神域

 階段を駆け下りた四階。

「読み通り、屋上以外は、まだ、清月田万比売命の、領域でよかった」


「はぁ、はぁ……」

「ひぃ、ひぐっ……」

「ひとまずは、助かった、よう、ですね……」


 【R階 ↑ 屋上農園はこちらから(エレベーターをご利用下さい)】

 【貸し出し用の車イスを用意しています。係の者にお尋ねください】


と書かれたプレートの下、膝に手をつき、壁に背を預け。全員が肩で息をしている。


「みんな、大丈夫だな?」


「身体は何とか」

「大丈夫、です」

「私は問題ない」

「みんな無事だよ? ガイトさんは何もなかった?」


「時間稼ぐっつったろ? 思ったよりも効いた」



「さすがにあたしでもわかった。あんなくさいのはたばこじゃない、ですよね?」

「そういうこと。信州の猟師から教えてもらった蛇寄せの煙玉だ。一時期ツチノコを捕まえようと思ってさ、色々試してたんだ」


「ガイトさん、あの。……普段、何してんの?」

「オカルトの専門家だが?」

UMAユーマも守備範囲なの!?」

「某自治体でとんでもない賞金がかかってたんだよ、そんときは。だがな」


「わりと守銭奴なんだね」

「何言ってんだ、金は大事だろ」

「異論はないけどさぁ……」



「まぁ、ツチノコはともかく。……御前には大蛇おろちの属性があるのでしたね」

「自分でも言ってたが、言い伝えの期間が長いからな。当初関係なくても蛇の影響が強く出たようだ。……おかげで助かったよ」


「とは言え。あまり無事に済んだ、とも言いがたいのだ」

「千弦、どうした? ……どこか、怪我でもしたのか?」


 千弦はその問いには答えず。

 右手に持った剣をガイトに、彼女として珍しくおずおずと差し出す。


「使い手の腕が悪すぎた。借りた剣は刀身にひびが入ってしまった。これでは以降使えない」

「いや、マジでよくやったぞ。……コイツはまがいモンだってさっきも言ったろ? むしろひびだけで済んでこっちがびっくりだ」


 ガイトは鞘に収まった細身の剣を受け取って、鞘から刀身を抜き出す。


「あんな無茶なことをして、見切れなかったらどうするつもりだよ。ホントに体は大丈夫か? ノーダメージなんだな?」

「その、はい。……ガイトさんの、おかげで」

「尻が云々は悪ふざけの類だ。まるで冗談、と言う訳でも無いが気にすんな。お前があそこで受けてくれなきゃ、俺は今頃、縦に真っ二つだよ」


 真っ赤になった千弦から目を離すと刀をさやに戻し、無造作に傍らにあったテーブルへと置く。



「で、ガイトさん。千弦のお尻はおいといて。――ここのセイゲツタマヒメ様の結界って。いつまで有効だと思う?」


 エリーナが不安げな表情でガイトの顔を覗き込む。


「お前も気が付いていたか。……お前の方が鼻が利くから逆に聞くんだが、どう思う?」

「たぶん、ものの数時間で無くなっちゃうよ。タマヒメ様のニオイは今でもどんどん薄まってる」


「数時間、か。ん……? ちょっと待った。――和沙かずさ。今何時だ!?」

 特に体は疲れていなさそうな和沙が腕時計を見る。

「今、えっと。……え? 二時半!?」

「時間を二倍以上早回しにされてる、月の出まで体感で2時間ないぞ!」

「……そんな」



「でもでも! ガイトさんならいつも通りに逆転の一発がっ! ……ある、よね?」

「さすがに神様と鬼が別人格。なんて考えてなかった、さっきの煙玉で打ち止めだ。その上外部との連絡も取れない」






「だからこそ、日曜なのに人を現場まで呼び出したんでしょうが。――旦那の現場は特に来たくないっ、て普段から言ってるのに」


 いつの間にか道具屋が、地味な作業服に荷物を抱えてガイトの正面に立っていた。


「おぉ! どうやって!!」


「全く。自分で呼んどいて、どの口がそんなこと言うんすか……。駐車場の入り口から三階までカメラとセンサーだらけ。ようやくたどり着いたと思ったら、今度はやたらに神性の高いヤバ目の結界。なんの事前情報もなしにそこに来い。って、日曜の朝っぱらから連絡してきた人が言うことじゃないでしょ?」



「それだよ、それ。カメラはともかく、どうやって結界、くぐってきたんだ?」

「建設会社が本気出して設置した、機能テスト用防犯システムをともかく。ってくくるの、ひどくないですか? その辺の銀行よりもよほど大変でしたよ。――結界はこれ、ちょいと使わせてもらいましたんで、言う程じゃ無かったですが」


 彼が付きだすのは布で巻かれた板の様なもの。


「この剣の“持ち主"と結界張ったのは“同一人物"ですか? 力の親和性、半端ないんですが」

「そこまでわかるか。さすがは本邦二〇〇〇年代、最強の陰陽師だな」



「やめて下さいよ! 現場に出たくなくて“道具屋"になった、って何回も言ってますよね?」

「京都陰陽寮の爺さん方は今でも諦めてないようだが?」

「げっ……! 何で知ってんすか、そんなこと!」

「茶飲み話で聞いた。なにせフリーだからな、年寄りと話すスキルも重要なんだよ」


 日本にある主だったオカルト組織とは、ほぼ全てに繋がりのあるガイトである。


「オオヌサさんも、案件限定で良いから現場を手伝って欲しい、って言ってたぜ?」

「知ってると思いますが、この国では。いえ、アジア全域であのお人の案件が一番ヤバい。……あぁ。そういや、この一件もそうでしたね」


「たぶんこの件、ここ一〇年くらいのコングレス案件で一番ヤバいんじゃないか? 神と鬼がまとめて出てくるとかさ」

「マジで勘弁してくださいよ、なんですか鬼って! 伝承で名前をなくすほどの古い神様だ、としか聞いてませんよ!?」



 その程度の情報は知らないと、預かったものの管理ができない。ということでもある。

 但し、それ以上の情報を知ると良しにつけ悪しにつけ、今度はアイテム由来の現象が自身に降りかかる。

 オカルトに手を染める、というのはそういうことなのである。



「実は今回、鬼と神が表裏一体でな。鬼は現状、人間に憑依して屋上で顕現中だ。神様とはいったんは敵対したんだが、一応和解ができてさ。この結界も鬼から守ってくれるために、残してもらってるんだけど」

「状況も経緯も結論も、なにからなにまで全部、全部ですよ!? やっぱり旦那は頭おかしいでしょ!?」


 一般的な考え方では、神は人間には不干渉。手を出すことはしないし、鬼であるなら神との直接対決は避ける。

 そして伝承の上では善悪表裏一体の神、というのは宗派を問わず多いが。

 実際の案件では現世に影響を及ぼすのはどちらか一側面だけ。という形がほとんど。

 つまりそれはとりもなおさず、善性が表面に出ても現代社会では問題になる場合が多い。ということでもあるのだった。

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