第51話 結託。


「ひま」


 エルガードは、ひとりぼっちのお留守番を強いられている。


 もしもの時の最終兵器として、カスケーロ大陸の守護者を任せられたわけだが、他の幹部たちはみんなホワイトコールに行ってしまった。


 羨ましい。自分も、シグと結婚……じゃなかった。同伴したい。

 そもそも顔すら久しく見ていないというのに、お留守なんて不公平だ。


 エルガードはそんな不満を抱えながら、今日も魔剣学園のぼんくら学生をつとめている。この二か月弱で、振った男は一〇〇人を超えた。


 そもそも一三歳に過ぎない中等部一年生に、告白しまくってくる上級生たちは何なのだろうか。ロリコンで捕まればいいのに、なんてこともエルガードは思う。


「「あ」」


 お手洗いにと廊下を歩いていくと、エルガードはシルヴィアと鉢合わせた。


「「……」」


 二人にあまり面識はない。ただのクラスメイトであるわけだが、二人はお互いのことを快く思っていない。


 エルガードは、ちょくちょくシグと共に、いやべったり付き添っていることが学園の噂となっており、学園一、二を争う美少女があんな特徴のない無能剣士とどうして一緒に。まさか、彼女なんじゃ……なんていう非モテ男子たちの噂もまことしやかに囁かれている。


 一方、シルヴィアはシルヴィアでシグの彼氏だ。最近ではめっきり共にいる場面が見られないため、破局したという話もある。そもそも、シルヴィアは王女で、シグは冴えない無能剣士だ。前提として付き合えていたことがおかしいと、非モテ男子たちの風聞も絶えない。


 だから結局のところ、エルガードとシルヴィアは不仲だった。

 お互いにお互いの噂を耳にし、ライバル関係に発展した。両者にあまり面識がないというのも、嫌悪感から来る意図的な忌避だったのかもしれない。


「あら、ご機嫌麗しゅう、エルガードさん。人の彼氏に――か、れ、し、に、付き纏ってくるあざとい金髪エルフは、羽虫のように目ざわりで仕方ないの。さっさと、どこかに失せろあそばせしてくれませんこと?」


 まずは、シルヴィアからの先制攻撃。

 これにエルガードは「くっ」と歯噛み、いざ醜い女の戦いへと口火を切る。


「あら、大変機嫌がいいようね、〝元〟彼氏の――も、と、か、れ、し、の、シルヴィアさん。こっぴどく振られて、みっともなくべそをかいているんじゃないかと心配していたのだけれど、あなたみたいな心を持った人が、気落ちするはずもないもの。冴えない男をとっかえひっかえで、今日も大変忙しそうね」


 シルヴィアは「くっ」とのけぞり、こめかみに青筋を立てる。


「あらあら、いったい何のことかしら? 私とシグ君は、現在もお付き合い進行中なの。だから、部外者な――ぶ、が、い、しゃ、な、あなたが、私のシグ君に付き纏うのはやめてくださる? 私たち、ちゃんと交際関係にあるので」


 エルガードは舌打ちした。


 そもそもシルヴィアとシグの交際関係は、見せかけだけのものでしかなかったはずだ。それがどうしてか、シルヴィアは本格的に彼を見初めてしまい、こんな性悪なマウントを取ってくるのだ。


 まあとはいえ、普通、自分の彼氏にすり寄ってくる女がいたら嫌だろう。

 だがエルガード的には、自分がシグとお付き合いしているのだ。

 ……ただの誤解で。


 勿論、シルヴィアの懐事情をエルガードが知っているはずは本来ないので、「仮の関係だったくせに」なんて反論もできないのだ。


「あらあら、学園の美少女ランキングで名も上がらないシルヴィアさんに、嫉妬させてしまったようね。見ての通り、わたしはスタイルもいいし、顔もいい。あなたのように――あ、な、た、の、よ、う、に、人前で悪口を言うこともない。シグに相応しいのはどっちかなんて、火を見るよりも明らかだけど?」


