鬼
結局。出たとき同様、電車と徒歩で帰って来たガイト達だったが、意外にも着いたのは午後三時を少し回ったくらい。
思ったより時間はかかっていなかった。
「漢字が……とよ、た、ま、ね。神様ではないってことすか?」
『もちろん、そう言う意味では神でもあるはずだ。要は人間側の捉え方、と言うことだな』
「毎回、その辺がピンと来ないんだよなぁ」
『当たり前ではあるけど、信仰されなくなると神は鬼にも墜ちるし滅びもする。……その辺は相手が人間や世界そのものを作った神様ともなると、こんどは卵が先か。って話になるけど。さすがにその辺はメンドクサイから、この場は一般論として聞いといてくれ』
コテージに戻り庭に出て、毎度同じ姿勢でスマホと話すガイト。
さすがに建物に籠もっているのに飽きたのか、今は全員が庭に出て身体を動かしている。
今回はメモを取りながら、ではあるのでスピーカーホンでもそこまで違和感は無い。
『
「北陸から南東北の日本海側の伝承ってことだけど。……鬼、なんだよな? 神様でなくて」
『もともとは神であったが、その後信教が廃れ、鬼の位置に貶められたらしい。と言うのが最近の民俗学での彼女の立ち位置だそうだ。ちなみに神様時代の名前は絶賛調査中、なので聞かれても僕は知らない』
「一般的な神道の系譜には属してないってこと? いわゆる八百万の神とはまた別系統、ってことなの?」
『その辺、本邦の神様のメンドクサイとこだよねぇ。……本当の意味での民間宗教だな。恐らくは朝廷、あるいは時の幕府の介入を受け地域ごと改宗、もしくは滅ぼされて、彼女自身も神から鬼になって伝承として生き残った。のじゃ無いかなぁ。と言う話。研究してるのが北陸文化教養大の先生しかいなくてね。口伝さえ集まらなくて、参考文献もさっきの先生の論文だけ。資料が偏ってて調査が広がんないんだな、今んとこ』
「ちなみに、鬼としてはどんな伝承が残ってるんだ?」
――恐らくは鎌倉後期。
――
――見目麗しい彼女は、豪農でもあった領主に嫁ぐ。
――子供も儲けそのまま数年、何事も無く過ごしたが、ある干ばつの年。
――畑が枯れ果て田んぼも干上がるのを見かねて、鬼であることを主人に告解。
――都での悪さを白状し、雨は降らさないと言い張る神と取引をする。
――神より奪った宝刀を返し、身体の一部でもある薙刀を渡すと約束する。
――そこでようやく納得に及んだ神は、村に雨を降らせる。
――一方、村には戻れぬと諦めた彼女は、月に明るく照らされたある夜。
――今まで大石と雑木だらけで開墾のできなかった藪へと赴き。
――そこを、こんこんと水の湧き出る泉と、美しい田へと変え自身は消滅した。
『……と、まぁ。ありがちな伝承ではある』
「鬼である必要性、あるのか? その話」
『ま、もともと神様だとするとこんなモンでしょ。それに話を色々はしょってるし。伝承では鬼っぽいこともしてるよ。まぁ、資料はメールで送ったんで、時間があれば一応目を通しておいてくれる?』
言われてガイトはスマホの画面をいじり始める。
本当にメールは届いていたようで、それを眺めながら会話を続ける。
「この資料だと子供も八人いるし、だったらもともと豊穣神だったんだろうね、名前から言っても。豊かな田んぼの間、だもんな」
『鬼なのに、田んぼや畑にすごく拘っているからね。旦那である領主のところに嫁にいったのも、たくさんの田んぼを持っているから。と言うことだし』
「やたら田んぼが出てくるし、だったら水にも関係あるのかなぁ。……で、鬼の設定が追加になるとなんか不都合がでてくんの?」
『基本的に
「お師様が若いころに関わったコングレスの案件だ、ってのは知ってる。昭和後期、ある日村人四十四人全員が行方不明。専門家になってから、ちょっとだけ調べたことがあるが。……今や村の場所どころか、村があったかすらわからんのだけれど、いわゆる都市伝説じゃ無いっすよね? あれ」
『ある日消えた村、なんてね。僕が入るだいぶ前だが、うやむやにしたのは、まさに
「あの事件の原因が鬼だった、ってこと?」
『そういうこと。力のある鬼なら、概念だけでも復活したら大変なことになる。その件では鬼に願った人たちの思いが強すぎて、
「昭和の時代に、そんな凄い鬼が……?」
『令和に入るまでは
「な……、書き留めるだけ、書いた紙も一刻(※約2時間)のうちに破いたうえで燃やさなければいけない。お前の口では絶対に発音してはいけない。とお師様に聞いた。だから今でも言葉にはできないが、……あぁ。知ってるか知らないか。と言われりゃ、知ってる」
普段他人はどうでもいい、という態度のガイトが師匠の名前を出して多少動揺する。
そして電話の向こうのオオヌサにもそれは伝わった。
『なにしろ、室町後期から明治初期まで人里を荒らし回り、幕府や政府の討伐隊を何度も退けた、と言う記録が残ってるとんでもない鬼だからね。専門家ならむしろ警戒して当然だ。ガイトの先生だというなら、もろに昭和の僻田村事件の関係者だしな』
「ビックリする以前の話だ。なんてものを復活させるんだよ!」
「……でも神様と同じ、悪鬼羅刹の類も人に
珍しくオオヌサが気を使って、動揺したガイトをなだめにかかる。
「神様じゃなくて鬼にすがりたくなる様な、特殊な事情はあるんだろうけど。それはそれとして。……よく事態が収まったな。お師様はその件についてだけは、聞いても何も教えてくれなかったんで、内容は全然知らない」
『ガイトの先生はもちろん筆頭だったが、とにかく“専門家"が足りなくてな、
「顕界して肉体を持ったまま閉じ込めてある、ってこと?」
『単純にはそうなるな、だから場所も有耶無耶にしてある。今でも監理部が総力を挙げて、存在の希薄化と封印の方法を研究してるくらいだからね』
目にしただけでも発狂して目についたものを殺し、自死したくなるような存在である。
仮封印。ということは一般人でもなにかの拍子に、特段儀式などなしで封印を解除できてしまう。という意味に他ならない。
弱体化と封印強化は絶対、最優先でしなければいけないことであるのは間違いない。
「絶っ対、首突っ込まないからね?」
『もちろん動きがあれば一番に声をかける』
「冗談じゃねぇ、お断りだっての!」
ガイトに人外の存在を教え込んだ人間が先頭に立って、それで仮封印どまりである。
彼が絶対に関わりたくない、というのは本音だった。
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