鑑定眼


「全くで。その点、旦那の案件は信用してますよ。一応伺うのは、これはお約束みたいなもんでして」

「こっちもわかってるさ。それともう一つ。……おい、エリーナ。例の”かんのんさま“をこの人に渡せ。全部だぞ」


 エリーナがガイトを一睨みしたあと。ローテーブルの上からシャーレを回収して積み上げ、ポケットからシャーレを取りだして一番下にして、男に渡す。


「電話ではヤバくて話せなかった、見てくれないか」


「別にかまわんですが、むしろよろしいんで? それではちょいと拝見。――銀? いやこりゃ白金、か……? 結構な細工物。へぇ、こいつぁ珍しい。この大きさで機械を使ってない、彫金師はたいした腕ですなぁ」



 男は時計の修理に使うようなルーペを取り出すと、まぶたに挟んでさらに顔を近づける。


「まず。……ものは、見る限り白金で間違いねぇですね」

「やはりプラチナか。錆びを気にした、か……?」

「あのぉ、ガイトさん、錆びるって言うのは。それは」

「お前は黙ってろ、つったろ。――あんたの目から見ても珍しいもんか?」



「白金も。指輪やなんかはよく見かけますがね、こういう細かい細工をしつつ人体への埋め込みを前提にしたもの。ってのはなかなかないんですよ。しかも魔力のとおりが異常に良さそうだ。呪うにしても操るにしても。ここまでのものってぇのは、そうは出ない」



 何の説明もなく道具屋は、プラチナ製で人体への埋め込み用に作られた呪詛の道具。

 と、言い切った。

 ガイトは顔色一つ変えもせず、それでも。――すごいもんだな。と内心舌を巻く。



「わかるもんか」

「こんななりでもプロですからね」

「道具屋のただしい服装なんざ俺は知らんが」


「そう言う言葉、でしょ? あいも変わらず、旦那は変なところに引っ掛かる。……これ。素材が白金、機械も使わず細かい彫金に特殊な用途。作れる人間は相当、絞れますね」

「そこまでわかるもんか?」


「職人仕事はむしろ、工場で作るものなんかよりは簡単に作り手は割れます。……ところでこの案件、評議会コングレスの仕事なんで?」

「まぁそうだが、どうした?」

「刀はともかく、こっちはうちで買い取らせてもらえないかと思いまして」


 セーラー服四人が、一斉に真っ赤になるとうつむく。

 特に洗ったりしないでそのままシャーレに入れた、とさっきガイトに言われたからだ。


「このご時世、出来上がったあとの女性を使った後処理が難しいんですが、これもほぼほぼ完璧。ここまでの出来のものはそうお目にかかれない、こりゃあ呪詛の通りが良さそうだ」


 そして呪いの像は事実上、彼女たちが完成させてしまったらしい。



「ふぅん、まぁ。その辺は俺はどうでも。……でもこの案件。コングレス監査部の直轄でな、しかもオオヌサさんが自分で担当してるんだが。良いのか?」

「あっちゃあ、マジッすか。あのお人が自分で現場見ること、あるんすねぇ。……せめて旦那からひと言。言っておいちゃあ、もらえねぇですかねぇ」


「あんたがあえてあの人と直接交渉したくなる。それほどの高値が付きそうなのか?」

「基本的に機械を使ってない、工芸品としても一級品ですが。それよりなにより、魔術や呪いとの相性がやたらよさそうです。裏に流したら一体で最低四本は固い、それが四体も」


 一応、刀や薙刀とのリンクはガイトによって既に切られている。

 エリーナは取り出すだけだと思っているが、『解呪の儀』は既に成されていた。

 現状は、専門家が見たところでかかただの米粒くらいの謎の像であるはずだが。


「やっぱプロは見ただけでわかるもんなんだな」

「一目で価値やヤバさがわからんと、こんな商売はやってられませんよ。お預りして直後に呪われたりしたら、それこそ目も当てられねぇですからね」


「そりゃそうか。ま、オオヌサさんには俺から話だけはしておく。あとは勝手にしてくれ。……で、話の続きだ。職人のセンは追えそうなんだな?」

「ピンと来るとすれば、全国でも二人くらいなもんですね。両方、関東圏です」


「ならわかる範囲で良い。朝までにメールで資料流してくれ。預り代は今、現金で。だよな?」

「預かり一週間で、その後コングレスの本部に納品。ですよね? 納品込みで刀が一式三、こっちの米粒像は一体二十五、たいしたものは用意出来ないんで、情報分が一〇。ってとこですかね」


 男はそういいながら、傷のつかないように緩衝材やらを取り出し薙刀や刀を梱包し始める。

 ガイトはそれを見ると、上着から帯封の付いた札束とバラの札を取り出し、バラの札を数え、十三枚目にパチンと音を鳴らす。

 そして、やや厚みのある封筒を取り出すと上に重ねて男へと渡す。


「百十三ちょうどだ、確認してくれ。あとこれは少ねぇが、もう夜中だしな。その辺でコーヒーでも飲んで、安全運転で帰ってくれ。――額面に文句はないが、領収証は三件別々にしてほしい」

「ならばこちらは遠慮なく。……んじゃ、ものは間違いなくお預かりいたしました。領収証はあとで郵送しておきます。ではでは」


 男はドアをくぐると気配ごとかき消えた。


 

「ガイトさんでももらうんだね、領収証」

「初めてあった時に言ったろう? 日本に住んでる以上は日本の法律に従うさ」

「で、こういうのって。なに代でもらうの?」

「表向きは骨董品の個人間売買をしてることになってる。一応、古物商の免許もあるぞ。あとは書類上、宗教法人の代表にもなってるんでな。収入の一部はお布施ってことになる」


「ハードボイルドだと思ったのに、わりとセコかったね……」

「日本じゃ無理だな。拳銃や呪いよりも、税務署が一番怖い」


「全然ハードボイルドじゃない!!」

「倉庫に住んで、スーツのままソファで寝て、冷えたピザとコーヒーで朝ご飯とか? 俺には向かないな」

「普通にタマゴかけご飯とか食べてそうだよね……」

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