プロフェッサー
結局、七時前には全員起きだしてリビングに揃ってしまったので、少し早めに朝食を取り。かたずけを始めたところ。
無造作にテーブルに放り出してあったガイトのスマホが震え始める。画面には【教授】の文字。
少しいやそうに画面を見たガイトは、いつものごとくスピーカーホンで受ける。
「はい、もしもし」
『アロー。――
電話からは張りのある、それでいて平坦な女性の声が聞こえる。
コングレスならオオヌサの位置にあたる、ソサエティジャパン実行部隊の長。
伊達かどうかわからない眼鏡に、地毛の色が判別できない脱色した金髪、長身で中肉中背、日に焼けた白人のような肌の色で人種も良くわからない。
年齢も恐らくガイトより年上だと思えるが不詳。
但し。神秘の解明を求めるソサエティの幹部らしく、オカルト関係については異常なまでに造詣が深い。
彼女もまた、三大組織の現場組ではトップの一角、ガイトから見れば”元請け“の担当者ではあるが、ガイトはこの人物を多少苦手にしている。
「結局、伯爵は逃がしちまったし、わざわざプロフェッサーに礼を言われるまでもない」
『
「いやいや、積極的に伯爵を追ってくれよ……」
日本国内での超常現象を伴う犯罪行為については、基本的にはコングレスの預りになる建前ではあるが、各組織間で案件についての優先順位がある。
特に”伯爵“の一派は長く国際的に活動しており、その初期からソサエティの本部が追っている。
つまり、この場合の優先権はソサエティにあるのだった。
伯爵はどうでもいい、と言われるとコングレスのオオヌサはもちろん、個人的に因縁のあるガイトも困るのである。
『まぁ、今回に関しては相手がガイトである以上、借りたままでも気にすることはないと、みんな言うのだが』
「そこは相手が誰でも気にしろよ! だいたい、自分は貸し借りの話にしたら怒るじゃねぇか!」
通常は貸し一つ、で済ませる部分を無理やり金額に換算し、赤字になろうが全て案件内で清算。としたがるのが今、電話の向こうにいるプロフェッサー。と呼ばれる彼女の普段である。
口で言うほど、貸し借りについては甘くない。
それについてはオオヌサとは対極の位置にあると言えた。
『その通り。イーブンにならないのは気に入らないが、知らぬ仲でもなし。個人的心情としてはスルー。と言うのも気持ちが悪いので、あえて電話をした次第だ』
「は? 急に何の話だ?」
『三〇分でその建物を出ろ。そこは四十五分後に襲撃される』
プロフェッサーは話し方は全く変えずに、そのままの口調で簡単にとんでもないことを口にする。
「いきなりなんの話だよ!?」
「昨日のこともあったので、今のきみの動向をリサーチしていた。我々以外の第三勢力にその場所がバレたぞ」
「なんで結界がバレた!? 昨日はアークビショップでさえわからんと言ってたんだぞ!」
『あの変態、……もとい。星井くんでも見破れなかった? さすがはガイトの仕事だ。いや、その後のオオヌサくんのケアが大きかったかな』
アークビショップとプロフェッサーについては、表裏であるのか、同族嫌悪であるのか。仕事上の付き合いがあり軽口もたたき合うが、仲はそこまで良くない。
とは言え双方の技量は認めあっている関係でもある。
『出来がいいのはその通りだが、簡易結界なのに3人以上で何日もなどと、負担のかけ過ぎなのではないか? 今朝ほど写真を見たが、さすがに現状では私でも気が付いた』
「ボロの出た原因はそんなとこ、だろうな。来るのは誰だ?」
『個人の特定には至っていない、と言うかそもそも調べてもいない。恐らく何らかの洗脳下にあると思われる、刃物を持った素人くさい集団だ。見た目から言って宗教の類、神道系新興宗教、もしくは古代日本の土着宗教系。といったところだな。そういう連中に覚えは?』
細かい話を聞くまでもなく、完全にツキタマ様傘下の作務衣部隊であった。
「……うん。すごくある」
『ならば急げ。保護対象も一緒だと聞いているが なおのこと至急逃げろ。西からくる、まずは東に向かえ。――明日以降、金額に換算するがとりあえず。昨日の分はこれで1/5くらいは返した。ではな』
最後まで感情を感じさせない平たんな口調のまま、ごく簡単に電話は切れた。
「……なんで俺のまわりはみんな、自己中しか居ないんだよ! ――全員、飯の片付けは中止。このままでいい。……ここにはもう戻らない。PCと書類を箱に詰めて、一〇分で出かける用意をしろ」
「それでガイトさん、どこに行くの?」
「ただ逃げ回るのも面白くない、ここはいっちょ、こっちから攻めてみよう。スグリの近未来建築研究センターに行く。そこに
「さすがに、いまさら私程度が勝てるなどとは思わないが。だがアタリだった場合、私たちがガイトさんに襲い掛かったりしないか?」
「お前たちが力の行使をできる可能性はあるが、思考の制御はもうできないはずだ」
言いながら、ガイトは無造作に胸ポケットに刺したスマホを取り出して画面をなでる。
「だったら、あたしたちもなんか役に立つ感じですか?」
和沙が、樹脂でできた妙な形のペンダントヘッドを握りしめて鼻息を荒くする。
「直接役にたっちゃ俺が困るんだってば。……ま。準備は必要、か。――おぅ。もしもし、ガイトだ。日曜の朝早くにすまんね、ちょっと頼みがある……、当然金は払うしオオヌサさんにも俺から説明する」
電話をしながらガイトが手で合図をし、エリーナ達は一度寝室にしている部屋へと引き上げていく。
その一二分ほどのち。
駐車場の黒いキャデラックの隣に停まった、ガンメタルの大型SUV。
夜のうちにオオヌサが用意したその車が、コテージにいた五人全員と荷物を飲み込んで、道路へと出て行った。
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