乞い願い奉る

「それに、俺が詐欺師だとバレたところでこちらに実害は全くない。ホントの話だからな! ……いずれあんたは暫く動けんさ。――踊りっ!」

 

 和沙かずさ二千花にちかが矛鈴を掲げて前に出ると。

 ――しゃん、しゃんしゃん、しゃん、しゃらーん。

 伴奏も無し。たった四つの単純なパターンではあるが、

 ――たんたん! たん! たーん! たたたん! 

 打楽器代わりに足元のパネルを踏みならし、鈴を鳴らして二人は一心に舞い踊る。


「人の世の豊穣をつかさどりし清き月の権化にして古の大御神たる、いともかしこき清光夜半月せいこうよわのつき渡世田万比売命とよたまひめへとぉ。畏れ多くも大神様のかくもかしこきその御名を奏上し舞を献上し奉りぃ、ここにかしこかしこみ、申し立て奉るものなりぃ」


 刀剣を掲げた二人と、舞を舞う二人をバックに。

 ガイトは朗々と祝詞のように声を上げる。



「我が右にありしは、かつてお手前様が振るわれていたはずの宝剣なり」

 ガイトが声にあわせて、千弦が恭しく大太刀を顔の前へ持ち上げる。

「バカな! その宝剣は既に戦火にのまれ江戸の御代には消失したはず!」


 神気を宿した鬼である豊田間の前。

 その彼女自身が“宝剣”である、と言い切ったが故に。

 作りの良いレプリカの大太刀だったものは、その刹那。

 神威を宿した本物の神器へと昇華した。

 

「さらに我が左にありしは、かつて鬼との盟約の元、御自身がものとなった薙刀なり」

 ガイトの声に応じてエリーナも薙刀を掲げる。

「そは、わえの左腕!? どうしてそんなものがここに!!」


 そしてこちらも“自身の左腕”である。と言葉を発したその瞬間。

 作った当人が似ているのかさえわからなかったその薙刀は。

 鬼の情念が籠もった本物の呪物となり、その刀身は暗い光を放ち始める。



「古の大御神たる清光夜半月渡世田万比売命様にあられましては、我が眼前の豊田間御前なる鬼を封じ、依り代のおなごを現世うつしよへとお救い賜らんことをぉ。ここに切に乞い願い奉るものなりぃ。願の叶ったそのおりは剣と薙刀。双方大神様へと御奉納いたしその御手へと戻さんことを、ここにお約束申すものなりぃ」


 ガイトの口上が終わると同時。

 やわらかな女性の声が屋上に響く。 


《人の子らよ、その願い、この清光夜半月せいこうよわのつき渡世田万比売命とよたまひめが聞き入れてしんぜようから安堵するが良い》


 良く響く、それでいて優しさと威厳を感じる女性の声。

 ――なるほどまさに神の声だな。

 とガイトさえ思った。



「セイゲツ! おのれは……!」


《人の子がわらわを神として名を奏上し、貴様がまたしてもガイトのはかりごとにかかり、まがい物でしかなかった供物の宝剣と薙刀を、言霊にてホンモノへと昇華した以上。妾が神の力を取り戻すも必定にして当然至極、道理であらん。……彼我の力関係なぞもはや説明するまでもない。万に一つも貴様に勝ちは無い。……古より人に伝えられし名を持つものたれば、潔く諦めよ。鬼たるもう一人の妾、豊田間の前よ》


 実体は失ったが、神性は完全に取り戻した様子の渡世田万比売命が、朗々とそう宣言する。

 そう言い切るからには既に、御前に対しては完全なアドバンテージがあるのだろう。とガイトは思う。

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