第32話 3年越しの再開。


「久しいな、巡礼者たちよ」


 月影都市の玉座の間にて、シグは三年ぶりに朋友たちの姿を見届けた。


「変わりないようで安心した。我が王は、今宵も美しい」


 シルバーレインは、やや背丈が伸びた。

 この五人の中で、もっとも長身ではある。が、エルフは成長が遅く、既に大人とかいう話ではまったくない。顔つきも幼く、本人希望なら中等部にだって編入できるだろう。とはいえ、その冷えた眼光と面持ちは、更に磨きがかかっている。


「え、えっと、その……お久しぶり、です。シグさま」

「元気そうで、安心したよ! あたしは、もっと元気だけどな!」


 ブルーウェイヴは、正直あんまり変わっていない。

 ちょっと背が伸びたくらいで、おどおどした口調と、線の細さも昔のままだ。

 昔のままというと、ブレイズハートも同様だ。

 よりクソガキ感が増した嫌いはあるが、見た目は特に変化がない。

 身長は、ブルーウェイヴの方がほんの少し、高くなった。


「シグさま、会えて嬉しい」


 彼女たちの中で、一番変化があったのは、ローズウィスプだろう。

 以前は狂ったフリをつとめていたが、この三年で、彼女は変わった。

 大陸とは関係のないところで、大きな、大きな戦いがあったのだ。

 彼女は仲間たちに自分の弱さを打ち明け、仲間たちは彼女を支えた。

 口調は端的になり、どこか大人びた気色がある。


 身長もシルバーレインと同じくらいはあり、体つきも女の子らしく丸みが出てきた。エルガードが、横目でローズの胸を凝視している。追い抜かされて、焦りがあるのかもしれない。


「わたしも、改めてご挨拶申し上げます。お久しぶりです、シグさま」

「エルガードは……この三年、共にいたと思うが」

「そっちではありません。ここ二週間です。お久しぶりです、シグさま」

「……ああ、久しいな」


 エルガードとは共にいたため、変化を感じにくかった。

 しかしこうして五人と比較してみると、背丈はブルーウェイヴ以上、ローズウィスプ未満と、案外成長していない。相も変わらず、毎日、乳製品を取り続けているらしく、体つきはちょっと肉つきが出てきたが、中等部一年生と見られておかしくない範囲に収まっている。顔も絶世の美人面だが、子供特有の丸みがある。


「正直に言うと、俺は迷っている。お前たちを労うべきか、あるいは……三年間、よくぞこの調査任務を果たしてくれた」


 四人のエルフは瞳を閉ざしたまま頷き、エルガードは罪悪感ゆえか、床をじっと見つめている。


「エルガード。お前が責任を感じる必要はない」

「しかし……」

「そうだよ、エルガード! つーか、そんなひどい目にあってねえし、意外と余裕だったんだぜ!」


 ブレイズハートが、暗い空気を吹き飛ばすように微笑んだ。


「同意見だな。私たちにかかれば、あの程度は造作もない」

「それに、わたしたちは、より強くなって、帰ってこれましたから……」

「本当だよ。そこまで、大変じゃなかったから、気にしないで」


 シルバーレイン、ブルーウェイヴ、ローズウィスプもそう言うと、金髪のエルフはただ頷くことにした。


「……強いな」


 シルバーレイン、ブルーウェイヴ、ブレイズハート、ローズウィスプは、目に見えて魔力が濃くなった。


 以前は、巡礼者の間で最強王者決定戦を開くのなら、エルガード一強だった。

 だがいまは、四人たちが肉薄している。

 まだエルガードの方が僅かに強いだろうが、大きな開きはなくなった。


「六年前――俺はディアナから、エルフのルーツが二種類あることを聞き出した。樹のエルフと、月のエルフだ」


 樹より生まれしエルフは、人畜無害とされていて、月より生まれしエルフは、罪の権能を有している。


 その定説を信じて、シグが一〇歳を迎えた後に、彼らはとある調査に出た。

 月影都市を地下に構えているのも、それに理由がある。


「エルフの起源とされている、聖霊樹は、カスケーロ大陸の各地に群生している。聖霊樹の性質を確かめるために、調査に出たのが、およそ三年前か……よくぞ、無事で戻ってきてくれた」


 シルバーレインは懐から、封魔石を取り出した。

 濃密な魔力により封じられた結晶石の中には、一本の腐った〝根〟がある。


「それが〝聖霊樹の根〟にあったものだ」

 

