現世《うつしよ》の神の姿

「アタリ、か。……冗談じゃねぇ」


 屋上の扉が閉まって、スグリの作業服が見えなくなった直後。

 ガイトは不機嫌そうにつぶやく。



「千弦、打ち合わせたとおりにな?」

 ガイトは、細身の剣を渡しながら千弦に声をかける。


「できる限りでやってみる。ただ真剣、な。私に切れるだろうか」

「お前の技量とその剣の切れ味があれば心配はいらない、それに人間を切るわけじゃない。タイミングだけの話だ」

「わかった。ガイトさんが切れるというなら、二つに切るまでだ」



「エリーナ、なんかニオうか?」

 ガイトの隣に立って、多少緊張の面持ちはエリーナ。


「ツキタマ様で間違いない。でもここまで濃いニオイは初めて。……ニオイが強すぎて、今んとこ方向が全然わかんない」

「俺も同じ状態だ。俺より”ハナが利く“分、お前はだいぶツラいんじゃないか?」

「そう言う意味では悪臭じゃないからね、平気だよ」



「お前は二千花にちかと二人で後方、俺の前に出るなよ?」

 右手にスティンガーを握りしめ、多少不満の面持ちは和沙。


「ガイトさん! あたしも、何かの……」

「和沙。こういう、どう転ぶかわからん現場ではバックアップが一番重要だ。保険が無いと前衛は動けない。……頼んだ」

「……わかりました」



「ガイトさん、妙に静かすぎる気がいたしますが?」

 和沙と並んで周りを見渡す二千花は、焦りも緊張も一切感じない自然体でガイトに問う。


「鈴木さんと別れた直後に結界を張られた。音も振動も三階より下ではもう気が付けない。この感じだと、時間の流れまでゆがんだ可能性がある」

「四階までがいわゆる神域、ということなのですね?」

「水の浄化循環システムまで含めてお社ってかよ。単純にお宮の建物ぶっ壊しておしまい、と言う訳にはいかないようだな」




「そのような粗暴なふるまい、わらわもりではけして許さぬ」


 いつの間にそこにいたのか、かなり距離があるとはいえガイトの正面。

 ロングボブの女子中学生と見える少女が、十二単衣をまとい。時代がかったしゃべり方で話しかける。


「現界ではなくあえて顕現にとどめて人間に憑依したのか! 神様だろ、あんた! やって良いことと悪いことが……」

「ひかえよ、人の子。しるしが身体にある以上、かんなぎとすることの、どこに疑義を挟もう余地があるか」



「ねぇ、千弦ちずる。……あのって、もしかして」

 但し、エリーナにはその少女の顔に見覚えがあった。

万弓まゆみ、万弓なのか!?」

 豪奢な着物の裾を引きずる彼女は。千弦がよく知っている人物と、同じ顔をしていたのだった。



「この巫女からだの姉であるか。巫女のなりそこないと言えど、この体の思慕の念は妾も感ずるぞ。……ちょうど今朝方、妾の顕現が成ったところぞ。わざわざの参詣さんけい、大儀である」



「千弦の妹? 完全に身体を乗っ取ったんだな……? ちっ!」


「ガイトさん?」

「先に確認することがある、お前らは動くな。特に千弦、フリーズ! だぞ? ……和沙、二千花。千弦をぎっちりつかんで絶対離すな!」


 ガイトは一人でどんどんと前に出て、少女の正面数に立つと。

 姿勢よく直立し、こうべを垂れ、上目遣いで少女を見やり。

 あえて相手に合わせるような言葉で話し始める。


御手前様おてまえさまは、いにしえの由緒ある神とお見受けいたすところ。ここに申し上げたてまつるこれなる下名かめい、武蔵の国は白鶺鴒しろのせきれいなる神社かむやしろに仕えし、八百万やおよろずの神々のおおよそ全て。これをお祀り申す宮司を拝命いたしまするガイトなるもの。御手前様の御尊名を拝聴いたしたく、ここにい願い申し上げ奉るもの也」


「貴様、神道の宮司とな……。ながら、誰何すいかには答えてくれようから、とっくと聞け」

 少女は不愉快そうにおとがいをあげると、一歩前に出る。


「妾は、清光夜半月せいこうよわのつき渡世田万比売命とよたまひめ、水と月をつかさどるものにして人の子らを豊穣へと導く、この日の本の世に君臨せし神である」



「え? まゆちゃんが、ツキタマ様……?」

「お前は万弓まゆみだ! しっかりしろっ!」

「和沙、千弦を黙らせろ! エリーナも口、閉じろ!」



「さて、ガイトなる誤った神に仕え、路を違えた人の子よ。かつて滅ぼした妾の前に、良くもかように堂々と立てるものであるな。……貴様は今、まさに神の御前みまえにあるのだぞ。不敬であろう、まずはひかえよ」


「下名は広く八百万の神、方々かたがたほうたてまつるもの。されど御手前様はただいま御身おんみ自ら、ご自身は神にあって神にあらず。と申されるをこの下名の耳にて聞きいたり。されば下名が御手前様の御前おんまえにあっても、ひかえる理由もまたなし。……偉大なる古の、また別なる神たると申されしものよ。どうかかんなぎとなりし少女の身体を現世うつしよへとお返し給わんことを、ここに乞い願い、奉るものにございまする」



「話にならぬ。去ね」


 少女の右手が、――すぅ。とあがり、小さな手のひらがガイトに向く。


「……ふせろぉっ!!」


 ガイトが叫んだ瞬間、光の奔流が少女の手のひらからほとばしり、光に討たれた彼の身体は重さがないもののように、後ろへと吹き飛ばされる。

 エリーナの手前で床に体をしたたかに打ち付けたガイトは、さらに数回転がって漸く止まる。

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