言霊使いの弟子

 ――シュウゥウウウ。

 鋼鉄でできた扉が、よく手入れをされていることを示すような音とともに開き。

 ガイトたちが改めて屋上へとあがる。

 ――シャン、シャン。

 


 烏帽子を頭に浄衣を羽織り、右手に杓、左手に風呂敷を持ったガイトを先頭に、白の水干をセーラー服の上に羽織った四人の少女。


 エリーナは薙刀、千弦ちづるは大太刀をうやうやしく捧げ持ち。

 歩幅も気持ち小さく、静々と二人並んで前を歩くガイトに続く。


 そして矛鈴ほこすずを右手、左に伸びる紐を絡めた和沙かずさ二千花にちか

 二人が一歩進むごとに矛鈴をくるんと回し。

 

 一行が歩くたび、屋上に鈴の音が響きわたる。




「格好でどうにかしようとて無理があるぞ。今様の言い回しならば【物理】でもわえの方が上だ」

「人間では物理で鬼には勝てん、知ってるよ。だからいろいろやってるんじゃねぇか」


 ガイトはそう言うと、一瞬で風呂敷包みを開いて中から現れたケースを投げつける。


「献上品、当世風に言うならプレゼントだ! 受け取れ!」

 

 豊田間御前の足もとで粉々に砕けたプラのケースから、ナメクジが大量にぶちまけられる。

 道具屋が、弟子や事務の女の子から断られた。

 と言っていた切り札がこれである。


「貴様、なにを!」

「ツキタマ様は大蛇の化身でもある、だったらナメクジが目の前に居たら。……どうだ?」




「あのケース、中身はナメクジだったの!?」

「ふむなるほど、三すくみ。というわけか。効くのか? 二千翔?」

「成り立ちはどうあれ、今の豊田間御前は大蛇の化身でもある。ガイトさんは効果あり、と見ているようですが」

「いずれ効いてくれないと、ガイトさん含めた私たち。ここで一巻の終わりなんですけど」



「こんなもので……! く、この……!」


 すっかり顔面から血の気の失せた豊田間御前は、完全に動きを止める。 


「あんただけなら、何某なにがしかの誤魔化し様もあるんだろうがな!」


 服の乱れを正して杓を両手で持ち直したガイトがいう。


「それに、まだ月が上がる時間には余裕がある。完全に憑依が完了したわけでもねぇんだろ? なら、依り代の忌避感だってあるはずだ。今時の都会に住んでる女子中学生が、ナメクジを見て平気でいられるとも思えんしなっ!」



「待って待って! 私は女子高生だけど平気じゃないよ!?」

「うぅ……、いったい何匹入ってたのだ? あの小さなケースの中に!?」

「うーん、あたしは別に気にならないかなぁ」

「……マジですのっ!?」



 道具屋の事務員も弟子も、全員妙齢の女性である。

 ナメクジを捕まえてこい。といっても秒で断られるのは当然。

 結局彼は、ケース一杯分のナメクジを自分で集めてきたのだった。



「三すくみのヘビの苦手がムカデからナメクジになるのは、中国から伝来した書物の漢字の読みを、万葉仮名でおきかえたあたり。……だとすれば、セイゲツタマヒメなら危ないかもしれんが、あんたの全盛期は室町後期から。ヘビはナメクジが居れば身動きが取れなくなる、これぞ三すくみなる。……ってな!」


 長く伝承されることで、蛇の属性が強くでた豊田間の前。

 そして伝承が属性を強めた以上、これもまた伝承でしかない三すくみが殊の外効果を発揮し、彼女は動けなくなる。


「おのれ、かたりの類かっ! 言の葉をろうしてさらにしゅを強固にするなど姑息な真似をっ!」


「気が付いてももう遅い! いや気が付いたことでむしろ、いう通りに言霊ことだまの縛りはさらに強固になる! ……とりたてて、今のは最悪にマズいだろうよ。俺の仕掛けた言霊を自分で肯定したのと同義だっての。……良いお返事だったぜ、御前様よぉ!」


「う、しまった……」

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