ツキタマサマ

神様の戸籍

 六時前のリビング。

 ノートPCの前に座るガイトと、画面を後ろから覗き込む二千花にちか


「早いのですね」

「普段とすれば、お前らほどじゃねぇよ。日曜だぞ……」

 庭へと通じる大きなガラス戸の向こう側。

 まだほの暗い中、竹刀を振る千弦ちづるの姿があった。



千弦あのこのことはともかく。……さすがにこの時間というのは、幾分早起きではありますが。期限を切った仕事を紹介した手前、成果が気になりますから。……もう送ってきたのですね」


「良い仕事をする。一応報酬五〇万と経費一万、追加二十九万の計八〇万税別。これで指定の電子マネーウォレットに送った、確認しといてくれ。あと金額を適当に三分割して内訳は資料代1,2,3で良いから領収証くれ。って、頼んでくんない?」


「わかりました。領収証のあて名は?」

「多分古物商名義になると思うが、それはあとで。……それと、今後とも個人的に連絡を取ってもいいか?」


「別にわたくしの許可などいらないでしょう。先方に危険が無いというなら、あとは良いようにどうぞ。……改めて。依頼の中身の方なのですが、報酬から見て、ガイトさんを納得させるようなものがあったのですね?」


「まずは豊田間御前。鬼ではあるが、伝承によっては大きな蛇でもあるらしい」

「ガイトさんは、当初から蛇か龍とは仰っていたような……」

「あぁ、田んぼ、というか水にこだわってるからな。それに処女のいけにえ。だとすると、昔話ならだいたい大蛇おろちか龍になる」


「良いことなのかどうなのか、判然としないのですが」

「弱点が増えるかも知れないが、属性が盛られた分単純にパワーアップすると考えてくれ」




「面倒事が増えたことのみがわかった、と。……ツキタマ様に関してはいかがでした?」

「あぁ、候補を三つ。理由までつけて送ってくれたが、俺はたぶんこれだと思う」


 ガイトは文書をカーソルでなぞって文字の色を反転させる。


清光夜半月途世田万比売命せいこうよわのつきとよたまひめ、いわゆる神道とは別系統の、平安から鎌倉時代にかけて信仰された神様らしい」

「せいこうよわのつきとよたまひめ……。漢字は若干違いますが、音だけ聞けば御前様と同じ名前ですのね」



「晴れ渡る秋の夜空を照らす月、そして収穫物を世俗まちへと運ぶみちに連なるよろずの田。名前から見ても、収穫期の冷水害から田んぼや畑を守ってくれる神様だったようだな」

「それが転じて藪を開墾し、水源を作って自身は滅んだ鬼女きじょ豊田間御前とよたまごぜん田畑でんばたにこだわるのはむしろ当然なのでしょうね」


清月田万比売命せいげつたまひめと呼ばれて、豊穣紳として祀られていたらしい。そこからツキタマ様なら、呼び名の辻褄も合う。……あえて鬼とすることで改宗を迫る幕府や朝廷から、彼女の名が消えるのを阻止したのかもしれない、ともある。――この資料を見た限り、俺も同意見だ」


 それまで田畑を守ってくれた神様を捨てないために、あえて鬼として語り継いだのでは無いか。

 資料にはそうあったし、ガイトも考え方としては悪くないと思えた。

 


「神様で無いなら語り継いでも良い、という理屈ですか……。現在の“当人”が鬼である、と言うなら厄介なことなのでしょうが」

「神として既に顕現しているようだし、ならばそれはそれで鬼より厄介だよ。何度でも言うが、俺はそこら辺のインチキ臭い拝み屋だぞ?」


「ガイトさんの自己評価はともかく。……確かに神殺しともなると、なかなか聞いたことがないですね」

「神話だってほぼ無いからな。神様同士ならともかく、人による神殺しなんか」

「ガイトさんならできる、と言う前提で頼まれているのでは?」



 実はその手の案件に何度か関わっているからこそ、伯爵も神を喰らうモノガッイーターなどと呼ぶのであるが。

 自称“そこら辺の拝み屋”であるガイト自身、そんな案件にはできれば関わりたくないのが本音である。



「さすがにできねぇよ。悪霊なら成仏してもらうし、妖怪なら討伐することも可能だろうが。相手が神様じゃ、事実上殺せないからな。せいぜい出来ることと言えば、誤魔化して力を奪いつつ現世うつしよから御退去願うくらいだ」


「人の身であっても神の力を削ぐことは可能だ、と聞こえましたが?」

「その辺がインチキやら誤魔化しだ、ってのさ。世界や人を作ったのが神ならば、それは絶対に人に手出しはできない」

「それでも誤魔化す策はある、と」




「人が居なければ神も居ない。なんて、さ。……俺が神の存在を否定しないんだから、もはや宗教論を超えて思考実験の世界だぜ?」

「神が手始めに世界と人を作る、と言うのが神話の定番ですよね」


「だからその辺はな。イカサマ師としては、神話は横に置いて土着宗教の発生経緯を、民俗学やら文化人類学をベースに置きつつ、屁理屈をこねるわけだ。――神こそは人が作った概念なのだ、ってな」

「ふふ……。ガイトさんの得意分野、というわけですね」


 微笑んで見せる二千花にちかに対して、

 ――うれしくねぇ言われ方だな。

 そう言いながら、ガイトも口元をにやりと歪ませる。


「人が拝まなきゃ存在自体が忘れられ、神として成立できなくなる。……もともとのツキタマ様がまさにそうだろ? ――祟り神だと言うなら、全人類を代表してひたすら全力で謝る、なんて手も有る。但し、顕現してしまったとなると実際に物理に干渉する力がある、ってことで。そうなら、両方ともかなりキビシい」


「わたくしも巫女として、意のままに操られていましたものね。……でもきっと。ガイトさんなら、なにかしらの具体的対抗策をお持ちなのですよね?」

「無くはない、って程度の話だよ。それにさ、本当に神殺しに近いことになったら、祟られたり天罰が落ちたり大変なんだってば。だからこそ俺としては静かにご退去願いたいわけ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る