真の勇者side 真の勇者、祈る





 私は昔から無力だった。


 今だってオーク軍団と戦うラースさんをやぐらから遠目に見守ることしかできない。


 だから、せめて応援だけはする。



「ラースさん、頑張って」



 自分でも卑怯だとは思う。


 安全な場所から誰かの無事を願うことほど、酷いことは無い。

 本当に心から相手を心配するなら、自らも戦場に立てという話だ。


 しかし、私は自分が嫌な人間だと理解した。


 つい先日の出来事だ。

 オークの集落に奇襲を仕掛けに行ったラースさんがサクナさんを抱えて戻ってきた。


 お姫様抱っこ、だった。


 一瞬だけ、本当に一瞬だけ、私はサクナさんに嫉妬してしまったのだ。


 自分でも良くないことだと分かっている。


 ましてやサクナさんは腕がボロボロで、口の周りが血塗れ。


 私はハッとして二人に駆け寄った。


 どうしてその日、サクナさんに嫉妬してしまったのかは自分でもよく分からない。


 あ、いや。


 分かってはいる。その理由に心当たりがあるにはある。



「……やっぱり私、ラースさんのこと好きなのかなぁ?」



 私はラースさんの素顔すら知らない。


 そんな相手のことを好きになってしまう自分がとても不思議だった。


 最近はちょっと想像している。


 兜の下がイケメンだったらって思うと、女の子としてはちょっと嬉しい。


 逆にラースさんの素顔がお世辞にも恰好良いとは言えないものだったらどうだろうか。

 ……それはそれで、少し良いかも知れないって思っちゃった……。


 誰にも見向きもされないような容姿なら、この世界で私だけがラースさんを見ていられるってことになるし。


 むしろイケメンより、そっちの方がラースさんを独り占めできるような気がする。



「って、ダメダメ!! 今はラースさんを応援しなくちゃ!!」



 どこからか湧いてきた黒い感情を捨てて、戦場に目を向ける。


 ラースさんがサクナさんと連携して、オークたちを次々と屠っていた。


 ラースさんが全力で槍を振り回すと凄まじい風が巻き起こり、宙に投げ出されるオークたち。

 空中で身動きの取れなくなったオークたちの首を容赦なく刎ねるサクナさん。


 遠目から見る二人は、出会って間もないはずなのに長年戦場を共にしてきたような、安定感があった。


 お似合いの二人だとも思ってしまう。



「……ラースさん、サクナさんのこと好きなのかな」



 サクナさんはスレンダーな体型だ。


 コットルク村に来る途中、川で水浴びをしているサクナさんの裸をチラッと見たことがある。


 サクナさんはラースさんの好みと違って、あまり大きくはないというか、綺麗な形のおっぱいだった。


 あれなら私のおっぱいの方が有利だと思う。


 でも、人の好みって好きになっちゃったらあまり関係のないものだ。


 実際に私という例がある。

 私は、ラースさんがイケメンでも醜男でもどちらでも良いから。


 もしもラースさんがサクナさんと結ばれたらと思うと……。



『シエル、実はサクナ殿と愛し合う仲になってしまってな』


『シエル嬢、その、すまぬ。貴殿のラース殿に対する想いは知っているが、拙者もラース殿を愛してしまったのだ!!』


『サクナ殿……』


『ラース殿……』



 そして、私の妄想した二人は私の目の前で熱い口づけをするのだ。


 それはもう、見せつけるみたいに。そのまま二人はベッドに向かい――

 


