第15話 悪役騎士団長、殺気を感じる





 クロックから勇者パーティーの現状を聞いて、俺は一言。



「それは解散したというか、貴殿が解散させたのでは?」


「そうとも言いますねー」



 シエルから購入したポーションを受け取ったクロックが、肩を竦めて言う。


 当然ながら、この展開は知らない。


 ラースというキャラが一人、勇者パーティーから抜けた程度でそこまで物語が変わってしまうものなのか。


 まあ、どのみち勇者パーティーでは魔王を倒すことができないのだ。


 無駄に死人が出ないと考えれば良いか。



「で、今は勇者様が死の山脈の麓付近でひたすら戦っていて、怪我ばかりしてんですよー」


「なるほど。だからポーションを買いに来たのか」


「ですねー。ただまあ、一応ラースの旦那には話しておいた方が良いかと思いましてー」



 ……ふむ。



「わざわざご苦労なことだ。しかし、俺は勇者パーティーを辞めた。報告は要らん」


「まあまあ、そう言わずにー」



 分からないのが、クロックが俺に対して好意的なところだ。


 たしかに原作だとラースとクロックは同じパーティーの苦労人として絡みがあるが、今の俺とクロックはほぼ初対面同士である。


 正直、不気味だった。


 いやまあ、この際クロックが何を考えているのかはどうでも良い。


 問題は……。



「勇者アレンが操られている可能性、か」



 何その設定!? 俺、知らないんだけど!?


 ネット小説で『実は洗脳されて主人公に酷いことを〜』という展開はやっちゃいけない。


 だって読者が納得しないから!!


 追放系の話は『ざまあ』で溜まりに溜まった鬱憤をスカッとさせるのが必須だ。


 だから主人公を追放した相手には相応の報いが必要になる。

 相手にも仕方がない事情があったとか、そういうのは要らない。


 読者が求めるのは勧善懲悪の物語。


 主人公に酷いことをした相手が酷い死に様を晒すことこそ、追放系ライトノベルの王道テンプレだろう。


 だから知らなかった。


 まさか勇者アレンが思考の誘導、あるいは洗脳されてる可能性があるとは。


 というか、作者が考えてすらいない設定で世界観を補強しないでよ!!

 いや、元はと言えばそこら辺を考えてない俺が悪いかも知れないんだけどさ!!



「……ふむ」



 しかし、分かったこともある。


 この世界は俺が書いた作品を基本的には忠実に再現しているらしい。


 ただ一点。


 俺が細かく描写していない部分は『何らかの力』が働いて矛盾が生じないように都合良く考えられている。


 それがこの世界の特性なのか、あるいは神のような超常の存在が調整しているのかも知れない。

 仮にそういう存在がいるのだとしたら、敢えて言いたい。


 お疲れ様です。


 俺が細かい描写を書く技量が無かったせいで仕事を増やしてしまって申し訳ない。


 とでも言うと思ったか!!


 俺がこの世界を謳歌するために今後とも調整よろしくね!!



