第13話 悪役騎士団長、大きいものを見る





 朝。


 十分な睡眠を摂ったはずなのに、何故か重たい瞼を手で軽く擦った。


 ベッドから這い出て、寝癖を直すために壁がけの鏡の前に立つ。



「……ふむ。やはり、何とも言えないな」



 鏡で自分の顔を見る度に思う。


 原作において、ラースが素顔を見せることはなかった。


 だからラースの素顔は、作者である俺すら全く知らない。

 実は兜の下にはイケメンフェイスが、みたいなベタな設定も練っていなかったしな。


 だから最初に素顔を見た時、自分でも緊張した。


 ラースとしての記憶を振り返っても自分の顔を確認したことは無かったし。


 なんて考えながら、改めて自分の顔を見る。



「カッコ良くはあるし、端整な顔立ちでもあるが……パッとしないな」



 醜男ではないのだ。


 ただただ武骨というか、キラキラしたようなイケメンではない。


 強そうな感じがする灰色の髪の青年だ。



「まあ、この顔ならシエルに見せても……。いや、無性に恥ずかしいな。やめておこう」



 シエルに顔を見せることを想像したら、俺の中のラースが嫌がった。


 意外とシャイな性格だったのかも知れない。



「……よし、準備完了」


「おはようございます、ラースくん」


「む」



 テーブルに置いておいた兜を被った、ちょうどそのタイミングでレイが姿を見せる。



「壁から顔だけ出すのはやめてもらえないだろうか。流石に驚く」


「あはは、すみません」



 彼女の名はレイ、エルダーレイスのレイ。


 生前に非業の死を遂げ、魔物と成り果てた彼女は現在、悪霊からポーション専門店〝もふもふ亭〟の店員にジョブチェンジした。


 レイは物質と非物質の中間、半物質の魔物なので壁や床を透過できる。


 壁から頭だけ出てると流石にビビるのだ。


 もふ丸なんてビビり過ぎてしばらく裏庭の小屋に引き込もってしまった程だ。



「それより、何かあったのか?」


「いえ、朝食の用意ができましたので、そのお知らせに」


「そうか。すまない、助かる」



 自室を出てリビングに向かう。


 そこには四人用の大きなテーブルと椅子が四つあり、その一つにシエルが座って待ったいた。



「あ、おはようございます、ラースさん」


「おはよう、シエル。昨日は随分と遅くまで起きていたようだが……」


「えへへ、集中し過ぎちゃいまして。ポーションをお店を開くまでにポーションの在庫は増やしておきたいなって」


「あまり無理はするなよ」


「大丈夫です!! レイさんも手伝ってくれてますし!!」



 そうそう、レイにはポーション作りのノウハウがあった。


 かつて道具屋をやっていた彼女は、商売の傍らでポーションを自作するのが趣味だったとか。


 お陰でシエルの作業効率が上がった。

 一日に大体、80〜100本程度は作れているらしい。



「それに、商品の幅も広がりましたから!!」


「驚きましたよ。私が生前に感覚で作ってたいくつかのポーションを解析してレシピにしちゃうなんて」



 シエルが満面の笑みで言い、レイが唇を尖らせながらも苦笑する。


 レイは治癒のポーションの他にも、衝撃を与えると爆発するポーションや体内に入ると全身が麻痺するポーションを作っていたらしい。


 それらをシエルが解析、レシピを作って量産を可能にした。


 使い所を選ぶ必要はあるだろうが、戦いに身を置く冒険者からすると、万が一の時に役立ちそうなものばかりだ。


 多分、売れるだろう。



「薬草園の方はどうだ?」


「そっちは……えへへ」



 シエルが視線を逸らして笑顔で誤魔化す。


 店の裏手にある庭は今、薬草を生産するための薬草園になっている。


 と言っても、まだ薬草の栽培には成功していない。


 森から根っこごと持ってきたものを植えて数を増やせないか試しているみたいだが、成果の方は芳しくない。


 植え直した翌日には枯れているのだ。



「いくら何でも枯れるのが早すぎるので、薬草が育つには多分何かの条件があると思うんです。水か、土か、あるいは温度か……」


「気長にやるしかない、ということか」


「はい……」


「まあ、裏庭で薬草の栽培ができるようになるまでは俺が森から採ってこよう」


「ありがとうございます。あ、でも冒険者ギルドに薬草採取のクエストを張り出すことも考えていますから、無理しないで大丈夫ですよ」


「む、そうか」



 冒険者ギルド。


 荒くれ同然の冒険者たちを統括し、住民や国からの依頼を斡旋する組織だ。



「ふむ。しかし、そうなると薬草の品質が安定しないぞ。冒険者は粗野な者が多い。薬草を千切って持ってくる輩もいる」


「そこなんですよねぇ。一応、質によっては報酬の追加も検討しようかなと思ってるんですが」


