第5話 青女との再会

 眠れずに夜半に目が覚める。あの日屋敷の前庭を駆け抜けていった青女の姿が忘れられない。降り積もったばかりの雪のように白い顔は、きっとこの世の者では無いのだろう。先の合戦で命を落とした和田殿の魂が姿を変えたものであろうか。いや、和田殿だけでは無いだろう。父の代よりここ鎌倉で命を落としてきた坂東武者たちの数多くの霊が、あどけない青女に姿を変えて私に何かを伝えてきたのであろう。すると前庭の方から鞠をつくような音が聞こえる。衾を払いのけると急ぎ庭へと向かった。

 雲一つ無い夜空に満月が煌々と輝く中、あの夜と同じく、薄汚れた衣服を身につけた青女が裸足のまま前庭に佇んでいた。顔は雪のように白い。ただあの時と異なり、青女は鞠を宙へと高く蹴り上げている。夜空から落ちてくる鞠は地面に落ちる事無く、青女の足によって何度も夜空へと昇ってゆく。宙に舞い上がる鞠は月の光を受けて、まるでもう一つの月のように見えた。

 しばらくの間青女は鞠を蹴り上げ続けていたが、ふと女が大きく蹴り上げた鞠は誤って屋敷の方へと飛んできた。屋敷の中を転がる鞠を拾い上げ、青女の方に振り返ると女は声も立てずに笑っていた。口元をじっと見つめていると、女は何かを囁いているようだった。

 「ハッ、セッ、ジャ。ハッ、セッ、ジャ。」

 何かのまじないであろうか。青女はその言葉を呟きながら、私に向かって何度も鞠を蹴り上げる仕草をしている。蹴鞠はそれほど得意ではない。上皇さまであればここで見事な蹴鞠を見せられたであろう。それでも意を決して軒下で鞠を蹴り上げると、二度三度、いやそれ以上に何度も鞠を蹴り上げる事ができた。裸足で鞠を蹴り上げた事が功を奏したのであろうか。十を超えて鞠を蹴り上げ続けたところ、とうとう鞠は私の足元を離れ、庭へと転がっていった。しかしその先に青女の姿はもう無かった。その代わりに大きな白い犬が庭の真ん中に座っている。犬はおもむろに立ちあがると目にも止まらぬ速さで西の方角へと走り去っていった。

 青女との一連の出来事があったにも関わらず、屋敷の中では私の他に目覚めている者はいないようだった。このような不思議な怪異に二度も巡り合うという事は、私のこの世の勤めも終わりが近いという事であろう。源氏の血筋は私で終わる。武芸では無く、たとえ和歌に我が心を捧げようとも、武家の棟梁である以上は血塗られた争いの因果からは逃げる事はできないのだ。

 「ハッ、セッ、ジャ。ハッ、セッ、ジャ。」

 青女の発した怪しげな呪文が耳から離れなかった。鞠は月の光を受けて、小さな楕円の影を庭に映していた。

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