神殺しの逸話
両脇を和沙と二千花に支えられたガイトが、銅葺きの小さな社の前に立つ
彼女の後ろにエリーナが後ろ向きで社の前にしゃがみ込んでいた。
「ぬ、何を考えた? 小娘を我が宮に……」
一二単衣がエリーナを振り向いた瞬間。
「今のあんたは身体だけならもっと小娘だっ! つーんだよ! ――エリーナ、退避っ!」
その言葉に反応してエリーナが姿を消すより早く、ガイトが何かを投げつけ、ガイト達も耳を抑えつつ、出てきた陰に飛び込む。
「ここは近すぎる! お前らも後ろを向いて目を閉じて耳をふさげ! エリーナ! 千弦!」
いつの間にか、作付けのされていない畑の真ん中に立つ千弦へ、エリーナが細長い何かを放り、その先では、刀を抜刀した千弦が正眼で構えていた。
「千弦、いくよ!?」
「任せろっ!!」
ガイトが投げつけたものが地面に落ちると。
周り中に暴力的な光が満ちて視覚を強奪し、形容のし難い音が響き渡り、容赦なく聴覚を削ぎ取っていく。
「貴様! なにをしたのか、これは! えぇい、目が、耳が……!」
「神様ならともかく、ただの女子中学生なら
エリーナが何を放ったのか。
話は一〇分前後戻って、建物の陰に集まるガイトたち。
「で? ガイトさん、作戦をでっち上げたって何?」
「昔々の豊穣紳だとすれば、日本ならオオゲツヒメ、インドネシアにはハイヌウェレなんて神様がいた」
「過去形なの?」
「ふむ……。ガイトさん、今朝の神殺しの話。ですか?」
「そういうことだ。知ってんのかよ、さすが二千花だな」
「寡聞にしてオオゲツヒメは名前しか存じませんが、ハイヌウェレの伝承は何かで見たことがあります」
「……二千花。それはどういう話?」
「神殺し、とは穏やかでないが」
「なら、今は簡単にオオゲツヒメの話をしよう。実は興味深いことに、話の大筋はハイヌウェレの伝承もほぼ一緒なんだ」
――スサノオは出雲を目指す旅の途中で空腹を感じた。
――彼の求めに快く応じたのがオオゲツヒメ。
――彼女は躊躇せずスサノオに様々な食事を出してやった。
――しかし、それにむしろ不審を感じたスサノオが食事の用意を覗くと。
――彼女は口や尻から取り出した食材を使って料理をしていたのだった。
――それを見たスサノオは、汚いものを食べさせたとして激怒。
――オオゲツヒメは彼に斬り殺されてしまう。
――その殺されたオオゲツヒメの遺骸。
――頭からは
――両の目からは稲種、耳から粟、鼻からは小豆が。
――
「とまぁ。ザックリ、こういう話なんだが……」
「……なんていうか、その」
「理不尽だ、としか思わないのだが」
「出された料理の素材が吐しゃ物と排泄物だった、ということではあるんだが」
「それでも、……さすがに切られちゃうのは。それは非道くないですか?」
「まぁな。……とは言え、オオゲツヒメが生み出してくれたおかげで、今の俺たちは、米もパンも食える。と言うわけさ」
「キチンと知っているとは言えませんが、ハイヌウェレの話とほぼ一緒なのですね。もちろん、あちらは死体から生まれたのは五穀ではなく、芋の類だったはずですが」
「非道い人って世界中に居るんだね」
「エリー、人ではないのです。神を殺せるものもまた神、そういう話です。……この場の理解はそれでよろしいのですよね? ガイトさん」
「ま、そういうことだな。……少なくても神殺しなんざ、俺には無理だからな」
「昔から理不尽なんだね、神様って」
「で、なんでこんな話をしたかというとだ」
ガイトは建物の陰で見えないはずの
「アイツの後ろのお宮の中に今の彼女のご神体、いわゆる依り代がおいてあるはずだ。約六〇センチの木製の像。中身は空洞で、恐らくいわゆる五穀。コメ、ムギ、アワ、アズキ、ダイズが脱穀前の状態で入ってる」
「オオゲツヒメの故事になぞらえて、ということでしょうか」
「彼女の遺骸から生まれた食べ物、ということ。ですか?」
「えげつない気もするけど、それはそれで依り代としての効率が良い。みたいなことなの……?」
【木神像 (大)に関する中間調査報告 (第2回速報)】
作成した埼玉県内在住の彫刻師(添付2参照)との接触に成功。
像の高さは一尺九寸八分七厘、構造は一刀彫り。中空で、漆塗りの技法による彩色。
底にふたが付いているがこれを閉めることにより密封され、開けることはできない。
ふたは外し、内部については何も入っていない状態で完成とする。
木神像(小)については別添資料参照。
ウキシマロジ御徒町東支店止め、壊れ物、貴重品設定にて三カ月前に発送。
その後都内営業所間を三回移動しているが顧客からの要請があったのか不明。
新橋中央営業所に到着したのち、伝票が無効になり荷物も行方不明。
苦情は出ていない。
ガイトに回ってきたコングレスの調査資料にはそう書いてあった。
「名前から言っても豊穣神だろうからな。成り立ちから考えればそこまでズレては居まい」
「神様を作ったのは人間だ、と言う話ですわね」
「卵が先か、と言うヤツだな。やはり私には難しい話だ」
「その辺はおいといて、だ。――現状は女子中学生の体を、リモート的に乗っ取っているだけの神様の本体。それがその像なのだとしたら。……お前ならどうする? 千弦」
「ふむ。……ガイトさんは私に、スサノオノミコトをやれ。と言うのか?」
「ほぉ。理解が早いな、そういうことだ。真っ二つにして、中身を作付けしてない地面にバラまいてやればいい。その
「でも、空いてる畑なんてあった?」
「ここからだと死角になるが向こうの方に二面ほど、あったぞ。キレイな黒土で足跡も
「でも、そんなに簡単?」
「やること自体は、な。千弦が畑の中で刀をかまえ。エリーナがお宮から像をかっさらって、そこに放る。あとは真っ二つにして中身をバラまくだけだ」
「その、ガイトさん。話は分かったがいうほど簡単だとも……」
「確かに、やること自体は単純だ。だが言葉でいうほど難易度は低くない。もちろん俺もバックアップはする、でもその分、難易度がさらに上がるんだが……」
「千弦、いくよ!?」
「任せろっ!!」
そのやり取りの直後。
フラッシュバンで視界は奪われたが、エリーナが像を放った瞬間の角度とスピードは、千弦には見えていた。
ならば。彼女としては落下地点でタイミングを合わせて刀を振るだけ、なのであって千弦の理屈とすれば文字通りに、
――目をつむっていてもできる。
そういう作業である。
「……はっ!」
彼女は真っ白な音の無い世界の中、軽い手ごたえと、なにかが地面に落ちる気配を感じ、視覚と聴覚が戻るのをゆっくりと待った。
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