第7話 魔神モズグル

背中には蝙蝠のような被膜の張った翼。

体毛ひとつないつるりとした赤い肌に爛々と輝く双眸。

手には短剣のような爪がズラリと生え、開いた口から除く牙はノコギリの刃のように尖っている。


「モズグルか!」


下位魔神モズグル。


斥候から兵士まで様々な役をこなす万能種で、俺がいた世界ではもっとも遭遇しやすい魔神の一種だ。

魔神が現れるはずのない時代に、なぜこいつが存在しているのか分からない。

しかしそんなことを考えるよりも早く俺は農民の親子を庇うように前に進み出て、刀に手をかけていた。

力なき民を守るイクサビトの習慣のようなものだが、状況的にはやや厳しい。

モズグル一体を屠ることは容易いが、奴が後ろの二人に目標を定めると危険なのだ。

刀は近距離戦用の武器だが、モズグルは遠隔攻撃が可能な魔神。

槍か弓がなど距離があっても使える武器がないと先手が取りづらい。

投石も考えたが自分の足元にはちょうどいい石ころが落ちていなかった。

ここはモズグルの注意を自分にひきつけながら二人を安全な場所まで逃がすしかない。


「おい、こいつは俺に任せてはやく逃げろ!……おい!?」


声をかけたのに反応がないため俺が後ろに視線を向けると腰を抜かしているマゴハチと、その腕に必死にしがみついているトメの姿があった。


迂闊だった。


俺の時代であれば大半の人間は魔神の姿に見慣れているため、姿をみた途端に逃げ出すか、とりあえず安全な場所と思える場所に身を隠すクセがついてる。

しかしこの時代にはまだ魔神が現れているわけがない。

彼らは初めてこの異形の怪物を目にしたわけだ。

それでは怯えて立ちすくんでしまうのも無理はない。

この状況を見て取ったモズグルは、口から炎を噴き出す予備動作をとった。

こいつは見た目こそ異形の化け物そのものであり人間の言葉も話さないが、知能は人間並みに高い。

後ろの二人が非戦闘員であり俺がそれを庇おうとしている様子を察っしたようだ。

モズグルがこの距離で火炎を吐き出せば、盾にならなければ確実に二人は焼き殺されるだろう。

こうなれば火炎の直撃を覚悟の上で、俺のもてる最速の技で距離を詰めて切り捨てるしかない。


迅雷閃。


イクサビトは巫女姫から力を授かる時、守護神と呼ばれる天ツ国に古代から住まう強大な力をもつ神々から加護を戴く神を一柱選択する。

俺は雷を司る軍神「帝釈天」の加護を頂戴した。

迅雷閃は雷のごとき迅速な動きで敵との距離を詰め、一撃を与えるという速度重視の技だ。

速度を重視する分一撃の威力が乏しいため、主に牽制や雑魚を蹴散らすときに使うのだが、モズグルを一撃で倒せるかどうか微妙なところである。


「ええい、ままよ!」


倒せなかったとしても、火炎に耐えてもう一度切り伏せれば良いだけだ。

左手で鞘を握り親指で鍔を押し出ながら、一気にモズグルとの間合いを詰める。

しかし、ここで予想外に事が起きた。

俺の体全身に力が漲り、文字通り雷のごとき素早さで地面を蹴ることができたのだ。

こんなに俺は動けたのかと驚くが今は動作の途中、ためらっている場合ではない。

右手で柄を握り、モズグルの首を一閃する。

すると、まるで豆腐でも切ったかのようにスッと抵抗なくモズグルの首に刃が入り、そのまま薙ぐと胴体から首が切り離された。


「そんな…馬鹿な」


魔神の体は人間に比べてはるかに強靭であり、容易く断てるものではない。

下位魔神といえどモズグルの体もそれなりの硬さがあり、首を一撃で切り飛ばすことは以前の俺ではできない芸当だ。

首の四分の三、いや半分ぐらい斬れれば十分な力だったのだが、今の攻撃はまったく筋肉の抵抗なく首を切り落とすことができた。

モズグルの体が漆黒の塵と化し、虚空へ消えていく。

命を失った魔神はこのように塵となって跡形もなく消えてしまうため、死体を調べることもできず魔神という生命は謎に包まれている。

とりあえず仕留められたことだけは確かだ。

周囲に気を配りまだ敵が残っていないか確認しつつ、俺は後ろを振り返り二人の無事を確認する。


「よかった。無事のようだな。怪我はないか……?」

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