よみがえる鬼
と。うつ伏せに倒れた一二単衣の手の先が、何かを掴むように動き出す。
「ニオイが……、変った!? これ、ダメなヤツだと思う! ガイトさん!?」
「全員、屋上の入口までさがれっ!」
一二単衣を着て倒れていた少女が無表情で起き上がり、一番上の
を不機嫌そうに脱いで投げ捨てると、いつの間にか服装は神職を思わせる白と赤の
「ふむ、ほぉ。……
そういって、やや上背の無い中学生の見た目の狩衣の彼女は、手を握ったり閉じたりする。
「あえてあなた様のお名、改めて伺いたい。よろしいか?」
「
にやり、と狩衣の少女が笑うと一気に身長が高くなる。
歳の頃なら二〇代前半。上背は千弦とほぼいっしょ。彼女を若干キツくしたような美女がそこにいた。
「わえこそは
和装であるのに隠しきれないプロポーションでスクと立ち、いつの間にか両の手には鋭利な刃物のような爪が伸び、額から二本の角をはやした鬼はそう宣言する。
「本当に豊田間御前が出ただとっ!」
「当たり前ぞ、豪農でもある大名主の妻、豊田間の前として、さらには鬼として。もはや”とよたま“の名はわえの方が長く名乗っておる。清月の阿保めが邪魔をしなければ、ツキタマ様と呼ばわった以上は初めからわえが前に出る。これは必定! 考えるまでも無い話であるのじゃ!」
資料によれば、戦国時代の前には神から鬼に落とされた
そして一方の
全国的には有名でないにしろ、結果。
かなりの長期間にわたって、鬼女豊田間御前の名が伝承されたことになる。
そしてガイトは知っていた。鬼は時と場合によっては神と同等のものであり、歴史はその神格に力と重みを与える。
目の前の鬼は長い年月を経て、彼が知る中では最強の鬼となっていた。
「ガイトさん! じゃあ、まさか。ツキタマ様、って言うのは……!」
「その通りじゃ、頭が回るようだの、異人の娘。それはわえを呼ばわる名。神下ろしの際に、清月田万比売命。と誰か呼ばわったものがあったのかえ?」
おそらく、”本名“どころか清月田万比売命の名は、ガイトたちが調べるまで誰も知らなかったはず。
そして、もちろん。本当の名前さえ知らなかった以上は、鬼女、夜月豊田間。
彼女の名前に月の字が入っていることなど、誰も知るはずが無いのである。
【ツキタマ様】と呼ばれたのは、神では無く、鬼となって伝承を残した彼女であるらしい。
だから本来、そう呼ばれてそれに答えるならば。
と言うのは、知らぬ事とは言え当然であった。
人に直接の害が出るのを嫌った清月田万比売命が、
――人が神様を呼んだのだ。
という事実を建前に自身があえて直接顕現、豊田間御前を妨害していた。
真相はこうであったらしい。
「……ったく! 素人が、名前も知らない神なんか呼ぼうとするから……!」
「そなたが清月の顕現をつぶしてくれたところも大きいぞ、礼を言わねばならぬなぁ。あっはっはっは……!」
豊田間御前は笑いながら右腕を振りかぶるが。
「な、しまっ……」
「飛ぶ
意図に気がついた千弦が歩法で瞬時にガイトの前に入り込み抜刀するほうが。
豊田間御前が腕を振り下ろすよりも一瞬早かった。
――ギィーン!
持っていた剣で見えない斬撃を受け止めるが。
十分な体制は取れず、そのままガイトごと後ろに吹っ飛ばされ。
「くっ、この程度で……!」
ガイトをクッションにする形で壁にたたきつけられる。
「ぐはあっ! ごふ……!」
「……はっ!? ――だ、大丈夫か、ガイトさん!? 助けるつもりが、私は……!!」
千弦は慌てて跳ね起きるとガイトを起こすが。
当の本人はせき込みながら、彼女が立ち上がるのに手を貸し、ほぼ同じ身長の頭に、――ぽん。と手を置く。
「かは、……うんにゃ、助かったぜ。礼を言う。……それに。げほ、鬼の爪で、真っ二つ。なんてなことよりか、女子高生の尻で潰される方が一〇〇倍良い! 決まってる」
「しり、私の、しり、おしりが、が、ガイトさんをつぶ……」
「セクハラ親父の
「よ、喜んでる……私のおしり、が? 喜ばれてしまった……!? ふわぁあ……!?」
「あっちゃあ、ホントに免疫、なかったんだ……。良いから千弦はこっちおいで! もう、ガイトさんっ!?」
「悪ぃなエリーナ、……頼んだ!」
ガイトは、真っ赤になって脱力する千弦を駆け寄ってきたエリーナに預け、自身は一歩前に出る。
胸ポケットから煙草を取り出すと、――キィン、シボっ! オイルライターに火をつける。
「効いたとして、ほんの数秒しか稼げない。向こうはあと三〇秒あればチャージ完了。エリーナ、全員引っ張って、今すぐ屋上の入り口に入れっ!」
「ガイトさんは!?」
「もちろん、俺もすぐに行く。……カギはあけといてくれよ?」
「ほぉ、わえの爪をはじく。アレは十束の剣か」
「うるせぇ! 知るもんかよ!! ……その子の体は最終的に必ず返してもらうからな!」
ガイトはそう言いながら、煙草を咥えると火をつけて吸い付く。
「その前に自分の心配をせよ。どの道、わえの……」
「言ってろ! ――ぷっ!」
豊田間御前の言葉の途中に、煙とともに大量のつばを吐いたガイトは、そのまま彼女の横へとたばこを投げつける。
「……何を考えた? いずれ無駄じゃぞ」
そう言いながらも彼女は煙草に気を取られ、目を離すことができない。
――シュゥウ、バシャーン!
高気密のスチール製のドアが閉まる音で我に返った豊田間御前だったが、既に目の前には誰もいなかった。
「――ちっ。この姿ではまだ自由には動けぬか。しかし、人の身でやるではないか。……ガイト、か。面白き
鬼は、煙草を踏みにじると出入り口のドアをにらんだ。
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