真昼の商店街

村主 千弦

「中央線沿線で受け取れるとありがたい……。うん、それで構わない、車種は気にしないが国産で軽以外、できればミドルクラス以上の、……。それでいい。まいどすまないな、助かる。なら今日の九時過ぎ以降、例の駐車場で良いんだな? ……あぁ、よろしく」



 夜明け少し前。時刻ならまだ六時にもならないリビング。

 ガイトがやや控えめな声で、どこかに電話をしている。

 今回はスピーカーホンにはなっていない。



「よお、朝早くに済まないな。今日は完徹か? ……これから仮眠する? 起きるのは何時だ? ……ならちょうど良かった、、その頃に車番と車種を電話する、Nシスと国道の道路管制カメラを潰して欲しい。……なんだ知ってたのかよ。確かにコングレスの案件だが全部おんぶに抱っこってのは、あとが怖いしな。……いや、済まんね。とりあえず、おやすみ」


 通話が終わってスマホの画面が待機画面に戻ると、ガイトに人影が歩み寄る。


「おはようございます」

「ん? あぁ千弦ちづるか、おはよう。どうした?」


 長身のポニーテール。村主すぐり千弦ちづるが、学校ジャージの上下に竹刀をもって。リビングの隅で、電話が終わるのを待っていたのだった。


「竹刀を振るのに外に出ようと思って、ガイトさんが起きたら許可を得るつもりだったが。意外にも起きていたうえ、既に仕事をしていて少々驚いた」

「それほどのことか?」


「昨日もそうだったがイメージより数段、早起きなのだな」

「あぁ、基本的に五時過ぎには起きるぞ。案件が神様関係だと、日の出前後は結構やることが多いんで習慣化してる。……けど、お前もやたら早いな。女子高生ってのは、起こさないと昼まで寝てる生き物じゃないのか?」


「それは偏見だろう。一昨日から思っていたのだが、ガイトさんは女子高校生を何だと思っているのだ?」

「なにと言われれば、自分の高校生時代を含めてまるで接点がないからな。完全になぞの生物だ」


「高校生だったころから10年と経ってはいまい、ならば見た目は今とそう変わらんのだろう? ……現役時代から接点がない、とは?」

「そのままの意味だ。イケメン的なカテゴリには属していないと言う自覚はある。モテ期なんて都市伝説は、流行らして欲しくなかった。かえってヘコむ」


「ガイトさんは、少し認識を改めたほうがいいぞ。……その容姿、普通なら女子が放っておかないとも思うのだが、よほど学生時代は性格が曲がっていたのか?」


「ひれくれ具合なら今と変わらん、素直なもんだ。……あまり話す方ではなかったしな。今だって、お前達となに話して良いのかわからん。基本的には面白いヤツの方がモテるだろ? 今も昔も。見ての通り、俺はそういう感じじゃ無いしな」


「むしろ、人によってはぶっきらぼうの方が受けがいい、まである。……もっとも、私としては、きさくに話してくれる方が気が楽だが」

「あまりうるさいヤツは嫌いなんだと思ったよ」


「うるさいのは確かに。……でも、良いことも悪いことも、話してくれてこそのパートナーではないか? それとも、大人になると認識は変わるものか?」


「パートナー、ね。恋人とか彼氏とかは言わないのな」


 彼女は突如、耳まで真っ赤になると、やや早口でガイトにまくし立てる。 


「わ、私はその。……そもそもこの17年、男性にはおおよそ縁がなかったのではあるが、だがしかし、そのような関係にある男性がいるという過程に立った上で言うとするならば、男女の関係なのだとあえてそういうなら尚のこと、男女である前に人間として、人同士として、対等な関係でいたいのだ。ただでさえデカいのに、その、……そ、そんなことを言ってるから尚のこと、面倒くさがられて縁がないのかもしれない、が……」


「お前こそ認識を改めろ。お前でモテなきゃ、あとは誰がモテるんだよ」


 170超えのスラリとした身体。

 体形的には完全に八頭身。肩の上には、ガイトが初対面のときに美人さん。と評した通りの顔が乗っている。


「知る限りにおいて、私以外の三人は男子からは人気があるぞ、間違いなく。……さすがにそこは私も張り合おうとはおもわない。筋肉質で背も高い、家庭的でもないし気も回らん、一般的な男子の想う理想の女子像、それとはだいぶ乖離があるとは自分でも思う」


 しかも自己評価の低い彼女は普段、高嶺の花のお嬢様学校、瞿麦なでしこ女子高の制服を着ているのである。

 気軽に声をかけられる男子など。相当に数が限られるというのは、彼で無くてもわかる、


 ――人気があるのと声をかけやすいかどうか、それは問題が別だよな。


 もちろん彼はそれを口に出したりはしない。



「それはそれとして、まだ六時前だぞ? 部活の朝練だって七時半以降とかじゃないのか?」

「昨日はさすがに寝過ごしてしまったが、私は五時四五分に目が覚める。素振りをしないと、なにか一日の始まった感じがしないのだ。その後軽くストレッチをして、朝食をとって学校へ向かう。瞿麦なでしこ女子は中高、全ての部活で朝練はない」


「ないのか」

「ないのだ、私としては高校の朝練、というモノに参加してみたくあったのだが」

「なんで参加したがるんだか、それがわかんねぇ」


「それこそ、ガイトさんの言う女子高生っぽい行動では無いか?」

「あー。今度こそ、完全にわからんわ……」


「そう、だろうか。……そうだ、わからんと言えば」

「なんだ?」

「歩法というヤツだ、エリーナも使うようだが、基本は忍術だと聞いた。ガイトさんのは仙術かもしれないが、同じく使えるはずだとも」


 既に神の加護がほぼ無くなっているエリーナなので、人知を越えるような動きはできないが、動き自体は身体に残っている。

 但し、千弦がエリーナ本人に頼んでみたところ、


 ――勝手にできるようになっただけなので、自分も理解できていない。教えることなど不可能だ。


 と言われて断られたらしい。


「で? それを俺に聞いてどうする気だ?」

「朝食まで、基本だけでも教えて欲しい」


「それだけで覚えちゃいそうだよな、お前の場合。……ただ動きを引き摺ると、剣道の足裁きがおかしくなるぞ?」

「それはそれ、剣道の時は切り換える。剣道はあくまでスポーツ、それはよくわかった。……実践的に使える武力が欲しいが、しかし。私のベースは剣道しか無い。単純な話だ」


「お前と敵対するのは極力避けよう。……負けた分、ドンドン強くなる主人公属性だ、相性あいしょうが悪いなんてもんじゃない」


「確かに。ガイトさんのやっていることを文字にすれば、悪役にしかみえんのは否めない。だが、私個人とすれば、ガイトさんと敵対するに足る材料など皆無だぞ?」


「そりゃ結構なこった。……よし、んじゃま。外、行くか」

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