第16話 悪役騎士団長、主人公の機嫌を損ねる





「まさか前金として金貨100枚を貰うとは……」


「気前が良かったですよね、ティアナさん。魔物を討伐した暁には倍支払うそうですし。まあ、それだけ焦ってるのかも知れないですけど」



 ティアナからの依頼を受けた俺は金貨の詰まった革袋を見ながら、大通りを歩いていた。


 ティアナの商会の主力商品、服飾品のうち、衣服の素材となる綿や絹。

 それらを生産している場所に出た魔物を退治する依頼を受けた。


 出発は明日の早朝だ。


 そこから三日かけて栽培地へ移動し、そのまま魔物討伐に移行するらしい。


 というわけで。

 俺はシエルと共に騎士団の鎧を売った防具屋を訪れていた。



「とにかく頑丈な鎧が欲しい。売ってくれ」


「また突然だな」



 店頭で椅子に座って新聞を眺めていた防具屋の店主が俺たちの方を見る。



「予算はいくらだ?」


「金貨100枚」


「……ふむ。少し待ってろ」



 店主がカウンターの奥にある部屋へ行き、待つこと十数分。


 店主が何かを抱えて戻ってきた。



「これは?」


「昔、うちの弟子が作った代物でな。お前さんにくれてやった兜を作ったのと同じ奴だ」


「……そうか。この兜の……」



 その鎧は不思議な形状だった。


 西洋甲冑と武者甲冑を合わせたような、絶妙なデザインの純白の鎧だ。



「カッコ良いな」


「うちの弟子は東洋国家群に留学していた経験があってな。こっちの鎧と向こうの鎧を組み合わせたらしい」


「……ふむ。かなり質が良い。材質から拘っているのが分かるな」


「ああ、変なところに凝る馬鹿な弟子だったよ」



 ん? だった?