 根は赤くやけ爛れ、封魔石を内側から侵食している。


「……腐っていたのか」

「ああ」

「想定はしていた。あるいは、と」


「私たちじゃあ、これを知ったところで、どう動いていいのか分からない。これまで通り、王に任せる他ないな」


「無論、俺が引き受けるが……何よりいまは、剣舞祭があってな。悪いが、この件は後回しにしてもいいか。お前たちは、しばらく休んでいていい」


『はっ。我が主の、御心のままに』


 シルバーレイン、ブルーウェイヴ、ブレイズハート、ローズウィスプは退室し、代わりに〝監視者〟たちが姿を見せた。


「げっ、エルガードさまだ」

『こら、セレン! 心の声が聞こえちゃってるでしょ!』

「……」

『何よエレスティア、お前もだなんて言いたいの?』


「……」


『はいはい、分かってるわよ、うるさいわね。でも、この中で一番、シグさまに忠誠を誓っているのは、うちなの。あんたでもなく、セレンでもなく、ね?』


「あの、シルフィア。ひとりでずっと喋ってる、頭がおかしい人に見えますよ」

『頭はおかしいでしょ! うちの頭には、夜空が映ってんのよ!?』

「いえ、中身の方を言っているのですが」


 相も変わらず、セレンとシルフィアの応酬が終わらないため、ディアナが二人の首を絞めて黙らせた。


「いま、いいか?」

 ディアナの問いに、シグは首肯した。

「問題ない、続けろ」

「ホワイトコールで観測した悪魔、八種類の肖像画が出来上がった。特徴も、記載している」

「ほう……獣に半魔、カラスや蜥蜴のような個体もいるのだな」


「それらは全て、一層と二層にいる低位の悪魔だ。デモネア、ブラックロウ、ベルドフォニール、アスベム。各個体の魔力は、王都の騎士団長クラスに匹敵する」


「なに……雑魚一体が、それほどの力を?」


 ディアナは、苦々しく首を縦に振る。


「その代わり、数はそこまで多くなかった。おかげで、気付かれずに三年も調査できたわけだが……楽観はできない。厳しい戦力差だと見られる」


「確かに、侮れない相手だ。だが、総合戦力は、カスケーロ大陸が優っている」


 ディアナは意想外なように目を丸くした。


「数が少ないとはいえ、雑魚一体が、王都の騎士団長クラスだぞ!? 一〇体もいれば、人間の国程度は容易く滅ぶ。それなのに、なぜ――」


「答えは、既に出ている。悪魔共は、いまも傍観に徹しているだろう?」


 はっと、ディアナは彼が言わんとしていることに気が付いた。


「勝てる相手なら、とっくに奴らが侵略しにきている。そして、第三層と深層の守りを厚くしているのが、その証拠だ。自信があるのなら、俺たちのように、王都まで仔細に見せつければいい。それが出来ない状態だからこそ、悪魔共の底が知れる。雑魚は強くとも、主戦力はそこまでなのだろう」


 シグは仮の総力戦を想定して、彼女たち幹部を一瞥する。


 巡礼者たちは更に強化され、あの五体を倒すのは、骨が折れるどころではない。敵も幹部を当てるしかなく、五体以上いるかどうかが分水嶺だ。


 そして、この四名の監視者たちだ。


〝傲慢の魔女〟ディアナは、巡礼者たちと同格か、劣るか、あるいは上回るか。それはシグでさえ知り得ない領域で、幹部クラスであることは間違いない。


 セレン、シルフィア、エレスティアは、巡礼者たちと比較すると三回りは劣る。


 それでも、ちょっと強い程度の精鋭では落とせない。人間でいうと、騎士団長、百人くらいは必要かもしれない。


 下部組織である礼拝者たちは、低位の悪魔に負けるだろう。一〇人で挑めば、一体くらいは倒せるかもしれない。


 大陸中の剣豪・騎士団長は、ちょうど雑魚の悪魔一体分だ。


「とはいえ、奴らの神髄がどの程度なのかは未知数ではある。なにか、記録でも残っていれば備えられるのだが、ディアナも悪魔の力は門外漢だと言っていた」


「申し訳ない。その頃、私はまだ戦場に立つ資格すらなかった。父と母は相打ち、あの時代を知る者はいないだろう」


「いや、いい。責めているわけではないのだからな。――それとエルガード、学園でなにか変わったことは?」


「監視しておりましたが、特に変化は……あっ」

「なにかあるのか?」

「シグさまの元カノ……もとい、シルヴィア・エストホルムが」

「アレは、交際にカウントされるのか?」

「翌日に破局しましたね」

「ふっ……モブらしくて、なかなかどうして悪くない」

「話を戻しますが、彼女が七級剣士から、一級剣士へと昇級しました」


 シグは、胡乱気に目を眇める。


「六つもの昇級を果たしたと。……裏金か?」


「いえ、実力です。信じ難い話ですが、この二週間で、見違えるほど強くなりました。監視していましたが、魔道具タリスマンではないようです。一級以上の剣豪は、学園の推薦も通りますから、剣舞祭の第二部に、出場なされるかと思います」


魔道具タリスマンで誤魔化しているのでなければ、実力か。人間という種族は、成長が早い。何かを開花させたとしても、不自然ではないだろう」


 シグは席を立ち、ちょうど近くにあったエレスティアの頭をポンと撫でる。

 エルガードはムっと口先をすぼめた、シルヴィアは『あーっ!』と羨ましそうに声を上げ、セレンは自分も頭を撫でられるに値する理論を早口で展開した。


「奴らが動き出すもよし、静観に回るもよし。連中の思惑がどうあれ、俺たちは剣舞祭を決行する」


 そう言って、シグは彼女たちの横を通り過ぎた。

 姿が消えても、セレンはまだ何かよく分からないことを言っていた。

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