仕切り直し

「……が、は。……全員。無、……事、か……?」

「私たちは大丈夫! ガイトさん、しっかりして!」

「エリーナ、ちょっと場所変わって!」


 和沙がガイトの背中を、――バンっ! と平手で思い切り打つ。


「ぷは! ……、ふぅうううう……。打ち所が悪かった、はぁ、はぁ。息が、できなかった。助かった」


 ガイトは肩で息をしながら立ち上がろうとするが、まるで力が入らない様子である。

 

「はは、しばらく立てねぇな、こりゃ……。千弦、はもちろんダメだよな……。エリーナ、肩貸せ。ヤツはまだ連発は効かねぇし、あそこからも動けねぇ。見通しから逃げればまずはそれで良い、そこの壁の陰に」


 ガイトはエリーナの肩を借りる、というよりは引きずられて建物の陰に入る。


「二千花ぁ、和沙ぁ! 千弦をぶん殴ってでもここに連れて来いって!」


 大きな声を出せないガイトに代わって、エリーナの声が屋上に響く。

 既に千弦は和沙に羽交い絞めにされていたが、一方で激しく暴れてもいた。


「離してくれ! 和沙、二千花! 私は……!」

「今はあたし達の、……ガイトさんの言う事、聞いて!」

「ガイトさんですらあの有様ですよ? 私たちがもらったらひとたまりもありません、一旦引きます! 和沙、急いで!」



「まゆみ……! わた、わたしは……」

「作戦変更だ! お前がいないと困る! さがれ、千弦っ!」

 ガイトの声に力が抜けた千弦を引きずりながら、三人もガイトと合流する。



「確かに今はまだ動けぬが。されど人の身で神に抗えるわけもなし。身体が馴染めば、いの一番に妾の供物になってもらおうぞ、ガイトなるもの」


巫山戯ふざけんな! 誰がなるかよ!!」

「もう、声が出せるようになった途端に! …… 自分で陰に入る、って言ったんじゃない! 頭、引っ込めて!!」

 エリーナに首根っこを掴まれ、ガイトの頭が壁の陰に消える。



「ところで……。ガイトさんって神主だったの?」

「ん? あぁ、それか。……ほかにも神道系新興宗教の教祖とか、密教でも髑髏宗なんて言われる宗派の大僧正、あとは悪魔崇拝の大司教もやってるぞ?」


「そう言えばガイトさんの職業、イカサマ師だったよね……」

「ほぉ、バレてるとはな。――アタマ、いいんだな。お前……」

「あのねぇ……」


 壁に背中を預けたままではあるが。

 ようやくいつもの調子が戻ってきたガイトを見て、ほっとする思いのエリーナである。


「でもひかえろ、って要は膝をついて頭下げろってことでしょ? 素直にカタチだけでもそうすればさ、要らないケガ、しなくて済んだんじゃないの?」

  

 地面に落ちて転がった余波で、ズボンや作業服はかぎ裂きや擦り切れだらけ。

 本人も顔や手は結構な箇所、擦り傷を負って血まみれではある。

 

「相手を神だと認めちまえば。俺が人である以上、もう抵抗のし様がなくなる。あくまであそこに居るのは神様っぽいなにか、だ。こういった場合は絶対認めちゃダメなんだよ」


「なるほど、だからわざわざ神社の宮司だと名乗ったのですね」


 和沙に羽交い絞めにされたまま、座り込んでうつむいた千弦の頭をなでながら二千花。


「そう言うこと。色々めんどくせぇんでこの場での説明は割愛するが、基本的に八百万の神に分類される神々は、仮に怒らせたとしてもさ。こういう案件にはならねぇんだわ」


「日本人だとひいきしてくれる、的なことですか?」

「まぁな、簡単にいやぁそうなる。偉大なる先人のおかげで俺たちも助かってるってわけだ」


「神主だ、っていえば表面上は見逃してくれるんだ」

「そこまで甘くはないんだがな……。とにかく、神主である俺の拝んでる神の体形に名前がないなら、それは神を名乗ろうが、魑魅魍魎ちみもうりょう百鬼夜行ひゃっきやぎょうたぐいだろ? そうならもちろん、頭を下げる必要なんかない。アレは、神主であるところの俺から見たら”神サマじゃない“なにか。ということだ」



「あのぉ、ガイトさん? ちなみにホンモノの八百万の一柱だった場合は……」

 スティンガーを握りしめたまま、千弦を後から抑え込んで二人で座り込んでいる和沙。

  

「例えばキリスト教の司祭として対峙するだけだ。一応だがエクソシストの資格持ちだぜ。――言葉はともかく神と認めたが最後、その人間は根本的に抵抗できなくなるからな。ただうつしよこの世からご退去頂くとしても、その辺は絶対的な力関係が必要な場合もさ。事例としては多々、あるんだな。相手が神様の場合」


「つまり、神様をスティンガーこれで殴るのも、場合によってはあり。と、いうことですね?」

「……寡聞かぶんにして、スティンガーで神様をぶん殴った奴を俺は知らない」

「新しい護身具ぶきですもんね」


「そう言う問題じゃねぇんだが。――ところで千弦、少しは頭が冷えた顔だな。……もう大丈夫だろう、和沙。放してやれ。そして、……ついでにお前もスティンガーはいったん放せ」


 千弦は、――ふぅ、とため息を一つ付くとあえてガイトに目を合わせてはなし始める。


「……ガイトさん、取り乱してしまってごめんなさい。……だが腹は決まった。もはやあれは妹にあらず。――今度こそは事前の話通り、二つに切り分けて見せる。任せてくれ」


「うんにゃ、アレはお前の妹だ。なんで、方針を変更する。さっき言った通り、当初のプランは中止だ」

「……ガイトさん、私は」


「別にお前をおもんばかって言ってるわけじゃない。観察した限り、憑依されてはいるが中身、……元の人格はまだ眠っている状態。これで確定だ。アレは言動以外、完全にお前の妹で間違いないし、ならお前を妹殺しにするわけにゃいかん。なにより、そのつるぎでは人は切れん。よって、方針変更はやむなし。ってわけだ」


「でも、この刀。切れ味は最高だと、ガイトさんがさっき自分で……」


「その十束剣とつかのつるぎは一応、神器の一種ではあるんだが、そりゃカタチだけ。いわば神様特攻だけを付与したレプリカまがいもんだからな、神様そのものや付属品でないとなまくらなんだ。人間を真っ二つ。なんて、真剣の達人でもできねぇんだよ。なんなら、身体にまるで刃が通らねぇ、服さえ切れねぇ。まであると思ってくれ」


「ならば私は……」

「人使いが荒くて悪ぃが、あとで別なことを頼む予定だ。大変だろうが、いったん気持ちをリセットしてくれ。……今のところ彼女を切る必要はない。むしろ妹には絶対に刀を向けんな、良いな?」

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