 エルガードがふふんと胸を張ると、シルヴィアが「なっ」とのけぞる。

 彼女の胸元には、ふよんと揺れるだけの膨らみがある。


 別にそこまで目を引くほど立派なものがあるわけではないが、中等部一年生にしては、ある部類であることには違いない。


 反対にシルヴィアはどうか。なにがとは言わないが、貧である。

 勝ったも同然と「ふっ」と胸を揺らすエルガードには、怒りを覚えるのだ。


「あらあらあら、そんなにパッドを詰めて、何がしたいのかしら?」

「あらあらあら、パッドじゃないと、触れれば分かるはずだけど」


「そんな醜い脂肪の固まりなんて、興味がないの。私のように繊細な身体こそ、シグ君も求めているはず」


「ふふっ……残念ね」

「……なにが言いたいのかしら?」


「最近、シグから熱い視線を感じるの。前も温泉にいった時、彼はわたしのここに――そう、ここに、情熱的な視線を注いでいたわ」


「お、温泉っ!!? もしかして、それは……」


「混浴よ。ふふっ……知らないのかしら? しかも、わたしは彼のエクスカリバーを見たことがあるの。羨ましい? ねえ、ねえ、羨ましい(笑)?」


「な、なにがエクスカリバーよ! ふんっ、鉛筆の芯の間違いじゃない?」


「あら、かわいそうに。あなたはシグの自称彼氏なのに、デートもしたことがないだなんて」


「くっ……恋は、焦るものじゃないの。なんていったって、わたしはシグの彼女なのだから――そう、彼女は私。部外者はあなた。分かったら、その胸のように出張ってくるのはやめることね」


 お互いに不毛な言い争いを繰り広げた末、休憩時間が終わってしまった。

 睨み合いを終えて、ひと足先に教室へと戻るエルガード。

 シルヴィアはエストホルム家の従者を呼んで、こう指示した。


「今すぐ、混浴可能な温泉を手配しなさい」


「お、温泉……ですか?」


「完全個室のものよ。どれだけ値が張ったって構わないわ」


「か、かしこまりました。直ぐに……」


 こうしてお互いにお互いが優勢を築ける材料を揃えて、またいつの日か、醜い女の戦いを繰り広げるわけである。


 あの金髪のエルフを黙らせる、勝利への第一歩、それは――。


「ふふふっ……見定めてやるわ、シグ君。あなたのそれが、エクスカリバーなのか、鉛筆の芯なのか……いざ、勝負の時よ!」


 シルヴィアは講義も放棄して、女の兵器を買い漁るために校舎を出た。

 言わずもがな、パッドである。


      ♰


 二人がしょうもない舌戦を繰り広げている中、遠く離れた地では、張り詰めた緊迫感が漂っていた。


「言ったはずだよ、僕はものすごい罪を犯したことがあるって。でも、僕は何も悪いことを企んでいるわけじゃない。世界のために、必要な実験だったんだ」


 マキナが私室のラボを出て、地下深くにある研究室へと舞い戻る。


 辺りには、腐敗した聖霊樹や正常な聖霊樹、その断片が筒形の器に収容されていて、その成分を抽出したり撹拌したりする魔工具で溢れている。


「大陸を吹き飛ばしたのに、悪人ではないと。なかなか面白い主張だ」


 シグの嫌味も、マキナは「ははっ」と剽軽に受け流す。


「盗賊は自分のことは盗賊って言わないし、人殺しだってそうだ」

「よって、貴様は自覚がないだけの悪人である」

「いいや、自覚がある上での悪人だね」

「……悪化しているんじゃないか?」


「重要なのは、シチュエーションだよ。たとえば盗人が幼い男の子で、『妹を食わすために仕方がなく……』なんて言ったら、大抵の人は情状酌量の余地がある、むしろ盗んだってしょうがない、なんてことを言い出すだろう?」


