第17話 悪役騎士団長、盾をぶん投げる





「ここがティアナの屋敷、か」



 ハンデルの街の中でも富裕層が住まう区画。


 その中でも更に金を持った超富裕層が住む区画に彼女の屋敷はあった。



「うわー、すっごい豪邸」



 大豪邸だった。


 ティアナの屋敷の前には見張りの門番が二人ほど立っており、警備も厳重そうだ。


 というか門番の男がかなり強そうだった。



「すまない、ティアナ殿の依頼を受けて来たのだが」


「そ、そうか。貴殿がラース殿だな? 話は聞いている。付いてこい」



 門番が門を開いて、俺は敷地内に入った。


 少し門番がビビっているのは俺が完全武装しているからだろうか。


 早朝、日が昇るタイミングで俺は噓つき店主の防具屋に件の鎧を取りに向かった。

 そのまま防具屋で鎧を着込み、テッシンの武器屋で購入した槍を携えてティアナの屋敷まで来たのだ。


 防具屋の店主が手直しした鎧が、不思議と俺の身体に馴染む。


 まるで長いこと戦場を共にしたかのようだ。


 槍はいわゆる十字槍。

 重量と柄の長さは俺が元々持っていた槍と同じで、微量のミスリルを含む頑丈な代物だ。


 まあ、こちらは万が一のための予備なので持って行くだけだが。


 それと大きな円盾を一つ。


 俺の身の丈よりもデカイ槍を二本と大きな円盾を持った全身鎧の男とか、普通に威圧感あるよな。



「それにしても、やたらと広いな」



 本当に広い。広すぎて迷子になりそうだ。


 よくアニメや漫画に登場するお金持ちキャラが住むような屋敷である。



「ここを真っ直ぐ行くと、練兵場でティアナ様の私兵が遠征の準備をしている。そこに行くと良い」


「助かった。礼を言う」


「いや、礼を言われるほどのことではない。……それよりも、気を付けろよ」


「?」



 気を付けろ? 何に?



