神様の現住所

「朝から難しい話をしているな。なまじ頭がいいと、そう言う話に参加しなければいけなくなる。私は頭が悪くて良かった」


 いつの間にか竹刀を担いで、タオルで汗を拭きながら千弦がリビングに戻ってきていた。


「頭のいい奴は、だいたいそういうこと言うんだよ。せっかくだから千弦おまえも混ざれ」

「正直なところ、思考実験のような話なら勘弁してほしい。いわゆる”トロッコ問題“を初めて知ったときは三日ほど眠れなくなった。人の命を何だと思っている」


「有名所なら、シュレディンガーの猫とかな」

「……実際にやらないまでも、せめて生き物以外を使うべきだろう」

「底意地が悪いもんだからな、その手の話は。……聞きたいのはそうじゃなくてだな」


 ガイトは、千弦からノートPCの画面が見えるように角度を変える。


「この地図の緑が田んぼ、茶色が畑だ。ツキタマ様が農業の神だとして、お前ならどこにお祀りする?」

「これは東京の地図か。思うより結構多いのだな田んぼや畑が。ガイトさん、この赤い線や赤いエリアは何なのだ?」

「赤い部分だとツキタマ様的には都合がいい、って場所だな」


 多摩方面なら、それこそかなりの面積の緑や茶色があるものの。

 以前、オオヌサが言っていた通り、赤い線の数も少なく、赤く染まる面積は狭い。


「ふむ。一か所、良い場所があるにはあるか。……ガイトさん、ここをズームできるか?」


 画面を指さすのは、赤の線が数本集まり、太くなって面になっている部分だが。

 鉄道が近所を通り高速のインターにもほど近い、そこは整備された工業エリアであった。


「物流倉庫とか工場の多いとこだな、……確かに赤のエリアが広くはあるが、上にまるまるデカい建物が立ってるぞ?」


「まだ正式稼働はしていないが、ここは、スグリの近未来建築研究センターなのだ」

「さすがに実験装置や建築資材と神様は、合わねぇんじゃねぇの?」


 だが、千弦は慌てるでもなく画面から顔を上げ、ガイトと二千花を見る。


「ガイトさん、二千花にちか。畑や田んぼ、規模はどの程度必要な見積もりなのだろう?」

「なるほどそう言われれば、具体的には聞いておりませんでしたね」

「それも概念的なもんだ。面積的にはそこまで大きい必要は無いだろう、とは思う」


「何か面積以外の条件がある、ということなのか?」


「条件とまでは言わないが、例えば田んぼなら、早乙女さおとめが田植えをして、収穫したら穂掛けをして、脱穀したらぼたもち作って供える。みたいな儀礼的様式がある程度完結するなら……。おっと、話がなげぇうえに専門的になりすぎるな。えーとだな……」


 千弦は、続けて話そうとするガイトに人差し指を上げてみせ、言葉を遮る。


「実はその建物、通路と屋根のかかる部分は、床も含めてすべて自動清掃機能つき発電パネル、その他が屋上緑化をもう一歩進めて、田んぼと畑になっているのだ。研究センターとしての稼働は来年後半からだが、去年建物の形ができて以来、実験的にサツマイモと、そして稲の作付けをしているはずだ。面積としては結構広い。……航空写真を被せてみてくれ」


 ――航空写真のレイヤは、これでよかったんだっけ……?

 ガイトのつぶやきとともに、線で描かれていた地図にリアルな色が被さる。


「……。へぇ。田んぼだけで半反歩はんたんぶはありそうだな。五俵も取れるなら、儀式用としては十分以上。ではあるが」

「ガイトさんは見ただけで田んぼの面積だけでなく、収穫量までわかるのか……」


「実は田舎の出なんでね、それくらいは実家の近所じゃみんなわかるんだ。――屋上なのに畑の部分も結構広くて……、うん? ここだけパネルがない? 銅葺きの屋根? つまりこれは、おやしろってことか。しかもみねぇ建築様式だな。......ふむ、これはくせぇぞ。――千弦、この建物の責任者は?」


「スグリコーポレーションの専務。……つまりは私の父親になる」


「そうか。……わかった」

「ガイトさん。私は新興宗教を一概に否定しようとは思わないが、既存宗教の枠内にない神様を復活させて何かをしようと言うのだ。しかも知る範囲では、私含めて六人が既に被害にあっている」


 千弦は、多少硬い表情でガイトと目を合わせる。


「……もう少し、具体的に言ってくれるか?」

「はっきり言おう。私の身内だから処遇を甘くしてくれ、などと言うつもりはない。必要なら、間違いなく処断されることを望む。たとえそれがイリーガルなもの・・・・・・・であっても、だ」


「アタリだとするなら、多かれ少なかれそうなる。俺やお前の意見はどうでも、な。……」


 千弦が知らないだけで、命を落とした者。としても、今の時点でもウキシマ・リアルエステートの課長や、作務衣部隊なども含めれば結構な数になる。

 しかも日本政府のオカルト系諜報組織、コングレス。

 これを認識したうえで、あえて敵対する動きを見せている。


 既に法規に則った平穏な決着など、あり得ない。

 積極的に関わった者については、一般的な法とは異なることわりで一方的に処断される。

 そんな結末しかないのである。

 

「……そうか」

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