道具は揃った

「そうかもな。……でも、まともな奴はこんな業界を選ばないと思うぜ? お互い様じゃん?」

 一度は本気で、ただの古道具屋を目指したこともある彼は肩を落とす。

「同意できてしまうのが悔しいっす。……太刀と薙刀は良いですが、槍鈴なんか要ります?」


 テーブルの上に布を敷くと、太刀や薙刀、そしてシャラン、と清廉な音を立てて槍鈴が二つ。今まで預けておいたはずのものが次々並ぶ。


「薙刀は私が持ってたやつだね、コレ」

「メインとスレイブ、みたいな関係性で説明するなら、これが三本のうちで一番、セイゲツタマヒメに近い」


「これは山でOLのお姉さんたちが持っていた鈴、ですよね?」

「そういうこと。お前と二千花には、あとでこれ持って踊ってもらうから」

「……は? なんの話ですかそれ!?」

「わたくし、ダンスは……。あの、ガイトさん!?」



「うん、その辺はあとだ、あと。……それと、追加で頼んだもの、持ってきてくれた?」

「まぁ、全部ウチの在庫にあったんで持ってきましたけど。クヌギの杓(しゃく)に浄衣(じょうえ)に烏帽子(えぼし)、赤い紐の白の水干が四着。その他諸々……。これからさらに神下ろしでもやるつもりですか?」


「それに近いことになるかもな。当初の計画とはだいぶ違うけど、これで何とかなる。……あぁ、あとそのケースか。例のヤツも在庫があったの?」

「あるわけないでしょ! 当然、言われた以上は持ってきましたが……。そりゃあ、元手は只なんですが、これはきっちり追加料金頂きますよ? 事務の女の子にも弟子にも断られて、自分で準備したんですからね? ケースの実費1950円税別+私の時給2時間分です!」


 そう言いながら道具屋がガイトに、大き目のパーツケースを手渡し、ガイトが一瞬だけ中身を確認して、再度ふたを閉める。


「なんでも簡単に用意するもんだね、感心するよ。……出張料金は?」

「ホントは防災システムと結界破りの分だけでも、追加で四五〇はいただきたいとこですが、通常料金のみで」

「良いのかよ?」

「えぇ、今回の分は貸しでいいっす。ガイトさんに貸しがあるというだけで業界ではだいぶハクが付きますからね。……それに」


「……ん?」

「いや、なぁに。……これ以上の深入りはしないで、今すぐ逃げますんでね。人が足りない、とか言っても無駄ですよ。なにしろお金、貰わないんですから」

「なんでバレた……」


「旦那とはそこそこ。付き合い、長いですからねぇ。請求書は明日以降回します。支払いも明日以降で良いです。ではこれで」

 道具屋はそういうと、気配ごとかき消える。



「……え? あの人って忍者?」

「物理も霊的にも、複数の意味で”出入り口“を無視して直接、セイゲツタマヒメの結界の外に出たんだ。アレができるのが超一流の証みたいなもんさ。――もちろん俺にはできん」


 エレベーターホールまで一本道の廊下、そこを歩いて出て行く以外の通路などないはずであるが。彼の姿は既にどこにも見えない。


「あの方はお客さんが専門家と言うだけで、ただの古道具屋さんなのでは……」


「アイツの家は中務省(なかつかさしょう)の総代で、平安から連なる阿部氏直系の本家筋なんだよ。血筋だけ見ても、土御門を名乗って陰陽寮(おんみょうりょう)の現場統括をしてておかしくない。……あー。つまりは陰陽師でも指折りのエリート家系で、しかもかなり血が濃く出ちゃった希代の大天才、ってわけ。ただ本人は、格式とか作法なんてのが大嫌いでさ。京都から逃げて来たんだよ」


「とんでもない人、なんですね……」

「十六のとき既に、明治以来で最高の陰陽師、なんて言われてたらしいからな」


「現場の実務レベルでは最強、ということなのか……」

「あぁは言ってるが、断り切れない部分はあるらしくてね。裏では結構、陰陽師としての仕事はしてるらしいぜ」



 見学者用の長テーブルの上、彼が持ってきた道具一式を確認しながらガイトが、――にやり。と笑みを浮かべる。


「道具はそこそこ、時間はあまりない。上手くいったらお慰み。……ってな具合だが。――さぁて。現代日本で鬼退治と行こうじゃないか!」

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