「ここだけの話だがな、ティアナ様が美少女好きなのは知ってるか?」


「ああ、うむ。俺の仲間、今は雇い主だが、狙われていたな」


「ティアナ様は私兵の多くを自分好みの美少女で固めている。今回、ティアナ様の管理する地に出た魔物を退治するために動くのが、その美少女たちなのだ」


「ふむ?」



 たしかにティアナがそういう軍隊を保有している設定はあった。


 しかし、何に気を付けろと言うのか。


 門番の男が周囲の様子をちらちらと確認して、誰にも聞こえないような小さな声でこっそり耳打ちしてきた。



「連中は男を目の敵にしている。だから、まあ、頑張れ」



 それだけ言い残して、門番は自分の仕事に戻って行った。


 まーた俺の知らない設定だよ。


 どうして細かいところが俺の知らない仕様になってんのか、本気で理由を知りたいんだが。

 いやまあ、それで何か不便があるわけではないから良いんだけどね。


 この世界を作った原作者として、知らないことがあるというのは少し複雑な気持ちになるってだけの話だ。



「……ふむ、ここが練兵場か」



 前世の学生時代、通っていた高校の校庭より広い練兵場だった。


 その練兵場に無数の馬車が並び、やたらと見目の整った美少女美女たちが食料を始めとした様々な物質を搬入している。


 そして、何故か俺に視線が突き刺さる。


 門番が言っていたように、彼女たちが『男を目の敵にしている』からだろうか。



「そこの者、ティアナの奴めが言っておった助っ人か?」


「……む」



 誰かに背後から声をかけられる。


 思わず身震いする程の殺気。いや、凄まじい殺意が込められた剣気。


 俺は振り向くと同時に、背負っていた槍で襲撃者の斬撃を防いだ。



「ほう!! 拙者の剣を防ぐか!!」



 俺が攻撃を防いだことに驚いて目を見開いている黒髪黒目の美女が一人。


 着物の上に長羽織を羽織っており、一目で大陸の人間ではないことが分かった。


 手に握る得物は、元日本人の俺にとってよく知るもの。

 いわゆる日本刀である。


 この女は……。



「……あまり穏やかではないな。一応、今回はティアナ殿からの依頼で来た協力者なのだが」


「私には関係ないな!! 奴は所詮ただの雇い主!! 強者と死合えるならば大した問題ではない!!」


「そ、そうか」



 雇い主が雇い主なら、雇われてる奴も雇われてる奴だな。


 刀使いの女が俺から距離を取った。



「まだ続ける気か? 俺は魔物退治を手伝いに来たのであって、戦闘狂と戦うつもりはないのだが」


「釣れないことを言う。あと拙者は戦闘狂ではない。ただ剣技を極め、剣聖となりたいだけだぞ」


「世間一般では、それを戦闘狂と言うのだ」



 俺はこの女を知っている。


 だってこの女は、シエルの仲間というか、友人になるキャラクターだから。


 彼女の名前は――



「拙者、名をサクナと申す」



 刀を構えたまま、サクナは名を名乗った。


 そして、そのまま刀を上段で構えてこちらに向かってくる。



「出身は東洋国家群!! 武者修行の旅をしている身ではあるが、今はティアナの下で雇われている!! さあ、次は貴殿の名を教えてもらおうか!!」



 サクナの凄まじい剣戟を槍で弾くが、一向に刃を納める気配が無い。


 彼女はバーサーカーだ。


 自分が強くなるために誰彼構わず剣を向ける、ティアナとは別のベクトルのやべー変態だ。


 サクナを止めるには、完膚なきまでに叩き潰さねばならない。

 己が勝つか負けるかするまで、この女は止まらないのだ。


 しかし、ここで問題が一つ。


 俺とサクナの相性は極めて最悪だ。俺の方が圧倒的に不利である。


 何故なら――



「行くぞ!! 食らうが良い、我が銀桜流刀技ぎんおうりゅうとうぎの奥義を!!」


「ぐはっ!?」


「え? ま、まだ、何もしていないぞ?」



 心にダメージが来た。


 そう、こいつは当時の俺がカッコ良いと思って考えた流派と技の名前を言うタイプなのだ。


 やめろよぉ!! 心が痛いよぉ!!


 仕方ないじゃないか。

 このキャラを書いてた時はカッコ良いと思ってたんだよ。



「よ、よく分からんが、行くぞ!!」


「っ」



 心にダメージを負っている場合じゃなかった。



「――桜花銀閃光おうかぎんせんこう!!」


「ぬおっ!?」



 まるで舞い散る桜の花弁の如く、無数の斬撃が銀閃を描いて襲いかかってくる。

 俺は背負っていた大円盾を構えて、その全てを防いだ。


 凄まじい衝撃で腕が痺れてくる。


 俺は足腰、腕や肩の筋肉を上手く使って全ての衝撃を地面に流して耐えた。



「な、なんと!! 拙者の必殺を防ぎ切ったか!!」


「くっ……」


「ならば次は――」


「ぬぅん!!」


「ぎょあ!?」



 まだ攻撃してきそうだったので、大円盾をぶん投げてやった。


 身を守るための盾を投擲してくるとは欠片も思わなかったのか、サクナはもろに食らって吹っ飛んだ。



「ぐぬぬぬ、やりおる。だが、自ら盾を捨てるとは愚の骨頂!! 次はその首を貰お――」


「何をしてるのかしら、サクナちゃん」


「ぴゃっ!?」



 いつの間にか、サクナの背後にティアナがにこやかな笑顔で立っていた。



「ラース様は協力者で、大切な取引先の従業員でもあるわ」


「う、うむ」


「もし貴女の軽率な行動が原因で、私がシエルちゃんに嫌われてしまったらどうするの? 責任は取れるの? たしか貴女の故郷で言うハラキリだったかしら。してもらうわよ?」


「い、いや、それは、その……」


「何か言い訳はあるかしら?」


「……な、無い……」


「無い?」


「無い、です……」



 お、おお、あのサクナが押し黙ったぞ。


 流石はティアナだな。

 説教の途中に本人の願望がかなり混ざってた気もするが。



「よく来てくださいました、ラース様。お怪我はありませんか?」


「……問題は無い」


「それは何よりです。では、そろそろ出発致します」



 こうして俺はティアナの有する私兵団と共にハンデルの街を出た。





――――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイント作者の一言


作者「盾は投げるもの。古事記にもそう書いてある」


ラース「書いてないよ!?」



「ロクなキャラいなくて草」「黒歴史でダメージくらうのはあるある」「ティアナが常識人に見える、だと!?」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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