襲い来る闇

 ――ちっ。

 舌打ちをしたガイトが、エレーナと目をあわせる。

 

「エレーナ、一つ聞く。剣道部なんだから、運動神経は良いんだよな?」


 ガイトはリュックを下ろして地面に置くと、木刀をエリーナに渡す。

 

「悪いけど、自慢できるくらいに良いよ?」

「すまんな、油断した。囲まれちまった。――俺の背後、二m以内から離れるなよ? 多少無理してでも頑張ってついてこい」

「……えぇえ? ガイトさん、何の話っ!?」


 彼女の眼には誰もいない広場しか映らない。


「昨日は自分でも使ってたろ、結界だ。……それと誕生日から行くともう18だよな?」

「生徒手帳、見てるんだもんね。こないだの区議会選、投票に行ったよ?」

「ならよかった。まもなくここは18禁だ。……残念ながらエロではなくて、グロ規制。なんだけどなっ!」


 


 じゃかじゃかじゃか! 誰かが走ってくる音に重なって、

 ――シャキンっ!

 という音が響き。


 ――ガキィイイン!


 金属同士が衝突した音が、何もない広場に響き渡る。


「錫杖(しゃくじょう)を武器に使っていいのは少林寺だけだ、作務衣のおっさんなんか禁止に決まってる! ただの棒じゃねぇんだぞ、なんだと思ってやがる! ――エリーナ、言った位置はキープしろよ! ズレたら、あとは知らねぇぞっ!」


 いつの間にか、右手に握られた伸縮警棒で、錫杖と言うには先端がやたらに尖ったものを受け止めたガイトが叫ぶ。

 錫杖を流してするっと位置を変えたガイトの背後に、エリーナが必至で回り込む。


「早い! ……んじゃなくて。なにこれ、見えない? ……うぅん、見えてる、見えてるけど。予備動作がまるでないから、私がガイトさんの次の動きを理解できないんだ……!」


 うなりを上げる錫杖を、あまり余裕のないままかわし続けるガイト。

「く、意外とやるな。隙が、ない……!」

 ジャケットの裾がちぎれて、血のしずくが飛び散る。

 好機とみて、錫杖を振りかぶった作務衣。


「バカめ、……その大振りを待ってたぜ!」

 その首にエリーナの言う、予備動作の無い動きで警棒が突き刺さり。

「ぐえぇ!」


「うるっせぇ!」

 さらに、横から警棒がうなりを上げて頭を殴り飛ばすと、作務衣は地面を横に五回転して動かなくなる。

 頭の位置の地面がじわじわと黒ずみ、その上を染みこみきれない赤い液体が流れる。


「……ガイトさん、もしかして」

「もしかしなくても死んだ。聖域を血と屍(しかばね)で染める、間違いなく聖域でなくなるのは結構だが、好んでやりたいとも、俺がやりたいとも思わねぇ。ただ」


「……」

「連れてきたのがそもそも間違いだったよ、こうまでガチで殺しに来るとはな……。連中の狙いは、お前だ......! やらなきゃお前がこうなってた」



 ガイトはひん曲がった警棒をその場に放り投げたが、既に大ぶりのコンバットナイフをかまえていた。

「さて……。見てわかったよな? 殺す気でかかってくるなら、こっちも容赦しねぇ。この場でぶっ殺す」

 

 ガイトの言葉が終わる前には、地面を蹴り上げる音とともに、

 ――ちりんちりん。

 錫杖の音が左右から二本分。



「エリーナ、2m下がるぞっ!」

 彼女がガイトの背中を見ながら、条件反射のように飛び跳ねて下がった次の瞬間、

 ――ぱんっ! ごす! ドスっ!

 という音が聞こえると、一人の作務衣が錫杖に頭をつぶされ、それを持ったもう一人は胸に深々とナイフを刺して口から血の泡を吹いていた。


 ガイトが錫杖を素手で握って軌道を変え、反対側の作務衣の頭上に錫杖を落としつつ。

 自分に向かってきたもう一人の錫杖の先端を叩き折り、懐に潜り込んでとどめを刺した、らしい。

 ということしか、エリーナにはわからなかった。


 だが、ガイトはナイフが刺さったままの作務衣を蹴飛ばしながら叫ぶ。


「横にもう一人居やがった! エリーナ、左から上段! 受けろっ!!」


 上段からの気配を感じたエリーナが木刀で受けた瞬間、

 ――めきゃ!

 木がへし折れる音とともに木刀は二つに折れ、エリーナの顔のすぐ横を錫杖が通過し地面に突き刺さる。

「きゃあ!」


「女の子の顔面ねらうたぁ、いい根性してんじゃねぇかっ!」

 いつの間にか位置を変え、エリーナの直前に立ったガイトは、

「ふっ、ほっ、はあっ!」

 そのまま作務衣の直近に入り込み、最後に背中で当身をあてたように見えた。


 それを、まともに食らって吹き飛んだ作務衣は、ある程度太さのある木の幹をへし折って、それでも止まらず。

 石くれと血しぶきをまき散らして崖にぶつかると、そのまま赤いシミをつなげながら地面にずり落ちる。


 もちろん、その状態で立ち上がってくるはずは無かった。


「今の、良く受けたなぁ。上手く流れた。……木刀、折れるトコまで計算づくとはヤルじゃねぇか」

「生まれて始めて、本物の“殺気”って言うのを感じた。怖いなんてモンじゃなかった……」

「日本人の大多数は、一生感じなくていいもんなんだが」


 ガイトは足元に、意味ありげに積まれた小さな石の塚をけ飛ばす。

「ほい、三つ目。これでもう結界も神域も、維持はできねぇだろ」

「ほかの二つはいつ崩したの?」

「結界に気が付いてからだ。……何度でも言うが一応、プロなんだよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る