第18話 悪役騎士団長、主人公を叱る





 ハンデルの街を出て三日。


 総勢百名からなるティアナの私兵団は順調に目的地へ近づいていた。


 しかし、ここで問題が一つ発生する。



「まさかこっそり付いてくるとはな、シエル」


「……えへへ」


「えへへ、ではない。今回ばかりは笑って誤魔化すことは許さん」


「っ、うぅ、す、すみません」



 俺はカタカタと揺れて移動する馬車の中で、シエルを叱っていた。


 割と本気のお説教をする。



「馬車の積荷に紛れるとは……。一歩間違えたら、斬り捨てられようが文句は言えないのだぞ」


「は、はい……」


「それにもふ丸も連れないで一人でこんな真似をして、怪我でもしたらどうする」



 シエルはもふ丸を連れていなかった。


 どうやら昨日一日でスタミナポーションなるものを作ったそうで、走って馬車に追いつき、休息中の隙を狙って積荷に紛れたらしい。


 サクナが積荷の配置に違和感を感じて確かめてみたら、まさかのうちの店主。


 もうね、現場は大混乱だったよ。


 不審者か!! ならば斬っても良いな!! と刀を抜くサクナを止めるのに精一杯だった。



「……店の方はどうしたのだ?」


「えっと、レイさんともふ丸にお願いして店番をしてもらっています」



 どうやらレイがマネキンをポルターガイストで動かして人間に擬態して店番中らしい。


 器用なことをする幽霊だ。


 もふ丸はもふ丸でちょっとお高い肉で買収されたようで、今回のシエルの行動を咎める者は誰もいなかったとのこと。


 はあ、どうしたものか。



「そう怒ってやるな。シエル嬢は貴殿が心配になったのだろう」


「そういう問題ではない、サクナ殿」



 横からサクナが口を出してくるが、今回ばかりは駄目だ。



「怪我でもしたらどうする。俺ももふ丸もレイも、あとティアナなんかは特に心配するぞ」


「それは、その、すみませんでした」


「……はあ、仕方あるまい。シエル、何があるか分からない以上、必ず俺の側にいることを約束して欲しい。でないと守れる自信が無い」


「はい、分かりました」



 しょんぼりするシエル。


 少し叱りすぎたかな? 可哀想かも? と思ってしまうが、今は心を鬼にする。



「拙者は心配し過ぎだと思うがな……」



 サクナの言いたいことは分かる。


 今回の依頼の内容は、服飾品の素材となる綿や絹の生産地に出た魔物を退治することだ。


 ティアナの有する私兵団はそこそこのレベルでまとまっている。

 道中に出た魔物を上手く連携して倒している様を見ていると素直にそう思った。


 何よりサクナという、少し頭はおかしいが、戦いにおいては主人公であるシエルを容易く凌駕するセンスを持っている。


 魔物退治が失敗することは無い。


 誰もがそう思っているに違いないが、俺はそうではなかった。



「心配し過ぎて、損をすることはない」



 そう言って誤魔化すが、声が震えていないか少し不安だった。


 今回の魔物退治は、半ば失敗に終わる。


 魔物を討伐することはできるが、ティアナの私兵団も甚大な被害を被るのだ。


 半分が死亡、もう半分も重軽傷を負うはず。

 私兵団最強であるサクナに至っては片腕を失いかける始末だ。


 本来、シエルがティアナやサクナと知り合うのは今回の魔物退治の後の出来事だった。


 この魔物退治で甚大な被害を被った私兵団に、荒みシエルが治癒のポーションを高値で売りつけるのである。


 その頃のシエルは自分のポーションの価値を理解していたからな。


 背に腹は代えられないティアナはシエルから大量のポーションを購入し、生き残った私兵団やサクナを治療した。


 結果、シエルは大金を儲けてハンデルの街の一画にある物件を購入。


 店を構えることができて、しかもティアナからの覚えも良くなり、サクナと友人関係になるってわけ。


 だから今回だけはシエルの行動を咎めたい。


 俺なら死ぬことはないし、私兵団に被害が出たとしてもティアナという大物にポーションを売りつけて恩を売るチャンスだからな。


 しかし、その要であるシエルが戦いの場に来て怪我でもしたら元も子もない。



「何故、こんなことをしたのだ? 普段のシエルであれば、ここまで軽率な行動は取らないだろう?」


「それは、その、えっと、分かんないです」


「分からない?」



 視線を逸らして言うシエル。


 それを見たサクナが何かを察したのか、ニヤニヤと楽しそうに笑った。



「ほうほうほう!! 〝そういう〟ことか!! 拙者そういう話は大好きだぞ!!」


