偽の勇者side 暗殺者は考察する




 時を遡ること三日前。


 勇者アレンは暗い部屋の中で唯一人、静かに苦悩していた。



「僕は、勇者だ……。でも勇者って、なんなんだ」



 生まれて初めて抱いた、自分の存在意義。


 アレンは生まれた時から勇者であることが義務付けられていた。


 アズル王国お抱えの預言者が死ぬ直前、『古き王家の血筋に連なる若き者こそ、魔王を討つ真の勇者なり』という予言を遺したのだ。


 これを聞いたアレンの母は歓喜した。


 予言にある『古き王家の血筋』は古来よりアズル王国を治めるアズルライト王家のことだと誰もが思った。


 そして、アレンの母はアレンを勇者にするため、異母兄を毒殺した。


 その異母兄が唯一の障害、アレンと同様にアズル王家の血筋に連なる若き者だったからに他ならない。



「兄さん、僕は、僕は勇者ですよね……?」



 アレンとアレンの異母兄の兄弟仲は、表向きは最悪だった。


 仲が良いはずなどない。


 正室でありながらアレンを出産したアレンの母と、側室がアレンの母よりも早く出産した異母兄。


 正統な王位継承権は正室の子であるアレンにあったが、生まれた順番で考えるならアレンの異母兄にあるからだ。


 それが表向きの話。


 実際の兄弟仲はそれほど悪くなかった。面倒見の良い兄と、甘えん坊な弟。


 二人の仲は普通の家庭の兄弟と同じだった。



「兄さん、僕は、兄さんのためにも、勇者でいなくちゃいけないんだ。教えてくれ、兄さん。僕は今、勇者なのか?」



 アレンは今でも鮮明に覚えている。


 幼いアレンの目の前で、毒を呷って苦しむ異母兄の姿を。


 そして、その異母兄を見て笑っている母の顔を。



「そうだ、僕は証明したいんだ。兄さんの死は無駄じゃなかったと。勇者になったのが僕で良かったと兄さんに証明しないと。じゃないと、僕は……」


「……」



 一人でぶつぶつと呟くアレンを、近くで見守る影が一つ。


 暗殺者クロックだった。


 クロックは物凄く何かを言いたそうな顔をして、心の中で叫ぶ。



(なんで精神崩壊しかけてんの!?)



 暗殺者たるクロックは、常に冷静であれと己に言い聞かせている。


 そのクロックですら流石に状況を飲み込めないでいた。



(……それにしても、こんな状態の勇者様を放っておいて賢者と聖女は呑気にショッピングとか、仲間としてどうなんだ?)



 クロックの考える通り、賢者ドロテアと聖女マリアは今、アレンの近くにいない。


 ラースとの一件以来、ストレスを解消するため、ハンデルの街で毎日のようにショッピングに耽っているのだ。


 クロックは不快感を覚える。



(賢者も聖女もダメだな。奴らのために働く価値はない。だが、この勇者はまだ見限るには早い)



 クロックはずっと違和感があった。


 それは、勇者アレンという男があまりにも無知蒙昧であるからだ。



(王子としてそれなりの教育を受けている者が、シエルという少女の利用価値に気付かないわけがない)



 仕事をするに当たり、クロックは勇者パーティー全員の情報を集めていた。


 当然、ラースやシエルについても調べた。



(勇者様は良くも悪くも平凡な少年だった。剣も魔法もそこそこ。政治に関しては些か不安は残るものの、問題の無い範囲。しかし、彼は人の本質を見抜く目だけはあった)



 勇者アレン改め、王子アレンは統治者としては微妙だった。


 武勇も智慧も良いとは言えない。


 しかし、幼い頃に慕っていた異母兄を敬愛する母が毒殺して以来、アレンは人の顔色を見て生きるようになった。


 その結果としてアレンは、相手の本質を見抜く目を養うことができてしまった。



(その勇者様なら、シエルという人材が戦闘力は無くとも有能であることは認めていたはずだ。賢者がシエルの嬢ちゃんを追放して森に置いていくと言い始めたら止めないはずがない。仮に追放を容認したとしても、森に捨て置けるはずがない。それくらいの人情と常識はあるはずだ)



 しかし、アレンがシエルの追放に異を唱えることはなかった。


 考えられる可能性はいくつかある。


 まずは勇者がクロックの想像している以上の大馬鹿である可能性。


 あるいは――



(そうなるように思考を誘導されている可能性)



 容疑者を絞るのは簡単だ。


 アレンがおかしくなり始めた時期から行動を共にしている者である。



(ラースの旦那とシエル嬢ちゃんは容疑者から外していい。この二人はもう勇者パーティーを辞めてるからな。残りの容疑者は二人)



 賢者ドロテアと聖女マリアだ。


 有力な容疑者は多彩な魔法を扱う賢者ドロテアだろう。

 人の思考を誘導・洗脳する魔法を使っていたとしても何ら不思議ではない。



(でも、賢者ドロテアはそんな小細工をするような人間じゃない。馬鹿だから。まあ、、勇者様は賢者に心を許したわけだが……)



 賢者ドロテアは誰にでも噛みつく狂犬のような人間だ。


 思ったことをすぐ声に出す馬鹿である。



(賢者には裏表が一切無い。まあ、人格的に問題はあると思うが)



 当然、賢者ドロテアの言動が全て演技だったなら、その限りではない。


 白に近いグレーといったところか。



(となると一番怪しいのは――)



 いつも賢者のすぐ後ろでへらへら笑っている顔だけは良い女。


 聖女マリアだ。



(しかし、動機が全く分からん。勇者の思考を誘導したとして聖女に何のメリットがある? 分からない)



 分からないが、この賢者と聖女をアレンから引き離した方が良いとクロックは判断した。


 今の半錯乱状態のアレンならば、クロックでも突け入る隙はある。



「あー、勇者様。ちょっと良いですかー?」


「クロック……? いつからそこに……?」


「ずっといましたよー。それより勇者様、少し修行しませんか?」


「……修行……」


「ええ。仲間たちから一時的に離れて、単独でも死の山脈を超えられるくらいにご自身を鍛え直しましょー。魔王を倒すためにー」


「……そう、だね。魔王を倒すには、強くならなくちゃ。勇者でいるためには、強くなきゃ……。ドロテアとマリアに話して――」


「自分が伝えておきますよー。ほら早く、修行に行きましょー」



 それからクロックは勇者アレンを連れてハンデルの街を出た。


 勇者アレンの筆跡を真似て「しばらくクロックと修行に行ってくる。ドロテアとマリアはハンデルで待っていて欲しい」という旨の書き置きを残して。


 しかし、クロックは今後アレンの思考能力が正常に戻るまでドロテアやマリアに会わせるつもりはなかった。


 こうして、勇者パーティーは実質的に解散したのである。





――――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイントアレンの異母兄

実はラースとアレンの異母兄は友人だった。


「勇者が精神崩壊してて草ァ!!」「いきなり勇者の過去が激重で草」「洗脳されてたパターンか?」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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