港湾地区

 半分空いた「立ち入り禁止!」と書かれたバリケードをすり抜けて、少々くたびれた白いミニバンが敷地の駐車スペースを抜けて、倉庫の大きなシャッターの前に止まるとライトを消す。


「女子高生はこんなところにいちゃいけない時間なんだが」

「私が来る、とメッセを流した以上はみんな待ってる」

「刃物をもって、な」


 ジャケットを羽織ったガイトと、その後ろにエリーナが続く。


「別に寒くないのに、なんで着替えたの?」

「ポケットがいっぱいあるからだ。荷物が増えるのは好かん」

 

 と言いながら、リアシートから出した大きめのビジネスバッグをエリーナに渡す。

「これは増えても良いの?」

「多分あとで使うヤツ。戻ってくるとしても取りに来るのが面倒だ。持つの、お前だしな」

「私が持つの前提なんだ。……うわ、おもっ! 女の子に持たせる重量は余裕でオーバーしてるわよ!?」


「筋肉を鍛えるとか、そう言うのは俺の趣味じゃないんでね」

「私も別にボディビルダーになろうとか思って鍛えてるわけじゃ……」

「適材適所ってのがあるさ。……ついてこい」


 大きなシャッターの横。

 人間用のドアが軋みながら開く。


「一応、お友達の名前だけ聞いておくか」


「カタナを持ってる背の高い村主すぐり千弦ちづる。剣道の有段者で大手ゼネコン、スグリの専務の娘。私とは剣道部繋がりであっちは部長で主将。妹が中等部にいてね、やたらかわいいの」

「スーパーゼネコンの一角、元の村主組。専務の娘ってことは創業家の直系か。ウキシマロジに負けず劣らずデカいな。そして妹、関係ねぇだろうよ……。あとは?」



「背が低くてショート、そして明らかにおっぱいの大きい大道寺だいどうじ和沙かずさ、護身術の心得があって、痴漢から一度助けて貰ったことがある。ソフト開発会社ロジカルシンク創業者の娘で、私とは2年間同じクラス」

「今の話、おっぱい情報は必要か? ――しかしロジカルシンク……? あぁ。去年、史上最高値でアメリカのミニマルウエア社に買収された会社だよな。なんか世界が違うぜ」



「最後。ちょっとロリっぽくておっとりして見えるのが青葉小路あおばこうじ二千花にちか。旧華族の血筋で高級百貨店、鐘屋八丈かねやはちじょうの創業者がお爺さんのお爺さん? くらい昔らしいけど、彼女は青葉小路総本家のお嬢様なんだって。自宅に本物のメイドさんが三人もいるんだよ。一年の時に同じ選択科目だったの」


「カネハチグループと言えば世界でも指折りの総合商社、傘下のスーパーとコンビニも業界トップだぞ!? しかも鐘屋八丈商店の創業者、旧華族の青葉小路男爵といえば、普通に歴史の教科書に載ってるだろ。そんな人の直系だってのか? もうアタマおかしいだろ、お前のまわりだけ」


「ウチの学校、わりと普通に居るよ? そう言う。同じクラスにおじさんが帝国自動機械の社長、って言う娘もいるし、二年に曾祖父が元総理大臣って言う娘もいたはず」

「……入学の時に家族や家柄まで審査がある、って噂はホントなんだな」


「よく言われるけれど、私は興味ないし、知らない。……でも襲い掛かってくる、かな? 私のときとはだいぶ状況が違う気がするよ?」

「状況はかえって悪化してる。俺に付き従う薙刀も持っていないお前、そしてお仲間であれば当然、"神気"が抜けたのは見える。……となると」




「お前は誰だ! エリーナに何をした!!」


 ――ほらな?

 ――逆にそこまで読めちゃうガイトさんがおかしいよ……。

 小声で会話を交わしたあとで、ガイトが声を張る。



「俺はそこら辺のセコい拝み屋でね、こいつから悪い憑き物を落としただけだ。お前らにも憑いてるが、ひっでぇニオイだ。素人が文献だけで真似するからこんなことになる! もっともお前ら自身でどうこうしたわけじゃあ、ないんだろうがな!」


「なんの話ですか! あたし達には何もニオイなんか……!」


「戦国時代よりも前、平安中期から後期の民間伝承的な名もなき神様、……ってとこか。どう解呪したら良いんだよ、全く。つくづくめんどくさいのに見込まれたな、お前ら」



「なにかわかってしまったんですか? わたくしたち自身が知らないのに」

「そこは専門家なんでな。一目見りゃわかる。まぁ、今なら裏が見えなくても、術式解体はさほど手間じゃない」

 

 ――ある意味簡単だよね、パンツ脱がすだけだもん……。

 ――黙ってろ! あれは他にやりようがねぇンだよ!



「あたしらをどうにかなんか、できるわけない! はったりだよ!」

「ただ、エリ-は洗脳されちゃったようですが。あの方をやっつけたら、もとに戻るのでしょうかしら?」

「あぁ。いずれ剣が語りかけてくるんだ、コイツだけはらないとだめだと」


 始めに誰何すいかを発した、固い少女の声が無機質に響く。

 高い位置に結んだポニーテールがまるでちょんまげのようだ、とガイトは思う。


「そう言うルビいいぐさは少年マンガだけで十分だろ。美人さんがその制服を着てリアルで使うな。男子高校生の夢を奪う権利は、お前らには無いと知れっ!」

「寝言は寝て言うと、相場は決まっているのだ! ……この場にて、切り捨てる!」


 声と共に物理法則を無視したと見える踏み込みで、大太刀がガイトを袈裟懸けにしようとするが。

 ガイトは最小の動きで完全にかわしきる。


瞬発力あしのバネをブーストしてる、か、お前の動きも剣道、だな? ……なぁ、美人さん。村主すぐり、だったか? 竹刀や木刀と真剣。何が違うと思う?」

「はっ! 外見を褒めようがなにも出ないぞ! 切ったら死ぬかも知れない! もちろんわかっている、覚悟はあるっ!!」


 もう一度、今度は太刀がガイトの胴をぎに来るが、これもかわしてみせると。


「全然違うな。士道不覚悟、と言ったらお前には通じそうだ。……刀ってのは一撃必殺、言葉通りに必ず討ち取る気で振るんだよ。何故なら」


 いつのまにか彼女の後ろに回ったガイトが、――つぅ。首筋に一本、指で線を書く。


「……なっ!」

「今のでわかったよな? ……討ち損じたら、次は自分が切られる。当たり前だ」

「……ち!」


 一瞬の後、二人の間合いは一気に広がる。

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