第2話

 しかし早速不幸が舞い降りた。

 財布を持って、スマホを持って、靴を履き、ドアに鍵をかけて、階段を降りつつ、手袋を填めて、マフラーを巻いて、外に出た瞬間、頭上でポトっと音がした。何かが落ちているのを感じた。

 嫌な予感をしながら、恐る恐る触ってみれば、案の定だった。鳥の糞だった。

「なっんばして、くれっかあああああああああああああ」

 空に向かって、怒鳴り声を上げた。

 ウンではあるけど、汚物である。付いても嬉しくもない。ただ怒りが沸くだけだ。

 せっかく整えたセットが台無しにされて、ついつい方言が出てしまった。東京来てからは抑えていたが、感情が高まって、露わになってしまった。それほどにバリむかついた。

 けれど、そんなことをしても結果は覆らない。

 気は少し晴れたけど、汚いものが頭に乗っかっていることには変わらない。

 責任取らせられる相手でもないから、慰謝料の請求もできない。

 だからと言って、殺すのもマズい。

 日本の法律上、例外を除けば、鳥を殺せば、罰せられる。人よりは罪が重くないにしろ、駆除は簡単に行えないように決められている。殺意が沸いても、やってはダメ。

 タイミング悪く、偶然、やってしまったとしても、有罪になりかねない。

 心意は数値で推し量れるものじゃないから、断片的物証と発想の掛け合わせ、という匙加減次第で結果を左右できるが、少なくとも本人の内心が言い分を認めてしまい、今後生きていく上で折り合いがつけられないようであれば、受け入れざるを得ない。

 圧力をかけられ、精神的に追い詰められた場合でも、結末は変わらないけど。当人が否認しようが、敗れれば、そうなる運命になる。

 仮に罪に問われなくても、酷い目に遭わされる可能性は高い。ギリ未成年だからニュースで顔も名前も明かされずに済むだろうけど、SNSで晒されることになるだろうから、安心はできない。

 報道機関が故意でなくてもやらかすときはやらかすし、その数を上回る人たちの場合だと、余計に怖い。犯した過ちを教訓にして全体で遵守するように動いている業界であればまだしも、各個人の規範次第になってくると、尚更恐ろしい。各個人が持つリテラシーで行動してくるから、かなりビビってしまう。

 そうなってくると警察に注意されるだけでは終わらない。

 叩いても構わない免罪符を手にした人たちは容赦しない。全員が全員、遠慮しないわけじゃないにしろ、簡単に踏み込んでくる。


 悪人だから言い訳するなよ。法に守ってもらおうなんて、虫が良すぎる。先に破っておきながら、いざ自分に振りかかると、キレるとは何事だ。やられたくないなら、始めからやるなよ。人間扱いされると思わないことだ。


 と口にするかのように攻撃してくる。言葉にしなくとも行動で語ってくる。平気で侵してくるし、傷つけにくる。世間を隠れ蓑にして、おちょくってくる。世論を味方にして、追い詰めてくる。

 そんな面倒事には巻き込まれたくないから、行動しない。彼女から軽蔑される原因になり、別れるきっかけにもなるから、やらない。糞を落とした鳥が飛んで行った後でもあるから、ホント、どうすることもできないにしても、それでもだ。

 だから部屋に戻り、頭をきれいにして、再び外に出た。

 約束の時間ギリギリになってしまうから、セットしなかった。髪を洗い、タオルで拭き、ヘアブラシで梳く程度にした。キメに入ると間に合わなくなるどころか、下手をすると遅刻することになるから、髪を弄るのは諦めた。ダサいせいで別れるきっかけを作るより、怒らせて別れる可能性にならないことを優先した。

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