第6話 青い空
光に包まれ意識を失った俺は、一瞬とも永遠とも思える時の中で強烈な意思の声を聞く。
逃がさぬ……
必ず見つけ出してくれる……
この刻印ある限り、逃げきることは叶わぬと知れ……
幾百幾千幾万
無限の時が過ぎて……
闇が頭に流れ込み、全身に流れ渡っていく。
焼け付くような痛みが体中に走り、血は沸騰したかのように熱く全身を駆け巡る。
苦痛と灼熱感が全身を走り、俺は激痛に堪えられず獣のごとき咆哮を上げた。
「ウォオォォォォオゥゥゥアウゥアアアアアァァアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
「ヒャアアアアア!?」
目覚ると俺の顔をのぞき込む幼い少女の姿があった。
彼女は奇声をあげて後ろに倒れる。
俺は慌てて身を起こし少女の肩を掴んで問いかけた。
「どうした何があった!?」
「何があったってあんたが突然声をあげるで、びっくりして腰をぬかしちゃったじゃんね!」
えらい剣幕で言い返されてしまい俺は言葉に詰まる。
つい普段のくせで魔神に襲われていたのではないかと焦って動いてしまった。
今の状況を思い返してみると大声を上げて目を覚ました男が、いきなり肩を掴んで迫ってきたのだ。
それは驚いて当然だろう。
俺に起きた諸々の事は彼女にはまったく関係がない。
「いや、驚かせてすまなかった。いろいろあって気が動転していてな……っ!」
その時、背後から強烈な殺気が感じられた。
首を竦めるとその上をブォンという音と共に、備中鍬の爪が空気を薙いだ。
「こいつ、わしの娘に何してゃあがる!」
わしの娘ということは俺の頭に鍬を振るってきたこの中年の男が父親なのだろう。
二人ともつぎはぎだらけの膝丈の短い着物を身にまとい、鍬など農具をもっているところから農民であることがわかる。
武装した男が急に声を荒げて自分の娘の肩を掴んだりきたりすれば、とりあえず引きはがそうとするのは無理らしからぬことだ。
とりあえず俺は敵意のないことを示すため、居住まいを正し二人に詫びることにした。
「申し訳ない。先ほどの俺の態度はまったく褒められたものではなかった。許してくれ、このとおりだ」
頭を下げて謝罪すると目の前の二人はだまりこくってしまい、身動き一つしなくなってしまった。
「すまない、また何かやらかしてしまったか?」
「その見た目からするとお侍さんなんだらー、お前さん。わしたち農民に頭さげるお侍なんてはじめてみたからびっくりしたじゃんね」
「侍?違う、俺はイクサ……」
魔神が現れる前の平和な天ツ国では、主君と国を守り戦では敵を倒す兵「侍」と呼ばれる者たちがいたと教わったことがある。
侍と呼ばれる者たちは、魔神によってほぼ全て殺されてしまったという。
巫女姫の導きによって最初にイクサビトになった者たちは、生き残ったその侍であったと師匠に教えられたな。
もっとも俺が元服してイクサビトになったときは、侍という存在が天ツ国にあったことすらほとんど忘れ去られていた。
イクサビトの事を説明することも難しいので、とりあえず俺は侍であるということにした。
「そう…だな。俺は侍だ」
「けど酷い恰好をしとるな。戦でもしてきたのか?」
俺の装備は時渡りの秘術とやらにかけられた時と変わらずの様だ。
今身に着けている装備は、連戦につぐ連戦でボロボロに傷ついた黒糸威の具足一式。
魔神神が現れる前の戦で弓と槍は破壊されてしまったため、残されている武器は刀一振りのみ。
なんとも心もとない状況だ。
「ああ……なんとも酷い戦だったよ、本当に……。しかし、ここは本当に美しいな。青い空がこれほどまでに清々しいとは思わなかった」
魔神王が天ツ国に降臨してからというもの空は鮮血のように真っ赤に染まり、昼でも夜でも空は赤くあり続けた。
俺が物心ついた時には既にその状況となっていたため、生まれて初めて青空を見て感動を覚えた。
明るい太陽が昇った空は青く、白い雲が行き交う空はひたすらに美しかった。
「あんたどこの出身だ?ここいらの出身ではないら」
「俺の出身は火陸国だ。ここは参川国であっているのか?」
「参川の形野村だわ」
なるほど、どうやら時渡りの秘術でかなり飛ばされてしまったようだ。
あの時いたのは武差国の斎珠なので、南西に相当長い距離を移動したらしい。
ちなみになぜ俺がこの場所が参川国であることを気づけたかといえば、イクサビトの仲間の中にこの国出身の者がいて、よく訛りをまじえた言葉で話していたからだ。
最後の戦いまで彼とは一緒だったが、その後は確認できていない。
無事に時渡りできたのだろうか……。
「今は天象何年だ?」
「あんた何たわけたことをいっとる。今年は衛禄元年だわ」
「本当に魔神が現れる前の時代にこれたようだな……」
衛禄とは天象の二つ前の元号だ。
あの時の戦が天象五年だったので、そこから十五年も前の時にさかのぼったことになる。
この時代ならまだ魔神は天ツ国に姿を現していないはずだ。
キッカの言っていたように、今なら魔神に対して何か対処ができるかもしれない。
「おかしな人だわ。ところであんた名は?ワシらは形野村の農民マゴハチと娘のトメだわ」
今までの会話はほとんどマゴハチが行い、娘のトメは父親の背中に周り俺をじっとみているばかり。
トメの年の頃は見た目からして、八、九歳あたり。
確かにぼろぼろの甲冑姿の俺は、彼女からすれば怪しさ満載の不審者、もしくは破落戸のように見えるのも無理はない。
どこからで最低限の身なりは整えたいものだ。
「名乗りが遅れてしまったな。俺の名はショウヤ、今は旅をしている」
嘘は言っていない。
魔神が現れる前の世界で一体何をすればいいのか、いやそもそも今の俺は己が何をできるのかすらも分かっていない。
しかしいつまでもここに立ち止まっていても何も始まらない。
この世界を旅してとりあえず見聞きしてみれば何か手がかりが見つかるかもしれない。
その村形野までの道をマゴハチに尋ねようとした俺の耳に、バサッバサッという不快な音が聞こえてきた。
この音はまさか、いや連中はまだこの世界に姿を現していないはずだが……。
「……鳥?」
「違う。この重々しく翼をはためかせる音は鳥のものじゃない。これは、この音は……!」
聞き覚えのある音に俺が天を仰ぐと、ソレはいた。
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