「そのお弟子殿は? 独り立ちしたのか?」


「五年前に『鉱夫共は鉱石の採り方がなっちゃいねー!! オレが直々に採りに行く!!』って息巻いてな。そのまま帰って来なかった。ま、死んだんだろうなぁ」



 お、おうふ、まずいこと聞いちゃったか。



「それは、その、すまない」


「ああ、気にすんな。金貨30枚で売ってやるよ」


「……随分と安くないか?」



 材質や完成度から考えても、金貨50枚は下らないはず。

 ましてや弟子が遺した鎧をここまで安値で譲る理由が分からない。


 すると、店主はどこか寂しそうに言った。



「お前さんなら安心して、こいつを任せられる。いつまでも倉庫に置いてちゃ、鎧にも弟子にも失礼ってもんだろうよ」


「……どうして俺に?」


「前にお前さんが売ってきた鎧を見りゃ分かるさ。あれは傷が多かった。修理した跡もな。お前さんは道具を大事に扱う奴だ」


「それは、嬉しい評価だな」


「ただ、こいつをどこかに売り飛ばしたら金槌で殴り飛ばす」



 それは道理だな。


 支給品の騎士団の鎧と違って、オーダメイド同然の鎧を売るのは俺としても憚られる。



「……承知した。遠慮なく貰おう」


「おう。ただ、サイズがちと合わんな。儂が調整してやる。いつまでに必要なんだ?」


「明日の早朝だ。間に合うか?」


「そりゃあ大変だ。すぐ作業に入らねーとな。明日の朝、取りに来い」


「分かった。ああ、それと一つ」



 店を閉めて作業場に籠もろうとする店主を呼び止める。



「なんだ? まだ何か必要なもんがあるのか?」


「武器屋を探している。おすすめの店は無いだろうか?」


「だったら大通りを横に抜けた路地裏にある赤い看板の武器屋に行くと良い。儂の兄貴がやっとる店なんだ」


「助かる」



 流石は防具屋だな。


 武器屋の場所は把握しているだろうとは思っていたが、聞いて良かったぜ。



「ラースさん、良い鎧はありましたか?」



 防具屋の商品棚を見ていたシエルが、俺と店主の会話が終わったタイミングで声をかけてくる。


 俺はシエルの問いに頷いた。



「うむ。明日には間に合いそうだ」


「それは良かったです」


「シエルは気になる防具でもあったのか? 随分と熱心に見ていたようだが」


「あ、えーと、えへへ。大丈夫です。何となく見てただけなので」



 頬をポリポリと掻きながら、何かを誤魔化すようにシエルが笑った。


 原作のシエルは防具を装備しない。


 強化魔法というサポート特化の魔法使いだ。

 自分の力を自覚するまではポーションを始めとした道具を駆使して戦う。


 だから、動きを阻害する恐れのある防具はあまり好きではないはず。


 見たところ盾や鎧を眺めていたようだが……。


 シエルに装備を集める趣味は無いし、ただ本当に見ていただけかも知れない。


 そうして、俺たちは防具屋を後にした。



「武器屋は……あった。ここだな」



 防具屋を出てから、俺はシエルと共に大通りの路地裏に入った。


 路地裏というと治安が悪いイメージがあるが、ハンデルの街の路地裏はそうでもない。


 その路地裏を進むことしばらく、防具屋の店主が言っていた赤い看板の武器屋を発見した。



「邪魔するぞ」



 店の戸を開けた瞬間、鍛冶に使うであろう金槌が顔面に飛来。


 俺は咄嗟に金槌をキャッチした。



「借金なら近いうちに返すって言っただろうが!! いちいち取り立てに来るんじゃねぇ!! 殺すぞ!! ……って、ありゃ?」



 どうやら俺を借金取りと勘違いしたらしい。


 先に店に入ってきたのが俺だったら良かったものの、もしシエルが先に入店してたらと思うと背筋が寒くなる。



「……借金取りではない」



 俺がそう言うと、金槌を投げたであろう少女がカウンターの中から出てきた。


 真っ赤な髪と瞳が特徴的な小柄な少女だ。


 シエルよりも背が低く、身長は俺の腰くらいの高さしかない。

 にも関わらず、いっそ不釣り合いな程に大きく育った二つの果実を揺らしている。


 シエルがボソッと一言。



「最近知り合う女の人、揃って私よりもおっぱいの大きい人ばかりな気がする……」



 目の瞳孔が開いているというか、死んだ魚のような目で言うシエル。


 言われてみればたしかに。


 ティアナやレイも信じられないくらい大きなものをお持ちだったしなあ。


 で、でもまあ、大丈夫だって。


 原作のイラストを担当してた絵師さんが『大人シエルちゃん』と題して書いたイラストは、ボンキュッボンの美女だったし。


 ……そのイラストがこの世界で適用されるのかまでは分からないが。



「すまん!! 人違いだった!! わはは!!」


「死人が出たらどうする気だったのだ……。む」



 快活に笑って謝罪する少女を見て、俺はあることに気付いた。



「君は、ドワーフか」


「おう!! なんだ、初めて見たのか?」



 ドワーフ。


 もの作りにおいては右に出る者がいない才能を秘めた種族である。

 悠久の時を生きるエルフほどではないが、それなりに長い寿命を持った種族だ。


 原作には面倒見の良いオッサンドワーフが登場しており、何かとシエルが困った時に世話を焼いてくる描写も多くあった。


 しかし、女性のドワーフは初めて見た。


 原作にも登場していないし、ラースとしての人生を振り返っても遭遇した記憶は無い。



「言っとくが、オレは今年で二十五歳だ。お前ら人間の法律では立派な大人!! ガキ扱いしたらぶん殴るからな!!」


「そうか、分かった」



 この見た目で二十五歳なのか。


 合法ロリ巨乳とか、『ロリ巨乳邪道派』と『合法ロリ邪道派』の的になりそうな属性してんなあ。


 というか男のドワーフは決まって樽みたいな体型してるのに、女のドワーフはロリ爆乳ってどういうことよ。


 まあ、今は気にしない方向で行こう。



「店主殿はいるか? 武器を見繕って欲しいのだが」


「ん? ああ、店主はオレだ」


「む、そうだったか。それは失礼した」



 今度は俺が謝罪することになった。



「オレはテッシンだ」


「俺はラースと言う。よろしく頼む」


「おう!! よろしくな、鎧の兄ちゃん。って、あーっ!!」


「な、なんだ?」


「その兜!! オレが作った奴!! まさか買う奴がいるとは……。へへ、鎧の兄ちゃんは見る目があるな!!」


「ふぁ?」



 ちょっと頭が混乱する。


 この鎧は防具屋の店主の弟子が生前に作ったはずの鎧だ。


 それをテッシンが作ったって、どゆこと?