「なるほど。ただそうなると、いちゃもんを付けてきそうな連中が出てくるかも知れないな。俺の出番が増えそうだ」



 まあ、用心棒なんて仕事が働かない方が平和で良いとは思うのだが。



「皆さーん? そろそろお仕事の話は止めて、朝ご飯にしませんか? 冷めちゃいます……」


「む、すまない」


「あ、ごめんなさい!!」



 俺とシエルが謝罪すると、レイが笑顔になって指をくいっと動かした。


 すると、朝食を乗せたお皿がふよふよと宙を舞ってテーブルに並べられる。


 レイのポルターガイストである。


 驚いたのは、これらの食事を全てレイが用意したことだろう。

 ポルターガイストで調理器具を器用に動かし、朝食を作ったのだ。


 更に驚愕したのが……。



「とても美味しいです!!」


「うむ、同感だ」



 レイの作るご飯はめっちゃ美味しい。


 シエルの作る料理も美味しいが、こっちも美味しいのだ。


 今日の朝食はベーコンエッグと野菜のスープ、それからトーストだな。


 ベーコンエッグの卵は半熟とろとろで、絶妙な塩加減が良い。

 ベーコンはカリカリに焼けていて、噛むと脂の旨味が一気に押し寄せてくる。


 野菜スープはじっくりと煮込んだのか、野菜を舌に乗せた瞬間、溶けるように胃の中に収まってしまった。


 はちみつを塗ったトーストは甘く、表面はサクサクで、中のもっちりとした食感が極上だ。



「そ、そんなに褒めるほどですか? 自分じゃ食べられないから分からないんですけど……」


「プロ並みです!!」


「うむ」



 最初はエルダーレイスが一緒に暮らすということで警戒していたが、どうでも良くなってしまう程には美味しい。



「わふっ!!」


「もふ丸も美味しいって言ってます!!」



 もふ丸に関してレイの作ったオリジナルドッグフードだ。


 干し肉をほぐしたものに微塵切りにした野菜を混ぜて、程よく塩を振った、俺から見ても美味しそうなものである。


 実際に食べてみたら意外と美味しかった。


 もふ丸も最初はレイを怖がって警戒していたが、今はもうすっかり懐いている。



「その、よ、喜んでいただけたなら良かったです」



 レイは元々穏やかな性格なのだろう。


 俺たちの感想を聞いて、少し恥ずかしそうにしながらも微笑む。

 この女がかつて人を呪い殺した悪霊だとは思えないな。


 まあ、それくらい自分を裏切った連中を許せなかったのだろうが。


 何より……。



「えっと、ラースくん? 私の方を見て、どうかしましたか? まさか、またあの物理除霊するつもりじゃ……」


「……いや、何でもない。物理除霊はしないから安心して欲しい」



 普通に美人なのだ。


 シエルが超絶美少女で忘れそうになるが、レイもかなり見た目が整っている。


 あとおっぱいがクソデカイ。


 料理が美味しく、自分のお店も持っていて、爆乳で容姿も整っており、性格は穏やかで気立てが良い。


 どうしてレイが付き合ってた男は彼女を捨てたのか全く理解できないな。


 彼女を『地味だから』と捨てられる程、レイの生前の友人とやらが彼女以上に可愛かったのだろうか。


 シエルにばぶ味を感じてオギャっていたのが信じられないくらい、今のレイからはお姉さん味を感じるし。



「ラースさん? どこ見てるんですか?」



 シエルから殺気を感じた。


 レイのおっぱいを見てた視線を気取られたのだろうか。


 それにしても、シエルの笑顔が怖い。


 顔は笑っているのに目が笑っていないというか、瞳孔が完全に開いているのだ。



「っ、い、いや、別に」



 俺はレイのおっぱいから視線を逸らし、必死に誤魔化す。


 仕方ないじゃん。俺だって男なのだ。大きいものが好きなのだ。


 すると、シエルが自分の胸に手を当ててボソッと何かを呟く。



「……私だって、年の割には結構大きいのに……」


「ん? すまない、シエル。よく聞こえなかった。もう一度言ってくれ」


「……何でもありません!! 早く食べて、お店の準備しますよ!! 明日から営業なんですから!!」


「む、そ、そうか」



 それから最後の開店準備を済ませ、俺たちは翌日を迎えた。





――――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイントレイ設定

悪霊モードの時は貞◯のイメージ。



「ラースの素顔を見たシエルの反応が気になる」「レイが早速馴染んでて草」「朝ご飯美味しそう」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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