神と人


「……貴様、ガイトと申したな。まさか、宮の依り代をなどと、……くっ」

 膝をつき、片手を胸に当て、力の抜けた様子の少女の前に、ガイトがゆっくり姿を表す。


「これにて残念ながらお手前様は、この場、この時においては生身をもってこの世うつしよに顕現することあたわざり、となり申しましたこと、かしこかしこみ申し上げまする」

「なにを今さら。……ガイトなるものに一つ問う。わらわが悪さをするつもりなどなかった、といわば貴様は信じようものか?」


「もちろんにございまする。お手前様は下名の存じ上げる方々の系譜と異なるとは言え、人の世の豊穣をつかさどる、神の一柱。意図して人に害など加えますまいこと、論などまたずとも、まさに明白にございましょう」


 ガイトは膝をつくと一二単衣の少女に一礼する。

 ガイトの後ろから二千花と和沙が近づき、横あいからも視覚と聴覚の戻ったエリーナと千弦が合流する。


「ただただ、下名の信奉する神々と異なる宮の神であり、また下名らはかんなぎとなった少女の体を取り返したかった。それだけのことにございまする」


「……ガイトなるものに一つ聞く。今の世の人の子らは、飢えてはおらぬか?」

「残念ながら、日の本の皆々全てより飢餓が無くなった。と言うわけではございませぬが、かつての飢饉の様に飢えてはおりませぬ」



「そうか、無くなったわけではないのだな? なればそを無くすよう貴様が努力をせよ。妾を滅ぼすのだ。妾がなすべきを引き継いでもらうぞ」


「お待ちを。……下名は御手前様を滅ぼしませぬ。御名を書き留め、下名の口によって奏上し、記録として残しましょう。もはや御手前様は、かつて滅びた名もなき神ではございませぬ。お畏れながら下名が愚考するに、その心配はあたらぬかと存じます」


 報告書に書いてオオヌサに報告する義務がある。何度も名前は読み上げる。

 そして報告書はコングレス監査部所属ならば誰でも閲覧できる。

 さらに作った書類はファイリングされ、電子記録としても半永久的に保存される。

 名前が消えない限り、神として滅びることはない。


 具体的に何をするのか、ガイトは口にしていないのだが。

 ガイトは何一つ嘘をついていないし、清月田万比売命せいげつたまひめの望むこととの齟齬もないのである。

 


「おぉ。何たることぞ。……その貴様の言動に嘘がないならこの清月田万比売命、できる範囲でその背をきっと守ろうや」

「もったいないお言葉を頂戴し、このガイト、幸甚こうじんの極みに存じます」 


「なれば早速に一つ、忠告をしようからに聞くが良い。妾がかんなぎから抜けた時こそ気をつけよ」

「なんのお話でございましょうや?」


「妾の名を継ぐ鬼が出る。アレは人のみならず、人の世のことはりそのもの。これを激しく恨んでおる。妾を差し置いて自身が出る気でおったようだが、妾が蓋になってここまでは出て来れんであった。貴様がこの場で死んでは妾も滅びる。……気を、つけ。よ……」


 そこまで言うと、一二単衣の少女はそのままうつ伏せに倒れ、動かなくなる。

「鬼? まさか……っ!」


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