浮島=ヘングスト 恵里菜

「ふむ、上手くできたようだな」

「えっと、なんでできたの……?」


 エリーナと弓弦は建物の陰を出て、別の建物の陰へと”歩法“で移動する。

 ガイトがただの中学生だ、と言った通り、自身の横へと回ったエリーナ達に、一二単衣の彼女が気が付いた気配は無い。


「昨日。足さばきだけ、ガイトさんに教えてもらったのだが。この場所に限ればエリーナについていくだけならできるかも。とはさっき言われた」

「まぁ。私もまた出来るようになってて、ちょっとびっくりなんだけど。千弦が普通についてきたのが一番びっくりよ」


「自分でも驚いている。……まぁ、これは。ガイトさんが言う通り、そのまま剣道に組み合わせるのは無理があるな」

「剣道に限らず、何処まで強くなる気なのよ。あんた……」

「私は無駄に背が高いからそう見えるだけなのであって、竹刀を持たない私など、ただのスポーツ系女子にすぎない。実際に力の強弱で優劣をつけるなら、和沙の方が数段上だと思うぞ」


「背は高いけど足も長いしさ、むしろモデル体型ってやつでしょ? あんたの場合。……白人系ハーフの私の立場、どうしてくれる気なのよ。茶髪しか残んないじゃん! ――おいといて。元巫女で、この場がツキタマ様の影響下にあるから、チカラをかすめ取ってる状態にあるはずだ。とはガイトさんも言ってたけどね。……なんが表現がイヤなんだけど」




「ツキタマ様の巫女、か。どうなのだろう、あの米粒像をもう一度身体に取り込んだ・・・・・場合……」


「もしもーし、ちづるさーん? 何言ってるか自分でわかってるぅ? ……あのさ、それって、自分であれをもう一度”挿入すいれる“。っていうことなんですけど?」

「そういう直接表現は避けたつもりだったが……」

「はぅ……!」


「とは言え、戻るのが莫迦力ばかぢからだけなら良いが。今の万弓のように自由意思がない、では困る。……昨日も、あの類のものに襲われたと言ったな?」

「神様パワーは私たちよりもすごかったよ。ホントに瞬間移動ワープしてた。……意識は残ってたようにも見えたけど、普通の事務員さんが刀振り回したりはしないよね」


「恐ろしい事に、ガイトさんを襲う。どころか殺すことが当たり前だ、と思っているからな」


「うん。初めて会ったとき、薙刀で頭を二つに割ることに何の違和感も抱かなかったよ」

「私もだ。胴体を両断することがむしろ、義務であるようにさえ思ったのを覚えている」


 日本の常識の中で生きてきて、その価値観を持ったまま。

 ガイトだけがその常識の範囲外になって、それをごく自然に受け入れていた。

 虫をつぶす時の嫌悪感さえガイトに対しては抱かなかった。

 その違和感は四人全員が共有している。



「自身の意思もなく操られるのは、それはさすがにゴメンだよね。……今んとこはまゆちゃん、事実上眠ってるだけだ。とは言ってたし。でもガイトさんを疑うじゃないけども、なんていうか私、まゆちゃんが心配で」

「エリーナも。万弓の開放にも協力してくれて、改めて礼を言う」


「別にお礼なんて。――私、お兄ちゃんしかいないからさ。まゆちゃんからどうみえてるかなんて知らないけど、妹みたいに思ってたんだよ。……あの服は似合ってるかもだけど、さすがに今の状態なかみがちがうのは許容できない」



「あいつをそんなに思ってくれてありがとう、本当に涙が出そうだ。――しかし、万弓と畑とはこの距離感、か。……どう思う?」

「作物の無い土だけの畑は……、あぁ、あそこにあるね。あの人、さっきの一瞬だけでよく見てるよね、ホント。……千弦はいけそう?」


「うん? あそこか。振り返れば万弓からも見えるのだな。ガイトさんが気にしていたのはそれか……。まぁ距離だけなら、私の方はさっきの歩法というやつで十分届く。不思議なものだな、感覚でわかる。――エリーナの方はもう少し遠いが、どうだ?」

