Lv999ダークファンタジー出身の俺にとって、異世界転生は温すぎる。~チート級のラスボスが、異世界で奴隷エルフたちに力を分け与える。暗黒の巡礼者と呼ばれる秘密組織を築き、無双とハーレムの王道を築く~

ぶらっくそーど

一章

第1話 ダークファンタジーの覇者、異世界転生する。


「ああ……終わったのか」


 荒涼とした王城の玉座で、男は虚ろに空を見上げていた。かつて誇り高く聳え立ち、歴史の重みを支えたその城は、今や風雨に侵された石の廃墟と化している。荘厳な大理石は蔦と蔓草に包まれ、王城を飾り立てる金銀財宝も色褪せた。玉座は埃に覆われ、王の冠が床に転がり、威厳を示し合わせていた玉座の通りには、破れた絨毯が藁屑の如く散らばっている。


 男には、何もない。かつて手に入れた地位も、名声も、全てが無意味と化してしまった。――世界には、彼以外の生命が残っていないからだ。


「己の生を存続するには、他者の生を狩り取らねばならない。……生命力の転換という、残酷な大原則を敷かれた世界で、遂に俺たちは、終焉を迎えてしまった。俺の莫大な〝生〟を狙って、誰も彼もが裏切り、偽り、陥れ、汚い闘争を繰り広げてきた。……それでも、俺は最大限、譲歩した。これ以上の生命力は要らぬと、民草に分け与えることもあった。その甘い決断が、この孤独だとでもいうのか」


 男はただ虚空を見上げ、その場で悠久に近い時を過ごした。


 生命の循環が無くなった世界は、やがて崩壊を迎えた。生命力の完全なる膠着状態は、即ちこの世界における虚無と同義だ。世界は虚無なる己を拒絶するかのように、王城も、荒野も、青空も、亡骸も、全てを塵屑に返していく。


 ひとつの世界の収束――いや、反発からの自壊と言った方が正しい。

 兎にも角にも、男は全てが暗闇に落ちていく世界を、ただ肯定していた。

 この何もない世界に等しい自分がどうなろうと、どうでもいいと諦観していた。

 そして、願わくはこう思った。

 次こそは、万人が笑っていられる世界を作りたい。滅びゆく世界を救済したい。

 果たして男の宿願に、彼ら・・が耳を傾けていたのかどうかは知る由もない。


 だが、その時は訪れた。


『汝、新たなる世界で、使命を果たし通す意思があるか』

「……は?」


 穏やかな陽光が、輝く雲間から神秘的な光を降り注ぐ場所。そこは夢幻のような異次元の庭園だった。静かに流れる水の音が風に乗って響き、神聖な賛美歌のように耳を奪う。水辺には水晶の魚が群れを成し、光の加減で輝く鱗が幻想的な美しさを放っている。真白い花々が庭一面に咲き誇り、純白の花弁が光を受けて、一層と煌めきを増す。


 見たことのない庭園、見たことのない幻想の中で、〝何者か〟は紅茶を口に運びながら、優雅に椅子の上で座している。一方で男は花々の向こう側から、呆然と立ち尽くしている。


『どうした? ヴィルゴッド・フィルディーン』


 男は、自分の名を呼ばれたことにまた驚き、そして目の前の〝何者か〟をいま一度見据える。


 ……実態が見えない。


 透明な靄に覆われていて、人型であることしか認識できない。だが、何となく、それ・・がこの世のものではない超越した存在であることは感じ取れる。


「この場所はなんだ? お前は、なぜ俺の名前を知っている?」


『私は、思念体のひとつで名前はない。貴様たちと違って、名前を付ける習慣も持っていない。だが……あえて貴様たちの表現で例えるなら、大いなる意思だ。次元の全てを超越する、森羅万象の母である』


 ヴィルゴッドは、理解を通り越して鼻白む。


 自分は大いなる意思だ、なんていかにもな戯れ言は、ボケた老人か、拗らせた子供くらいしか口にしない。それでも、戯れ言だと一蹴出来ないのは、やはり彼女の様相にある。自分の目では、認識できない何か・・――彼女は、神なる性質を持ち得ているのだと、本能的に理解させられる。


『他者の生命力を奪い、己の生命力に取り込む世界――第Ⅻ宇宙、六七次元、固有世界セーデルホルム。分類はダークファンタジーか。何とも醜悪な世界で、最後まで生き残った人間はただひとり。個体名、ヴィルゴッド・フィルディーン。貴様をそのまま無に帰してしまうには、あまりにも惜しい。〝世界〟にとって、莫大な損失と言えよう』


 彼女が空間に手を伸ばすと、ヴィルゴッドや各階層世界の情報が記載されたディスプレイが投影される。


 それらを検分して、彼女はひとり納得気に首肯する。


『私は、全生命体の内なる情報をも掌握している。筋力、魔力、生命力、知能、幸運値――それらの身的・外的能力を、俗にステータスと言う。幾多の生命力を取り込んだ貴様のステータスは、全て上限値カンストを迎えている。Lvは脅威の999……紛うことなき、最強の個体だ』


 ヴィルゴッドは、遠回しな言い方をする彼女に眉根を顰める。


「何が言いたい?」

『最強の貴様には、異世界転生を推薦する』


 また訳の分からない言葉が出てきて、ヴィルゴッドは混迷を極めた。


『ふふふっ……読んで字のごとく、異世界に転生するのだ。貴様という情報体を、異なる宇宙、異なる次元、異なる世界へと飛ばす。勿論、ステータスは引き継ぐことが出来るぞ』