「それで、貴様のシチュエーションは?」

「言ったでしょ、世界平和のためにさ」


 マキナは一段と弾んだ語調で、腐敗した聖霊樹の根の前に立ち、


「この世界がおかしいのは、天才科学者である僕には、お見通しだったからね。具体的に何がおかしいのかを突き止めて、エルフの起源を探り、その根っこを調査したんだ! たぶん、八〇〇年前くらいだったかな。そして、異世界と繋がる渦を見て、確信したんだ。この世界ではない、前の世界が存在する」


 マキナはこめかみに手を当てて、東の方角を見据えた。

 機兵たちから、何かの情報を伝達したのだろう。

 それも取るに足らないと、マキナは鼻で笑い一蹴した。


「ここで気になるのは、聖霊樹だよね。基本的にはカスケーロ大陸以外では群生しないんだけど、理想的な環境を整えてあげたら、他の地でも育つはずさ。まあ、それだけで一五〇年くらい掛かっちゃったんだけど。ともかく、植物細胞を回収して、僕は聖霊樹の培養を始めた。一本だけ成功してね、聖霊樹の根っこには、あの根源が出現したんだ! それで、それでね!」


「根源を解析し、前世界の断片を手に入れた瞬間、大陸ごと吹き飛んでいたと」


 マキナは工具箱を漁り、ぽいぽいとあれこれ放りながら、


「多分、異物を無理に取り出したから、世界の修正力が働いちゃったんだよね。だから、本当に世界のためだったんだ。この世界が、何度も〝やり直してる〟って分かったら、後はそれに対処するだけ。僕の目的は、世界平和さ」


 彼女が悪人かどうかは、いまのところシグには判別できない。


 ただ、ここまで研究に生涯を捧げて、全てを無に帰す終末者を目指しているとは考え難い。研究者的には、世界は存続させるべきだろう。シグは彼女への人間模様を、そのように受け止めた。


「発動条件はどうだ。どこまで命が減ったら、聖霊樹は世界の転換を開始する?」

「うーん……それがね。多分、世界をやり直ししてるのは、別の機関だよ」

「ほう、具体的には」


「流石にこの僕でも、世界中をくまなく調査するなんて無理だ。未だに、訪れていない大陸も多いし……でも、見当はついているよ。――禁忌の地、ルーメン。あの孤島は、何の記録にも、誰の記憶にも残っていない。きっと、何かが隠されているはず」


 千年前の大戦において、勝者に分類されている孤島のルーメン。


 そこには、どんな種族がいるのかも不明だ。位置的には、このアーキシティから遥かに南へと下り、東の海にぽつんと浮かんでいる。


「となると、俺たちの最終目標は、ルーメンの調査か」

「そうなるね。協力してくれると、僕も大変嬉しいんだけど」

「協力、か。利用では、ないのだな?」


「大丈夫だから、プレッシャーをかけないでよ。研究者なのに、滅亡を目指すわけがないでしょ? 僕の研究成果が、無に帰っちゃうじゃないか!」


「まあ……それはそうだな」


 念のため、シグは仲間たちに一瞥を向ける。

 シルバーレイン、ブレイズハート、ブルーウェイヴ、ローズウィスプも首を縦に振り、それしかないと肯定している。


「協力しよう。俺たちが戦い、お前はその頭脳を提供する。世界平和という信念の元に、俺たちは同じ道を歩む」


 シグが手を出すと、マキナは喜んで握手に応じた。


「そうそう、そんな感じ! ――それじゃあ、初任務をお願いしようかな!」


 マキナの声に合わせて、地下施設にすら轟き渡る地鳴りが聞こえてくる。地上では人々の熱気と喧騒が交錯し、爆撃されたかのような破壊音が鳴りやまない。


 敵襲だ。


「来たよ――種族、勇者。戦闘に特化した人間たちさ」

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