「ふぇ? あ、い、いえ、その、〝そういう〟のじゃなくて!! まだ自分の気持ちもよく分かってないですし!!」


「なーに、〝そういう〟ものは時が経てば経つほど自覚するものだ!!」


「あぅうぅ」



 シエルが頬を赤くし、もふ丸みたいに唸る。


 何やら通じ合っている二人に置いてけぼりを食らった俺は、ただ困惑するのみだった。



「サクナ、どういうことだ? 〝そういう〟とは?」


「なんと!! 貴殿、それを本気で言っているのか!? 鈍いにも程があるぞ、阿呆が!!」


「どうして急に罵倒されたのか分からない……」



 いや、本当に分からん。



「っと、そろそろ目的地が見えてきたぞ」


「む」



 サクナが馬車から頭を出して指を指す。



「あそこがティアナの有する綿と絹の一大生産地、コットルク村だ」


「これはまた広大な……」


「わあ!! 綺麗なお花畑ですね!!」



 俺とシエルが馬車から見たものは、想像を絶する広さの綿の花畑であった。

 遠くには絹の材料となる養蚕に使うと思わしき建物も見える。


 そうか、ここがコットルク村か……。



「のどかで良い場所だ」


「元々はロクな作物が育たない不毛の地だったのを、ティアナの曾祖母が開発したらしい」


「それはまた、随分と長い時間をかけたのだな」



 この平和な村が数日後には戦場になってしまうとは何とも度し難い。


 ……いや、そうなるようにしたの俺だけど。



「む、何やら前列の馬車が騒がしいな」



 俺たちの乗る馬車よりも前を走っていた馬車が不意に停止した。


 シエルが首を傾げる。



「何かあったんですかね?」


「どれ、ここは拙者が見て来よう」


「ああ、頼む」



 サクナが馬車を降りて、前方で停車した馬車の方に向かう。

 しばらくするとサクナが戻ってきて、何やら難しい顔をしていた。



「少し不味いことになった。魔物の住処を調べていた斥候が戻ってきたのだが……」


「何かあったのか?」



 俺はその内容を知っているが、白々しくサクナに問いかけた。



「オークキングと思わしき個体率いるオークの軍勢がおよそ百匹だ。想定していた数の二倍だ。その他の上位種も数体確認している」


「オークキングって……」


「ああ、前にシエルに教えたな。熟練の冒険者パーティーが徒党を組み、十数人がかりで倒す厄介な相手だ」



 オークキング率いるオーク軍を相手に、ティアナの私兵団は防衛戦による長期的な戦いを試みることになる。


 援軍を呼び、その到着を待つのだ。


 最終的に援軍は間に合って、ティアナの私兵団が勝利するものの、防衛戦をしていた私兵団には半分以上の死傷者が出る。


 援軍と合流した私兵団は近くの森を住処とするオーク軍に襲撃を仕掛けるが……。


 そこでオークキングと一騎打ちをしたサクナは片腕を失う大怪我をする。

 更に私兵団に死傷者が出ることで、色々と大変なことになる。



「さて、どうしたものか」



 原作通りに動くのが一番良いだろう。


 現状でさえ原作とのストーリーに違いが出始めているのだ。


 ここから原作の通りに話を進ませた方が、後々の展開に大きな差異を生じさせずに済むかも知れない。


 だが、問題が一つ。



「ラースさん? どうしたんですか?」


「……いや、何でもないぞ」



 ここにはシエルがいる。


 もし、原作通りに話を進めた結果、シエルが大きな怪我をしたり、死んでしまったりしたら?


 ……ああ、駄目だ。却下だ。


 そもそも今ですら原作とは違うところが幾つもあるのだ。

 これ以上話の流れが変わったとしても、今と大して変わらないはず。


 ならば、シエルの安全を取るべきだ。



「サクナ殿。一つ、提案がある」


「む? 改まってどうしたのだ、ラース殿」



 俺はサクナに普通なら有り得ない、とんでもない提案をした。






――――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイントシエル設定

勇者パーティー時代は邪魔にならないよう、距離を取って隠れていたためか、実は気配を隠すのが上手い。積荷に紛れ込むなど朝飯前。それはそれとして開店数日で店を空ける店主ってどうなんだ……?



「シエルの行動力で草」「気付や鈍感野郎!!」「オーク……美少女……美女……閃いた!!」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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