 饒舌に語り明かす彼女に対して、ヴィルゴッドは胡乱気に目を眇めている。

 異世界転生だとは言うものの、その実態は告げられていない。

 どんな世界で、どんな国で、大いなる意思は自分に何を託しているのか。


 ただラッキーで、二度目の人生を与えられる。

 そんな都合のいい話がないと、ヴィルゴッドは疑っている。


「何がしたい? 俺を異世界転生させる目的が、あるのだろう?」


 小賢しいヴィルゴッドの見透かしは、むしろ彼女の機嫌を良くさせた。


『世界の存続だ。私たちは数多の世界を作り出したが、その全てに直接的に干渉することは許されていない。私たちはただ世界の変化を観測し、記録し、それらを次なる世界への糧とする』


「要するに……世界の経過観察こそが、お前たちの娯楽か」

『娯楽とはややニュアンスが異なるが、概ね一致している』


 ということは、なぜヴィルゴッドが彼女に呼ばれたのかは想像に易い。


「俺に、世界の均衡を保つバランサーになれと。そう言いたいのか」


 彼女はその口角に、意味深な含み笑いを湛える。


『私たちが、ヴィルゴッド・フィルディーンを異世界に投下する理由は、変化の観察だ。どの世界にも、いわゆる悪党――病原菌のような悪性物質が発生する。菌は人々を滅ぼし、生態系を崩壊させ、やがて何もかもを、無に帰してしまう。世界を観察する私たちにとって、その結末は好ましくない。生命が循環し、ありのままの生を謳歌してこそ、観察者の興も乗るというものだ』


「だが、人間は機械ではない。俺が、思わぬ行動を起こす可能性もあるが?」


『ふふっ……問題ない。我々は、お前を信頼しているかな』


「信頼している?? なぜ??」


『一千年以上も生きて、童貞だった。これほど純朴な人間はいない』


 ピキリと、ヴィルゴッドが取り澄ましていた涼しい表情には亀裂が入る。


「い、いいいい、言っておくが、俺にはいつでも機会があった! その気になれば、いつでも貞操を捨てることが――」


『我らが観測してきた限り、男は金と女と地位に溺れる。だがお前は、そのいずれにも溺れなかった。どころか、千年童貞という〝童帝〟だった』


「だっ、黙れェ!! 俺は〝王〟だぞ、嘲るつもりか!?」


『ぷっ……股間は、平民なのにな』


「笑っているな!!? その心、笑っているな!!?」


 そろそろ彼の千年童貞をいじるのは可哀そうになってきて、意思はコホンと咳払いする。

 パチンと彼女が指を鳴らした次には、ヴィルゴッドの座標が転移させられていた。

 ヴィルゴッドは花畑を超えた先、大いなる意思の眼前で佇んでいる。


『病気には良薬を、病原菌には特効薬を投下する。しかし、ヴィルゴッド・フィルディーンは、毒となるのか薬となるのか。その真価を検めようと、大いなる領域に招いたわけだが』


 じっくりとヴィルゴッドの人間模様を観察するように、頭からつま先まで舐めるような視線で洞察する彼女。そんなプレッシャーにも物おじせず、ヴィルゴッドは揺るぎない気迫をもって答える。


「俺は、ありとあらゆる辛酸を舐めてきた。世界のためにと、民草に生命力を分け与えようが、それはかえって周囲を刺激する羽目になり、根も葉もない陰謀を疑われた。我も我もと、力に縋る亡者共が溢れて絶え間なかった。奇襲、暗殺は日常茶飯事と化し、人々は行方もなく殺し合って、最後には何も残らなかった。俺の祈願は、世界平和だ。皆が笑っていられる世界を、俺は構築したい」


 大いなる意思は、審判の瞳をもってヴィルゴッドの真意を検分した。


 彼女たち大いなる意思には、一切の嘘偽りが通用しない。相手の脳裏には、どんな思惑が巡らされているのかを看破でき、その結果、ヴィルゴッドの信念は、清く崇高であるものと判断された。


 ヴィルゴッド・フィルディーンは、病原菌への特効薬となり得る。

 そう判断した彼女は、席から立ちあがって手を差し伸ばした。


『最終確認だ。何の因果も所縁もない地に飛ばされたとしても、貴様はその信念のままに、最後まで使命を果たすと誓うか?』


「誓おう。俺はただ、世界平和のために」


 彼女の手を取った瞬間、眩いばかりの光に包まれ、強烈な浮遊感に襲われたヴィルゴッド。次に目を開けた時には、見知らぬ母の腕に抱かれていた。


「はーい、よちよーち♡ いい子でちゅね~♡」

「……ばぶ(は)?」


 異世界転生について、具体的な形式を全く知らされてなかったヴィルゴッドは、まさに鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。


 まさかまさかの、赤子からのリスタートだ。第二の生を授かった彼は、発声すらままならない。故も知らぬ母から、訳の分からない赤ちゃん言葉であやされて、その豊満な贅肉から母乳を飲むことしか出来ない始末。


 これにはさしものヴィルゴッドも苦笑を漏らすが、「あら? シグちゃん、いつもと違う顔をするわね?」母が疑問を持ったために、「ばっ、ばぶばばぶっ、ばあぶぅーっ!」誠実に赤ちゃんをつとめたところ、母は安心したように笑みを湛えた。


 シーグフリード・エルランデル。それが、男に付けられた新たなる名前だ。


 やれやれ……この調子じゃあ、満足に旅をすることすらできない。


「はあ~い、ままのおっぱいはおいちいでちゅね~」

「ぶっ……ぶばばぶ、ばぶっ……」


 屈辱的なことこの上ないが、シグは潔く母乳にありついた。

 生理現象による排泄もよおしも、潔くぶりぶりと漏らした。

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