「では自分はこれで失礼しますー」


「……ああ。またポーションを買いに来ると良い」



 変なことを考えているうちにクロックがもふもふ亭を出て行った。


 そして、クロックとほぼ入れ替わりで顔見知りがもふもふ亭に入ってくる。


 シエルがその人物を見て顔を歪めた。



「私の天使ぃ!! シエルちゃん!! お姉さんが遊びに来たわよー!!」


「いらっしゃいませ、ティアナさん」



 もふもふ亭の出資者、ハンデルの街を統べる七つの大商会の一つ、ドレスライン商会の商会長ティアナである。



「ところであの話は考えてくれたかしら?」


「あの話?」


「あら、ラース様。貴方も聞いていたでしょう? シエルちゃんを私の養女にするというお話ですわ。私、割と本気で言ってますのよ?」


「ああ、あれは本気だったのか」



 ティアナの申し出に対し、シエルは短く一言。



「丁重にお断りします」


「あはんっ、強情なところも天使ねっ!! ……理由を聞いても良いかしら?」


「私のお母さんは、お母さんだけですから」



 シエルがどこか寂しそうに笑いながら言う。


 勇者パーティーに入ってから、シエルは三年近く家族に会っていない。


 手紙で近況報告はしてるようだが、やはり故郷が恋しいのだろう。


 俯くシエルからは郷愁が感じられた。


 ……ふむ。

 もふもふ亭の経営が軌道に乗ったらシエルの里帰りを手伝っても良いかもな。


 ティアナがシエルの返答に溜め息を零す。



「そう、残念。はあ、シエルちゃんみたいな可愛い子を娘に持つお母様が羨ましいわぁ。私もそろそろ結婚を考えようかしら?」


「ティアナさんなら貰い手が多そうですね」


「そう思う? まあ、私って顔は整ってるし、おっぱいも大きいし、性格も良いから求婚してくる男は山程いるけどね」



 性格はただの変態だろ。



「性格はただの変態では?」


「あはんっ、シエルちゃんのそういう辛辣なところも天使ねっ!!」



 ティアナが俺の心を代弁したシエルに抱き着こうとしたので、全力で止める。



「……でも、そういう男に限ってロクでもないのよねぇ。私の財産とか目当てだったりして」


「この話題、続けるのか?」


「ほら、女ってやっぱり自分には無いものを持ってる男に惹かれるじゃない? 持論だけどね。どうせなら私よりも何かが優れた男が理想ね」


「ここまでガン無視されるのは傷つくぞ」


「あら、ラース様ったら。それなら私が元気づけて差し上げしょうか?」



 そう言うと、不意にティアナがセクシーポーズを取った。


 前屈みになって、谷間を見せつけてくる。



「な、何を――」


「言ったじゃない。私は自分に無いものを持っている人に惹かれちゃうの。例えば、とーっても腕っぷしが強かったり、ね?」


「そ、そういう冗談は良くないぞ!!」



 妖艶に微笑むティアナ。


 童貞には刺激が強すぎるその誘惑に、俺は激しく動揺してしまう。


 その瞬間、凄まじい殺気を感じた。


 まるで死神の大鎌の刃を首に当てられているような感覚だ。

 背中に冷たいものを感じ、俺は咄嗟に殺気を放つ少女の方に振り向いた。



「ラースさん、どうかしましたか?」



 殺気を放っていたと思わしきシエルはニコニコ笑顔だった。


 俺の気のせいだったのだろうか。



「い、いや、何でもない。……コホン。ティアナ殿、そういう冗談はやめていただきたい」


「半分は冗談ではないのだけれどね。じゃあ、色仕掛けが失敗したわけだし、当初の予定通りに権力を笠に着て断れない依頼をしようかしら」


「……依頼?」



 ティアナが途端に商人の顔を見せる。



「実はね、ラース様に私の保有する私兵団と連携して魔物の群れを退治して欲しいの」


「魔物の群れの退治だと?」



 厄介事のような匂いがする。


 というか、時期的に考えてティアナがしていることに心当たりがある。


 やだなあ。凄く嫌な心当たりだ。



「私のドレスライン商会が服飾を主軸に商売してることは知っているわよね?」


「ああ、もちろん」


「服を作るには布が要る。布を作るには、綿や絹が要る」


「……ふむ。察するに、貴殿の有する綿や絹の生産地に魔物でも出たのか」


「正解。流石ね」



 そりゃあ知ってますもの。



「もう犠牲が出ているわ。もし、この依頼を引き受けてくれるのであれば相応のお礼をします。何なら、シエルちゃんに出資したお金の返済期限を無期限にしても良いわ」


「……それはまた、大盤振る舞いだな」


「でしょう?」


「もし、断ったら?」


「最初に言ったじゃない。権力を笠に着て断れない依頼をする、って。シエルちゃんに出資した金貨1000枚を即日返してもらいます」



 つまり、断ったら店を潰すってことか。



「……大人しく従うとでも?」


「強がっても無駄よ。貴方はシエルちゃんを出汁にすれば、何でもするでしょう?」


「……否定はしないな」



 面倒だ。


 ここで俺がティアナの依頼を断ったら、シエルの店を潰すことになる。


 それだけは絶対に避けたい。


 どうしたものかと考えを巡らせていると、ティアナが驚きの行動に出た。



「お願いします、ラース様」



 あろうことか、ティアナが土下座したのだ。


 まるで物乞いのように額を地面に擦り付けている。


 ハンデルを統べる大商会の一つ、ドレスライン商会の商会長が、だ。



「……何を……いや、何故そこまでする?」


「栽培地を失えば、私の商会で働く多くの者が露頭に迷います。商会を束ねる者として、それだけは絶対に許容できない。ですので、どうかこの通り」


「……俺が役に立てるとは、思えないが」


「ご冗談を。アズル王国最強の騎士がいれば、戦局が変わりますとも」


「……」


「今回のような強引な真似は、二度としないと誓います。契約書にサインしても構いません」



 信頼を第一とする商人にとって、契約書にサインをすることは絶対の約束だ。


 ティアナが破ることは無いだろう。



「……シエルの判断を仰ぎたい」


「私ですか?」


「俺の雇い主はシエルだからな。用心棒が勝手に余所で働くのは良くないだろう?」


「……そうですね……」



 シエルは考え込むような仕草を見せた後、少し悪戯っぽく笑った。



「今後も私のもふもふ亭を贔屓にして下さるなら、もふもふ亭最強の用心棒を貸してあげても良いですよ?」


「……っ」



 原作で荒んでいた時すら、必死に助けを求める人は見捨てられない少女だったのだ。


 心優しい少女のままのシエルがティアナの頼みを断れるはずもない。


 ティアナが顔を上げて、いつもの調子を取り戻す。



「ああ、シエルちゃんは本ッ当に天使ねっ!! 冗談抜きでうちの子に――」


「それは本気でお断りします」



 やっぱりティアナはこうでなくてはな、うむ。






――――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイント裏側


レイ「はわわ、なんか綺麗なお姉さんがラースくんに土下座してる!?」


もふ丸「わふっ、おふっ(わいらの出番あらへんの納得できませんわ)」



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