 というかそもそも、この店の店主は防具屋の兄なのでは?



「この鎧を、貴殿が? これは大通りにある防具屋の店主の弟子が作ったと聞いたのだが……」


「なんだよ、あんたら師匠の紹介か? だったらそう言いなよ!! 多少はサービスしてやるぜ!!」


「いや、その、この鎧を作った弟子は五年前に鉱山に行ったまま帰らなかったと聞いたのだが」


「ああ、それ師匠の嘘だわ」


「嘘!?」



 思わず声が裏返る。



「うちの師匠、そうやって人をからかって楽しむのが趣味なんだよ」


「なんて悪趣味な……」


「ま、ジジイなりの余生の楽しみ方だろうから、適当に聞き流しといてくれや。で、武器を見繕って欲しい、だったか?」


「あ、う、うむ」



 まだ防具屋の店主との、人を感動させそうな話の流れが忘れられなくて頭が混乱している。


 いや、いい。今は忘れよう。



「この槍と同じ重量と長さの槍が欲しい。より頑丈であれば嬉しいのだが」


「おま!? これ宝具じゃねーか!?」


「ああ、そうだ」



 テッシンが俺の槍を見て目を剥く。


 宝具というのは、ダンジョンから産出した現在の技術では模倣も製造も不可能なものの総称だ。



「ラースさんの槍って、宝具だったんですか!?」


「ああ。俺の実家、デウラギール伯爵家の祖先がダンジョンから持ち帰った代物でな。もっとも、大昔に壊れていて、本来の機能は使えず、今やただ頑丈なだけの代物だ」


「そ、それでも凄いですよ!? 私、宝具なんて初めて見ました!!」



 シエルがキラキラと目を輝かせて言う。



「うーん、宝具の槍と同じ強度の槍、か。それは流石に無いな」


「頑丈さは二の次でいい。同じ重量と長さであれば文句は言わん」


「んー、ちょっと待ってな」



 テッシンが店の奥に行ってしまった。


 その後ろ姿を見ていると、あの防具屋の店主と似たような雰囲気を感じた。


 どうやら彼の弟子というのは本当らしい。


 と、その時。

 不意にシエルが俺の顔を見ながら、少し口を尖らせて言った。



「ラースさん、テッシンさんを熱心に見てどうしたんですか?」


「ああ、いや。動きの端々に防具屋の店主と同じものを感じてな。師弟でここまで似るものなのかと」


「……そうですか。ふふっ」



 何故か機嫌が良くなるシエル。



「またレイさんやティアナさんの時みたいにエッチな目で見てるのかと思いました。ラースさんって、あれくらい胸の大きい女性が好きみたいですし」


「べ、別にそういう目で見ているわけでは……。俺は大人っぽい女性が好みなんだ」



 大きなおっぱいも好きだが、流石にあそこまで幼さのある外見では興奮するものもしない。


 いや、テッシンも可愛いとは思うが。


 せめてもう少し身長があったなら、あの歩く度に揺れる大きなものを目で追っていたかも知れないな。



「……ふーん、そうですか」


「む、シエル? どうして急に不機嫌になるのだ?」


「別に何でもないですよーだ」


「そ、そう、か?」


「ふんっ」



 やっぱりなんか怒ってる!? なんで!?



「おう、あったぞー!! って、お前ら何してんだ?」


「ラースさんが悪いんです。もう知りません」



 機嫌を損ねてしまったシエルにあたふたする俺を見て、テッシンが何かを察した様子。



「鎧の兄ちゃんが悪いな、それだけは分かる」


「だからなんで!?」



 本当になんでなの!?









 こうしてその日は終わり、翌日がやって来た。


 ティアナからの依頼をこなすため、俺は集合場所であるティアナの屋敷に向かう。


 シエルともふ丸はお留守番だ。


 魔物退治は危険だからな、うちの子に万が一があってはならない。


 そう、思っていたのだが……。


 まさかシエルがこっそり付いてくるなんて、この時の俺は想像もしなかった。





――――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイント作者の一言


作者「ラース、お前が悪い」


ラース「だからなんで!?」



「防具屋の店主、感動を返せ」「シエルちゃんが正しい」「ラースが悪い」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る