第7話 偽阿闍梨への尋問

 暗闇の中に一筋の光が入ってくる。ゆっくりと目を開けたが、目の前が眩い光に満たされていて、しばらくは何も見る事ができなかった。段々と光に目が慣れてくると、自分のいる場所の状況がなんとなく掴めてくる。目の前には学校で使うような天面が木でできた学習机があり、私は学生の時のように固い木の椅子に座らされている。正面には教卓、その後ろには黒板があって、白と赤のチョークで「卒業おめでとう!」とデカデカと書かれていた。私も高校の時と同じように、白いシャツに紺色のブレザー、紺色の長いスカートを履いている。ただ学生だった時とは違い、両手首と両足首に黒い鉄製の枷がはめられており、二本のチェーンで右手首と右足首、左手首と左足首がそれぞれ繋がれていた。そしてそのチェーンは机の天面に空けられた二つの穴をそれぞれ通っていて、この部屋から容易に逃げ出せないような仕組みになっている。自分がいる小さな部屋には窓は無く、天井はドーム状になっており、小さな裸電球が天井から一個ぶら下がっているだけ。薄暗い部屋の中を見渡してみたが、自分が座っている他には椅子も机も無いため、どうやら「生徒」は私一人のようだった。

 すると部屋の引き戸が開き、黒いリクルートスーツに身を固めた女性がゆっくりと部屋の中に入ってきた。見覚えのあるおかっぱ頭と丸眼鏡。田畑だ。リクルートスーツを着てはいるが、顔も背格好も高校の時の田畑だ。間違いない。どう声をかけようか迷っていると、田畑は教卓の後ろに立ち、手持ちのファイルのページをゆっくりとめくりながら、こう話し始めた。

 「あなたですね。巷を賑わしている『偽阿闍梨』というのは。なんでも『世界の終わり』が近づいていると吹聴して、民衆の不安を煽っているとか。何が目的なんですか?しかもあなたは阿闍梨になるための正式な修行を受けていないという情報も入っています。自分を阿闍梨だと偽る事は重罪です。罪を認めますか?」

 自分が阿闍梨であるかどうかなんて今はどうでも良かった。今目の前にかつての親友、田畑がいる。長年心の内に貯め込んできた田畑への思いが口からあふれ出てきた。

 「ねぇ、田畑なんでしょ。ごめんね、長い間連絡もしなくって。本当にごめん。田畑は全然変わってないね。元気にしてた?今どっかで働いているの?それとも結婚して専業主婦とか?」

 「申し訳ないのですが、私は田畑という人物ではありません。今はあなたが犯した罪の話をしているのです。あなたは…」

 「ごめんね、私を許してくれない気持ちも良く分かるよ。高校の時に顔を合わせなくなったのは多分私からだよね。あの時はお父さんが死んじゃって、お母さんも凄く落ち込んじゃって、家族が滅茶苦茶になっちゃったんだよね。その時は多分田畑も優しく励ましてくれていたんだと思うけど、ちょうどその時に膝をケガしちゃって、通っていたサッカークラブにも通わなくなって、あの時は誰とも話したくなかった。ただただ他の友達と楽しそうにしゃべっている田畑が羨ましくてしょうがなかった。だから田畑を避けちゃったんだ。しょうもない嫉妬だよね。本当にごめん。もう許してくれないかもしれないけど…」

 その時「どん!」という大きな音を立てて、田畑は持っていたファイルを教卓の上に両手で叩きつけた。そして教卓の中からプラスチック製の長い物差しを取り出すと、私にゆっくりと近づくや否や物差しで私の左手の甲を強く叩いた。

 「痛い!」

 田畑は自分の左手の手の平を物差しで軽く叩きながら、冷たい視線で私を見下ろしている。

 「何を訳の分からない事を長々と話しているんですか。私はあなたの友達ではありませんよ。もしやこの場をわざと混乱させようとしているのですか。今私があなたに問い質しているのは、あなたが阿闍梨の名を騙って多くの民衆を混乱に陥れているという事に関してです。あなたは本当の阿闍梨ではありませんね。正式な修行も受けておらず、最近も甘いものをお腹いっぱいに食べているそうじゃないですか。阿闍梨にあるまじき強欲さです。あなたが自身を阿闍梨では無いと認めれば、今回だけは無罪放免で見逃してあげましょう。あなたは自分が阿闍梨で無いと認めますね。」

 「否、否、三たび否!」

 田畑を鋭い視線でジロリと睨み返した。私の中で怒りの炎が燃え上がり、燃え上がった言葉たちが龍のようになった私の口から次々と飛び出してくる。

 「私に対する憎しみは痛いほど分かる。ただ私を憎しむあまりに、そなたの目は曇ってしまっている。私は紛うことなき阿闍梨であるぞ。この世の終わりを認識しつつも、全ての生きとし生ける者のために祈る者!この世の終わりに向かって空を駆け抜けてゆく、光り輝く一本の矢!ゆめゆめ私を侮ろうとなさるな!」

 そう言葉を放った瞬間、自分の体から眩いほどの光が溢れ出してきた。眩い光の中で手枷と足枷、そしてそれらを繋いでいたチェーンが粉々になって床へと落ちてゆく。私は粉々になった破片を服から手で払い落すと、立ち上がりドアの方までゆっくりと歩いて向かった。引き戸に手をかけると振り返り、床に尻餅をついている田畑に声をかけた。

 「今まで本当にごめん。でも、私は阿闍梨。その事は変えられない。これからはお互いに別々の道を歩いていこう。」

 目からじんわりと染み出してくる涙を堪えながら、私は阿闍梨として小さな部屋を後にした。

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