神楽鈴の巫女

「……また妙齢のお嬢さん。今回は若干年齢層は高いようだがそれでも二十歳そこそこ。人選してるヤツぁ、性癖に問題があるんじゃねぇのか?」


 ありがちな事務服を着た、二人の女性にはさまれる形になるガイト。

 手には巫女さんが舞を舞う時に使う鈴の様なものを持っているが、先端部分に結構な刃渡りの刃がついている。


神楽鈴かぐらすず……。いや、ありゃ矛鈴ほこすずってやつか。カタチにはやたら拘るのな。ま。荒魂あらみたまでもないんだろうし、神様を”だまくらかそう“ってんだから、その辺は当然か」


 二人が歩を進めるたび、手に持った鈴が、――シャン、シャン。と鳴る。


「逃げなければ簡単だったものを……」

「神の形代かたしろ、返してもらいます」


「ここにないものは渡せない。……持って行ったの、俺じゃないしな」


 時間的に見て米粒像は、コングレスのエージェントが既に確保したはず。

 オオヌサが三〇分と言ったからには、その時間は確実である。

 彼女たちが、ガイトが持っている。と思い込んでいるうちに、回収は終わっている。


「あんた、アレを何だと思っているの……!」

「一体約五万円、プラチナ製の米粒みたいな像、だろ? ……ん? このニオイ、かよ。処女をこじらせて新興宗教、なんてさぁ。まだ若いんだし、余計なことに足を突っ込まない方がいいぜ?」


「う、な……! あ、あなたこそ人の事情に首を突っ込まないで!」

「そりゃそうなんだが。……新興宗教の、まして半分インチキで、しかも顕現している神の巫女なんて。消耗品扱いされて終わりだぜ? 二人とも、おっぱいこそ小さいが結構かわいいんで、一応、忠告しとく。……男に騙される方が、まだ数倍マシだぞ? 上手くいきゃ、人生の経験値にもなるしな」


「許さない……!」

「……殺してやる、今! ここで!!」


「やたらに浅い地雷だな」

 わざとあおった本人は、なにごともなく腰を落とす。



 ――シャン。

 音と同時、ガイトの顔の正面に鈴が鳴り、すぐ横に刃が突きつけられる。

「うぉうっ!」

「避けた? ……なんで避けられるの! あなた、おかしいんじゃ無いの!?」

 明らかに驚いた顔でガイトを見やる女性だったが。


躊躇ちゅうちょなく目ん玉を狙ってくるお前の方がおかしいわ、体育会系! サッカーかバスケあたりか? 瞬発力があるうえに、縮地でも歩法でもなく前触れなしに距離を減ずる、ワープかよっ! 言葉通りの縮地とかさぁ。やっぱ神様ってのは反則だろ!」


 ――シャン。

「せいやっ!」

 もう一人からの、ガイトの後から首を狙った突きだったが、彼がとっさに一歩逃げながら振り向いたため、最終的な見た目は寸止めのようになる。


「あっぶねぇ! お前の足裁きは合気だな!? 武道とワープが組み合わさると、滅茶苦茶ヤベぇじゃねぇか!」

「何故かわせた! 見えなかったはずだ!」


「うしろ向いてても、さすがに殺気は気が付く。そして人を殺そうってヤツは、自分が殺されても文句が言えねぇ。……つまり。目ん玉狙ったお前も含め二人とも、殺されても文句は無い、ってこったよな? その辺、キチンと理解はしてるんだよな?」


 ガイトはそう言って両腕を下げる。

 


「なにができるもんかっ! 息の根を止めてやる!」

 ――シャン。

 ガイトは左足を残したまま右へよける。


「わ、な! ……わえぇえ!? ぇぶ!」

「ワープ直後に鈴が鳴るのが良くないな、気配がなくても音でわかる」


 突っ込んできた女性は、ごく簡単にガイトの足につまづき。

 矛鈴をかまえたまま顔面から地面に落ちる。


「息の根が止まる。と言うのがどういう状況だか、体感させてやるよ」

 ガイトは全く躊躇なく、倒れた女性に馬乗りになってシャツの襟を絞め、女性の顔が紫になり泡を吹いた直後動かなくなる。


「ほい、いっちょあがり。……だ」

 

 ガイトはゆっくり襟から手を放し、事務服の上半身はそのまま地面に落ちる。

 もう一人は正面に位置していたので動けないでいた。



「貴様……!」

 ガイトはにらみつける女性を無視して馬乗りから立ち上がり、両手をぱんぱん、とはたく。

「さて、武術の心得があるのは厄介だ。俺のは全部、なんちゃっての域を出ないからな」


「ふざけるな、動きは見えたぞ! 次は逃がさん!」

「もちろんそうだろうとも。だが、武道の達人相手に……」

 ――シャン。

「誰がまともになんか、やるかっ!」


 ――パリパリパリ!

 という音とともに、ガイトの目の前に現れた女性が動きを止め、

 ――シャラン、カラン、カラカラ……。

  矛鈴を取り落とす。


「な、ひ! ……かは」


 ガイトの右手にはプラスチックの銃の様なもの。

 そこからワイヤーが伸びて彼女の腹に刺さっている。

 彼女の足元。地面は失禁の水分を吸い込み黒いしみが広がっていく。


「こ、れ、……は」

「ちょいと電圧高めのテーザーガンだ。さすがにちょっとヤリ過ぎかも、なんてことは思う。……苦しみをなくすには」

 ガイトは距離を詰めると右手を振り上げ、動けない彼女の後頭部へ手刀を落とす。



「悪りぃな。……可哀想だが結局。意識をオトすしかねぇ」

 ガイトは崩れる事務服を抱きとめると、ゆっくりと地面に横たえてテーザーガンの針を抜く。



「エリーナ、和沙! もう降りていいぞ!」

「なんでそんなの持ってるのよ……。アメリカの警察とかで使ってるやつでしょ? それ」

「殺して、ないんですよね?」

「両方失神してるだけだ、だからちょいと薬を打たなきゃいかん」


「なんで? 失神してるのに、さらに麻酔って、……まさか」

「アタリだ。勘が良いじゃねぇか、エリーナ。――誰がやるかは別にして大至急、米粒像の処置をする! エリーナ、トランクから例のカバンと、赤い樹脂のボックスは救急セットが入ってる。それとブルーシートとタオルもある。全部、すぐに持ってきてくれ! あと和沙、ジャージとTシャツが青い箱に入ってる、Mで一そろい。パンツは無いが、それはもうこの際しょうがない」


 エリーナと和沙がクルマへと走って戻る。


「エリーナは経験者? だから大丈夫なんだよね? ”処置“の内容を考えても女の子の方がいいだろうし」


 ガイトは誰が処置をする、とは言っていない。

 和沙はエリーナがやるものだと思い込んでいるが。


「私たちより結構、神様に近いようだし。だったら今回・・は、ガイトさんがやった方がいいと思う……」

「……そう、なんだ」


 ――もしも処置のせいでケガなんかさせたら……。

 ――だってニオイがね。私たちと同じなの。

 ――すごく処女っぽいのよ、この人たちのニオイ。


 などとは言いだせないエリーナだった。

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