「もしかしたら一歩、足んないかも。っていう感じ。足が重くて距離が伸びないっていうか。ホンモノの巫女をやめちゃったから、なのかも」


「そうなると、先んじて足りない一歩を出すか?」

「気が付かれたらうごけなくなっちゃうから、現地で足りない分を稼ぐ方が良いと思う。ガイトさんもそこは気が付いてて、フォローしてくれる。ってさっきも言ってたし」


「何もしなくてもガイトさんが出てくれば、ヘイトは全面的にあの人に向かうか」

「さっきあれだけやりあえばね」



 神様ではない以上敬意は払わない。

 ガイトはそれを言い切った直後に、生気を抜かれた上で吹っ飛ばされている。

 その後も一番に生贄にする、という宣言さえされた。


 それが無くてもそもそも。

 自らの存在を滅ぼした勢力の一角である、神道の神主を名乗ったガイトである。 

 清月田万比売命せいげつたまひめは、彼を強く敵視していると見ていい。


 ――その彼が私のフォローをする。となれば、また体を張ることになるのだろうか。


 そう思うとエリーナは体がこわばるのを感じる。



「あの人の負担を減らすためにも上手くやらなくてはな。……さっきも、その、……キン、タマ……? あー、その中身が、えぇと、どうとか言っていたし」


 千弦が言いよどんで顔を赤くする。

「かえって変に聞こえるから、そこはいつもの感じで言い切ってよ!」


「私だって恥ずかしいものは恥ずかしい、さすがに言葉にしたことはないぞ! あぁ、おほん。 ……い、いずれにしろだ。男性にとって、金的はかなりのダメージなのだろう?」

「で? なんで私に聞くわけ? 知るわけないじゃん!」


「もちろん私もわからんが、さっきもエリーナが一番近くにいたからな」

「……え? さっき、”も“?」


「そんな時にも、私は取り乱して気を使ってもらう体たらくだ。……助けてもらってばかりだし、私だって一度くらい。ほんの身体を支えるくらいでいい、直接あの人の役に立ちたい」

「千弦、あんた……」


「さすがにエリーナには気付かれてるだろう、という自覚はある。……あの人は小娘に興味はないのだろうが、その小娘が恋心を抱く程度は自由の範疇だろう? ――それに。四人とも、多かれ少なかれ状況は変わらんと思っていたが。エリーナは違うのか?」

「わ、私は……」



「もっとも四人とも家や立場というものもある。そういう意味で、一番気に入ってはいけないタイプだ。というのは十二分に理解している」

「でも、さ。……気持ちは立場とか関係なくない?」


「もちろん建前の話だ。……だいたい、私自身だけでなく、親友や妹までをも身を張って助けてくれようというのだぞ? ……私が異性を意識するなどと、こんなことは初めてだが、しかし。今や惚れるなと言うなら、その方がおかしい。とさえ思うレベルだ」


「でも、あの人は……」


「わかっている、アウトロゥどころの話ではない。ガイトさんは、完全に常識から逸脱した世界に住んでいる。一方の私は不要な荷物が多すぎて、きっとそこへは行くことはできない。……だから一方的に想うだけ、せめて今だけで良いから役に立ちたい。という話だ。――私とエリーナだけでなく。きっとみんな、そうだろう?」


 本当はオカルトの類は苦手なのに、参謀に徹しようと、表情一つ動かさない二千花。

 とにかく前に出たい、ガイトの横に並びたい、とスティンガーを握りしめる和沙。

 みな、思うところが一緒だ、というのはエリーナにも理解できた。


 役に立ちたい、というよりは。

 もっと単純に、ガイトに良いところを見せたいのである。

 その辺は妙に大人びた彼女たちであっても高校生なのだった。



「……うん。多分みんな、そうだよね。私はそうだもん」

「私も含めてだが。思ったよりもみんな乙女だったな、……ははは」

「そうかも。うふふ……」


 マナーモードになっている二人の携帯が震える。

 外との連絡は取れないが、どういうわけだかWi-Fiの電波を掴んでいる。

 結界内で連絡をするだけならスマホが使えるのだった。


 【ガイトさんが出たと同時に動いて。まもなく開始】

 二千花からメッセージはただそれだけ。


「来たか……」

「絶対にうまくやるよ、私だって、ガイトさんの役に立ちたいんだからっ!」

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