうか頼んだ》

「直接にお褒めにあずかるなどとは、なんとありがたきこと。……このガイト、かしこまりましてございます」


 ガイトが少々わざとらしく頭を下げるのを見ると、十二単におすべらかしの女性の影は改めて。

 今や重そうな服を着た、ただの中学生になった御前に向き直った。

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