闇の行き着く先


「ところでガイトさん。さっきの、本物の八極拳? ゲーム以外で初めて見た」

「もちろん、なんちゃって八極拳だ。本物だったら、相手は崖にめり込んでるさ。今回に関してなら結果は一緒だけどな。……まだ離れるなよ? ――もう結界もない。出てくるか逃げるか、二択だと思うんだが。どうよ?」




 スーツを着て、右手に拳銃を持った男がどこからともなく現れる。

「アレは、知ってる顔か?」

「エステート。……ウキシマ・リアルエステートの課長さん。この山を管理してるっていってた」


「今時の不動産屋はM92が必要なのかよ、怖い業界だねぇ。……ベレッタなんて何処で手に入れた? トカレフとかにしておきゃいいものを。警察からガメたんなら、かえって簡単に足がつくぜ?」


「お前たちはここで死ぬから問題ない」

「逆もまた真なり、ってな。死体が、警視庁警備部の備品を握ってたら大問題だろ」

「俺は割と射撃には自信がある、この距離ならお嬢と二人、ハジくのは造作もない」


 その言葉には一切動じず、ガイトはポケットに手を突っ込む。


「チンピラみたいな言動はさ、相手がビビるから意味があるんだよ。バカにみえたら逆効果だ」

 ガイトがポケットから取り出したのは、ただの長方形の紙。


「う、動くな!」 

「大したものは出さねぇよ。……ビビんなくていい、ただの紙だろ? ホレ」


 紙の真ん中には筆で、「人」という文字が書いてある。

 

「誰がビビってなんか……!」

「そんなことより。……結界の制御、やってたのはあんただな? 実はこれも陰陽道を応用したもんでね、なんか感じるか?」


 紙をまっすぐに伸ばし、――ぴっ! 音を立てて人差し指と中指ではさんでたち上げる。


「その紙がどうしたと言うんだ!」

「おお、通った。……不動産屋をやりながら陰陽道の基礎も知ってる。頭、良いんだな」

「一体、何を言いたい」


「いや、別に。単に時間稼いでただけだよ。……エリーナ、アイツの動きが止まったら大上段で思いっきり剣気そのものを飛ばすつもりで素振り、いけるな?」

「あの。木刀、折れちゃって半分しか……、いえ、わかった」


「そうはいくか! こっちの方が早い!」

 スーツはすっと拳銃を持ち上げるが。

「喝っ! ……悪いね、こっちはかけ声だけで良いんだな」


「な……、一体これは、何の」

 半端に銃を持ち上げた姿勢でスーツが固まる

「式神とか依り代とか、仕組みを説明しようと思うとめんどくさいんだが。要は陰陽の流れを理解してるからこそ、術のかかりがいい。当たり前の話ではあるよな、単純に、信じないヤツには効きづれぇ。――やれ、エリーナっ!」


「はぁああ……、せいっ!」

 エリーナが半分以下の長さになった木刀を、大上段から振りきった次の瞬間。

 10m以上離れたスーツの男は、まるで木刀に殴られたかのように吹き飛んで、仰向けに地面の上を滑って行く。


「ガイトさん、これって……」

「場所も。そして、たまたまその立ち位置も良かった。ツキタマさまの巫女として、奇跡の発現、神意(しんい)の発揚(はつよう)ってやつだ」




「ふざけ……」

 スーツの男は、頭を上げて再度銃を構えようとするが。

「おっと、立て直すなんて……」


 ――ガス! ガイトがスーツの腹を思い切り踏みつける。

 かなりの勢いで踏みつけたらしく。男の腹以外、身体全体が浮き上がり、握っていた拳銃を取り落とす。


「ぐほっ……!」

「許すわけないだろ? ……さて形勢逆転。拳銃で狙われる気分はどうだい、課長さん」


 しゃがみ込んだガイトは、手の中にすっぽり収まるような小型の拳銃を握り。それが男の額に向けられていた。


「詳しくないんだが、SITの使ってるM92なら、このPPSと弾は同じだよな? 弾だけもらっていくか。日本でフリーやってるとさ。9mm弾とは言え、高いんだよ。拳銃の弾って」


「貴様は一体……」


「もう一丁、P230も持ってるから9mmの弾は欲しいが、ベレッタ本体はいらない。結構出回ってるし、グロックの方が使いやすくて人気だ、とか言われて、査定が安い。……なら死体の横に一発だけ弾の入った拳銃が。って方が、ミステリアスだろ? ――但し」


 腹を踏みつけたまま上体を起こす。

 銃の狙いは全くぶれる様子は無い。


「ご家族は残念だったな、どのみちご近所づきあいは崩壊、マスコミに囲まれて一家離散は免れない。保険屋が死亡保険、下ろしてくれればまだ救われるが、あからさまな犯罪がらみの不審死の場合、どうだろうな? 100%、降りるんだろうか。この状況を警察が見たら大騒ぎ、だろうな」


 スーツの男の顔がサッと青ざめるが、ガイトはますます無表情になる。


「なるほど、他の事件でライフルマークが割れてるってか。……なら、ますます要らねぇや。ベレッタはあんたに握らせておく」

「まて、話を聞いてくれ! パラペラム弾ならあと一二〇発ほどストックが……」

「相対的に高い、ってだけで、買えないほど高価だ、っつう話ではねぇんだな」


 銃を構えて腹に足を置いたまま、ガイトは立ち上がる。


「あぁ、さっきの話の続きだが。この場の収拾には当然”専門業者”が来る。ほぼ警察より先に来るだろうし。だったら、あんたの死体はまともな形では見つからない可能性、その方が高い。保険云々なんてそもそも論外だ」


「…………」


「なんて顔してやがる。――人を殺す、ってぇのはそういうことだろ。なんで自分だけ特別だと思ってる? あんたみたいなヤツはいけ好かないし、世の中から俺の嫌いなヤツが一人少なくなるなら、それはなにしろ良いことだ。……じゃあな」


 ――ざしゅっ!

 唐突にガイトが拳銃を持っていない方の手を振り切り、男の胸には錫杖の上の部分が突き立っていた。


「これなら新興宗教内部のいざこざに見えるだろ、よくある話だ」



「ね、ガイトさん。さっきの小さな拳銃って。アレ、ホンモノ?」

「結局、使わなかったんだからどっちでもいい。……お前はどっちだと思う?」

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