スグリ近未来建築研究センター
大きな駐車場にポツンと一台だけ停まったガンメタルのSUV。
そこから降り立つのはセーラー服の女子高生4人と、カメラバッグと三脚が入ったと思しき重そうな長い袋と、大きなリュックを背負った、チノパンに作業服のガイト。
彼の作業服の胸には【O.I.T.都市環境】の文字。
そこへ作業服にネクタイを締めた男性が近寄って頭を下げる。
「わざわざお出で頂いてありがとうございます。……チズちゃんもありがとう」
「確かに電話はかけたが、にいさんが自分で迎えに出てくるのは意外だった。父からは関東のブロック長になったと聞いていたが」
出迎えに出てきたのは、三〇代後半と見える人当たりのよさそうな男性
多少年が離れてはいるが、千弦が小さいときによく遊んでもらった従兄弟にあたる人である。とガイトは聞いていた。
就職時こそスグリの縁故枠で営業職に就いたのだが、若くしてめきめきと頭角を現し。
名字こそ
と千弦は言った。
「僕はチズちゃんが思ってくれるほど優秀じゃなくてね。今はここのセンター長なんだ、三〇人いるうち、正規の職員は一〇人しかいないし、センター長も正規オープンするまで。だろうけど」
但し。最近は疲れた様子で、出世争いはもちろん営業の第一線からも自ら身を引いてしまった。
とは言え、創業家の血筋でもあり、スグリコーポレーション内部では未だ影響力のある人物なのは間違いないので、あからさまな左遷などもってのほか。
多大な影響力を保持したまま辞められたら、会社としても困る。
結局、左遷人事なのは間違いないが、本社直轄ではあるもののオープン前の見学施設。
その所長の枠に押し込めることで本部長級の待遇は現状維持。
当人も含めた各方面、それでいったんお茶を濁すことにしたらしい。
「マスコミや、見学対応のためににいさんを置くならそこまで間違ってはいないだろう。待遇が悪くなっていなければいいが。今日だって……」
「僕のお休みは火、水なんでね。残業がほぼなくなったので、営業のときより身体は楽になったよ。……で、施設を見学したい、というのはそちらの方かな?」
「こちらは私の友人、この和沙の
「チズちゃんはともかくさ。……あ。ご挨拶が遅れました、スグリ本社営業部の鈴木と申します。先生は直接、こちらにお電話を頂いてもよろしかったのに」
「どうもご丁寧に。大江戸工科の大都市エコシステム研究所、准授教の
「大江戸工科……、あぁ。現学長は旧笹隈コンツェルンに近いんでしたね。と言うことは。マルジマ建設に気を使ってる感じ、ですか? ウチの閥であるカネハチ系とは犬猿の仲ですもんねぇ。現場の人間はともかく」
ガイトの言葉に、いかにも切れ者営業マン。という答えが即座に返ってくる。
「そういうことです。研究に派閥も何もないとも思うのですが。10年後にウチの教授の世代が引退しないとその辺はね。オープンなイメージの大江戸工科であっても、いかんともしがたいところでして。なので今日も個人的な見学、と言うことで和沙の友達だと聞いたので、千弦さんに無理を言って、日曜なのに鈴木さんにアポを取っていただいた次第で……」
「正式稼働前ではありますが、予約していただければ見学の方は大歓迎です。……このセンター、現在お休みは水曜日ですから、先生もそこはお気になさらず」
「そう言っていただけると助かります」
「では主だったところをご案内しましょう、1階から3階までは順路以外のところの移動は禁止、撮影もNGです。但し環境循環システムの入っている4階と屋上に関しては、既存技術の組み合わせで、特に社外秘の部分もありませんから写真もご自由に」
「良いんですか? 無制限に写真撮っても」
「むしろ、施工的には大手ゼネコンでも
「ありがとうございます」
「むしろ私どもは、環境工学や循環型農業については素人ですから。細かいところでも気が付いたところがあれば、教えてもらえたらありがたいです。屋上までご案内したら、あとは1階の事務所にいます。好きに見ていただいて結構ですよ。……チズちゃん、帰るときに声かけてね?」
「あぁ、すまないにいさん。恩に着る」
「良いんだよ、これが仕事だからね。……さ、どうぞ。まずは雨水はもちろん、田んぼの水まで含めた水循環浄化再利用システムと、先生に説明は不要でしょうが、人工灯を使ったいわゆるアクアポニックス。基本は市販のキットなんですが、ちょっと照明と水路に一工夫して、先月からレタスとイワナで試験稼働をはじめました。今日はその辺から見ていただきます。エレベーターで一気に4階まで行きますね。……」
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