神の軍勢

「あんたが人に頭を下げてまで聞きたい話、ねぇ」 


「特に一般的な一神教において顕著であるが、悪魔という概念。これはわかりやすいのだが一方で多少の矛盾もある」

「いきなり何の話だよ……。その某一神教からの派生組織じゃねぇか、カセドラルアンタんトコ自体」


「我が輩ら一門の祖が、神と呼ばれるものおおよそ皆を敬畏し、それら全てを理解することを求め。全世界の奇跡を収拾し、解明することに拘泥した結果。宗派どころか宗教自体まで飛び越えるに至り、なんとか処刑を免れて破門ですんだ。などと言うのは既に一〇〇年以上前の些事さじである、問題はない」


 そうして本体からはじき出された一部の集団は、あくまで裏の世界に限定された話ではあるが、今や。

 神と奇跡に関しては世界でも指折りの専門家組織になった。


「なくはねぇだろ、問題。改めて聞くとむしろ問題しかねぇじゃねぇか。……で、あんたの言う矛盾、ってのはなんだ?」


「例えば悪魔という概念、これは好き勝手に欲望のまま、いわゆる悪いことをするわけであるな?」

「まぁ、普通はそうだろ。……それが何か?」


「単独で悪さ、もしくは人間に干渉すると言うなら構わんのだよ、人をそそのかし悪逆の限りを尽くす。わかりやすい。堕天したものだというのなら、なおのことそうであろう。とは容易に想像がつく。……但し、神話や予言では彼らはしばしば、軍勢として人の世に侵攻するであろう?」


「悪の軍団。それはそれで、実にわかりやすい構図じゃねぇかと思うが?」

「そのような者たちを集めて、果たして規律を重んずる軍隊なぞ成立するか? 何故、悪の同士で自身の益の為に害をなしあうと思わんのだ? さらに人間を扇動できれば神をも牽制できる。反逆を行うには非常に効率がいい」


「あんたもエクソシストの資格持ちだったろうがよ。ろくでもないこと考えてんな」

「だからこそ疑問を持つという話だ、職業意識が高いのだと考えてくれたまえ」


 アークビショップは、湯気のあがるコーヒーカップを取り上げると口をつける。


「……。ほぉ、このブレンドは好きなのだ。デリカテッセエイトの【焙煎職人シリーズ・ブレンドコーヒー/レギュラー深煎り(緑)】だな」

「なんで要らんところが細かいんだよ! しかも当たってんのがこえぇよ!! なんでスーパーのPBが一発でわかるかなぁ……」



「ブランドよりも実質、なんでもそうである。話が途中であるな。――そして神の側もまた、我が輩は矛盾を感じることを禁じ得ないのだ」

「そんな神父みたいなカッコで、神にまでいちゃもんつけんのか」


「神の軍団は神話では、統制され規律だった組織として描かれることが多いが。一分の乱れも許さない、比類なき力を持った神の使徒が千の数で地上に降り立ち、神の意に沿わぬものを問答無用で粉砕する。それは本当に正しき姿だろうか? 人間は成り立ちから神に意に沿うべきものとしてできてある、と断言できるか? そうでなければ神の軍団が、地上に降り立ったその時点で。人類は皆殺しになりかねない」



「……おい、アークビショップ! さすがにその考え方はヤバ過ぎだ、わかってんだろうな!? ……自信があるのは結構だが、既存宗教全ての原理主義者が敵に回るぞ?」


 ガイトはカップを取り上げ一口すする。

 アークビショップの今の発言は、ともすれば宗教観を根底から覆しかねない。

 そして歴史があろうが新興だろうが、どの宗教にも過激な集団は一定数居るのである。


「先日も一人、返り討ちにしたところであるが?」

「何を堂々と。……そもそも両方。あんたが一般社会に馴染めねぇ。ってだけの話じゃねぇのか?」

「実は、そこに関しては一概に否定できないのだな! はっはっは!」

「笑い事じゃねぇ! つってんだよ、社会不適合者がっ! ウソでも否定しろよっ!」



「それを否定出来ない我が輩にとって、日本におけるオニや妖怪の概念は、どう言ったものか、……馴染むのだ」

「うーん、あんたが妖怪の仲間だ。ってのは否定し辛くはあるんだが」


「さすがにガイト君であろうと、不世出の大聖人に対して不敬であるぞ?」

「あんたが勝手に”大”を付けて名乗ってるのは知ってる。そのうち、また・・アジア総支部とかイタリィの総本部から怒られんぞ?」


 アークビショップはコーヒーカップを一気に傾けローテーブルに置くと、ガイトの突っ込みは全く意に介さず続ける。


「神でありながら民草たみくさおそれられ、鬼であるのにやしろを作りまつられる。日本にあっては、そこまで矛盾しない光景である。人に害をなすものでありながら、恩恵をもたらすものでもある。我が輩の考えでは、この清濁混然のあり方。これは実に理にかなっている」


「正しいことのみ、悪事だけ。そこだけをとことん突き詰めていくと、矛盾して破綻する。みたいなことが言いたいのか?」

「そうだと思わないか? いわゆる憑き物堕とし、退魔師はその名の通りに魔を払うもの。そこに大きな問題はないが。魔を落としたその後に、悪の要素が残っていたなら。ガイト君も拝み屋、憑き物お歳を名乗っているが。そうであるならなんとする?」


「素直に【】としてまとめて祓えよ!」

「言葉をこねくり回したら天下一品であるな。師匠が言霊師だと言うのを実感する」

「いや、別にそんなつもりは……」

「いつであったか君に、――言葉には場を変える力がある、ぞんざいに扱うな! と言われたのを思い出すな! それで先ほどの返答や如何に?」


「なんなんだよ、.めんどくせぇな。……悪の定義付けから始めなきゃいけねぇじゃねぇか、禅問答かよ! だが悪意を持って善行をなす……? としても、そこに問題は生じねぇんじゃねぇの? その善が最終的に悪をもたらすとかそういうことなのか……、どうなんだよ? 大聖人」


「かつてのラテンの格言に曰く、Summum jus summa injuria. ……最高の正義こそは最高の不正なり、とある」

「で、結局何が言いてぇんだよ?」

「はっはっは! やはりガイト君と話せて良かった! 今宵こよいはこれまで! 失礼するっ!」


 アークビショップは陽気にそう言い放つと、キビキビと立ち上がり帽子をかぶると振り向きもせずに右手をあげ、そのままリビングの入口へと消えていった。

 

「あの人は何しに来たんだよ、マジで……!」

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