「って、違う違う!! そうじゃなくて!!」



 危ない妄想をしかけたところで、頭をブンブン振って正気に戻る。


 そもそもの話、仮にラースさんがサクナさんをどう思おうと私にラースさんの恋愛に口を出す権利はない。


 ラースさんにとって、私は〝女〟じゃなくて、守るべき〝子供〟として見ているだろうし。



「……あ、そっか。私、ラースさんに女として見て欲しいのかな」



 少なくとも、あの人にエッチな目で見られたいとは思ってしまっている。


 いつもラースさんがレイさんやティアナさんを見てる時みたいな目で見られたい。



「私、やっぱり好きなんだ、ラースさんのこと」



 何となく前から分かっていた。


 勇者パーティーを追放されたあの日からか、それとも初めて出会った時からか。


 いつからか分からないけど、私はラースさんのことが好きだった。



「……頑張って、ラースさん!!」



 その時だった。


 ラースさんが対峙していたキングと思わしきオークの喉元を槍で貫いたのは。


 そして、オークキングが眩く光ったのは。



「え!? し、進化!?」



 見るのは二度目だった。


 勇者パーティーに入ってしばらく経った頃、街道で遭遇したスライムの進化を目の当たりにしたことがある。


 オークキングの肉体が更に大きくなる。


 身の丈はラースさんの五倍くらいはあると思う。巨大なオークだった。


 ラースさんが慌てた様子で大きな盾を構えた。


 オークキングの進化種、いわばオークエンペラーがラースさんに向かって拳を振り下ろした。



「ラースさん!?」



 大地を揺らす一撃を、ラースさんは正面から受け止める。


 ラースさんの足元が割れた。


 全身の筋肉をバネみたいに使って上手く衝撃を地面に逃がしたようだ。



「す、凄い……」



 オークエンペラーの攻撃は一発や二発では終わらなかった。


 何十発という連撃が打ち込まれる。


 ラースさんはあろうことか、それら全てを受け止め、流し、威力を殺していた。


 ラースさんが反撃しないのは機会を窺っているからか、それともオークエンペラーの攻撃が凄まじくて出来ないのか。


 どちらにせよ、ラースさんが危ないのは目に見えている。


 サクナさんはジェネラルと戦っていて気付いていないし、他の私兵団の人たちはオークたちを相手にしていて手が回らない。



「ど、どうすれば……」



 この場にもふ丸がいたら、ラースさんを助けに行ってもらっただろう。


 でも、私には何もできない。


 ポーション等を用意して戦う前の準備をすることはできる。

 逆に言えば、戦いが始まってしまったら私は見ることしかできない。



「……どうすれば……た、助けないと……」



 その時、私は背後に気配を感じた。


 咄嗟に振り向いたものの、そこには人っ子一人いない。


 当たり前だ。


 私以外の人たちは全員オークを相手に戦っているのだから。



「気のせい、だよね……?」


「違うよ」


「え?」



 今度は隣から声が聞こえた。


 そちらに視線を向けると、綺麗な女の人が膝を抱えて隣に座っていた。


 不思議な髪色の女の人だった。

 光の当たる角度によって色が変わるのか、虹色に輝いている。


 瞳も髪と同じで色が変わるようだ。


 驚いたことに一糸まとわぬ恰好をしており、長い髪が辛うじて局部を隠している。


 同じ女の私ですら見惚れてしまう美しさ。


 そのどこか浮世離れした妖しい雰囲気の美女に思わず息を呑む。



「あ、貴女は、誰ですか?」


「私が誰か気になる?」


「え、あ、はい」


「じゃあナイショ」



 身にまとう妖艶な雰囲気とは違う、茶目っ気のある表情で言う美女。



「それより、あの人間を助けないの?」


「あの人間……?」



 もしかして、ラースさんのこと?



「で、でも、私には何も……」


「本当に? 自分には何も力が無いと思ってる?」


「え?」


「貴女は誰かの力になれるよ。私とは違って。だから今は、やり方を理解してなくても大丈夫。ただ、祈ってみて」



 祈る……?


 私が、ラースさんのために?



「でも、そんなことして何の意味が……あれ?」



 視線を外したのは一瞬だった。


 そのほんの一瞬で、その虹色の髪と瞳の美女は消えていた。


 まるで幻でも見ていたような気分だ。


 でも、幻にしてはあまりにも美しかった。

 私は自分の人生で、さっきの女の人より美しいものを見たことがない。



「……祈る……祈る……」



 私は両手を組み、その場で片膝をつく。


 あの人が勝てますように。オークエンペラーなんかに、負けませんように。


 ラースさん!!






――――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイント作者の一言


作者「みんな戦ってるのに高いところでセルフ失恋妄想してるヒロイン……どうなのよ」


シエル「ご、ごめんなさい!!」


ラース「可愛いから許す!!」



「セルフ失恋妄想するシエル草」「前半と後半の温度差で風邪引きそう」「謎の美女キャラだあ!!」と思った方は感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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