第11話 悪役騎士団長、断れない
「ここが私のお店……。な、なんだか、変な気分です!!」
シエルが大通り沿いにある建物の前に立ち、感動で身体を震わせている。
数日前、シエルはティアナからの出資を受けて大金をゲットした。
その金を使って以前から狙っていた訳あり物件を購入。
人の往来が激しい大通り沿いなら金貨800枚は下らないが、ここは諸事情で金貨500枚というお値段だ。
というのも、この建物には幽霊が出るらしい。
俺もシエルもそういうのはあまり気にならないタイプだったので、遠慮なく買った。
まあ、怖がってる奴もいるが……。
「くぅん、くぅん……」
「もー。大丈夫だよ、もふ丸。幽霊なんて怖くない怖くない」
「あぅん」
もふ丸が凄く怖がっている。
なまじ人並みの知能があるからか、幽霊という存在が怖いのだろう。
もふもふの尻尾を股に挟んでぷるぷると震えており、シエルがもふ丸を優しくナデナデする姿は無性に可愛かった。
しかし、このままでは今後ここでの生活がもふ丸にとって辛いものになってしまうだろう。
仕方ないので安心させる。
「もふ丸、良いことを教えてやろう。幽霊は物理的に倒せるぞ」
「わふ?」
「え?」
「簡単だ。見つけたら全力でタックルすると良い。騎士団に入団したばかりの頃、俺はそうやって墓地に出たレイスを討伐したことがある」
噂の幽霊とやらは、結局のところアンデッド系の魔物だろう。
前の住人が非業の死を遂げたとか、未練を残して亡くなったとか、人の魂は極稀に地上に残ることがある。
その魂を長いこと放置すると、次第に自然の魔力を帯びてレイスやゴーストのような、物理攻撃の効きにくい半実体化したアンデッドになるってわけだ。
そういうアンデッドは霧っぽくて、斬撃には強いのだが、周囲をまとめて吹き飛ばすような攻撃にはとことん弱い。
水蒸気を想像すると分かりやすいだろう。
うちわで水蒸気を仰げば吹き飛ぶが、剣で水蒸気を斬ることはできない。
だから俺はタックルをした。
最初の一撃では倒すことができず、翌日また出現したのでタックル。
姿を見せたらタックル。
そうしてるうちにアンデッドたちは心を折られて天に還る。
「大切なのは、姿を見せた瞬間にタックルすることだ。トラウマを植え付けることで、連中は未練を捨てて成仏する」
「わふ!!」
「ラースさん、それは流石に幽霊さんが可哀想なんじゃ……。いえ、何でもないです」
シエルが批難がましく俺を見てくるが、元気を取り戻したもふ丸を見て黙った。
それにしても……。
「幽霊、か」
原作でシエルが店として買った物件に幽霊が出るという噂は無かった。
つまり、この建物を買うことそのものが本来の物語と違っている。
俺がいることでシエルとティアナの出会う時期が早まったからだろうか。
まあ、今更気にしても仕方ない。
「シエル、鍵を開けると良い。こういうのは購入者の特権だ」
「は、はい!!」
シエルが建物の戸の前に立ち、不動産屋から受け取った鍵を鍵穴に刺す。
そして、ゆっくりと扉を開いた。
シエルは初めての大きな買い物に目をキラキラと輝かせて言う。
「ひ、広いです!! それに意外と綺麗です!!」
「定期的に修繕していたらしいからな。元々は道具屋だったそうだし、構造も店舗に向いている」
シエルが購入した物件は二階建てだ。
一階は玄関口を開いてすぐにカウンターがあり、奥の部屋に広い作業場があった。
その広い作業場から二階に上がる階段ができるようで、階段を上がった先には四つの部屋がある。
四つある部屋の内、一つはリビングで、残りの三つは個人部屋だ。
シャワーとトイレは別で、どちらも二階のみ。シャワールームの湯船は俺ともふ丸が一緒に入っても大丈夫そうなほど広かった。
前の住人がお風呂好きだったのだろうか。
「ラースさんはどの部屋にしますか?」
「……む? 待て、俺も住むのか?」
「え? 住まないんですか?」
初耳の話に驚愕する。
「俺は近場の安宿を借りて毎日ここに通勤するつもりだったのだが」
「え、あ、そっか。で、でもほら、どうせならラースさんも一緒に住んでた方が私も安心できますし……。ダメ、ですか?」
そんな上目遣いで聞かれたら断れるわけないでしょうが!!
しかし、困ったな。
いくら何でも女の子と一つ屋根の下というのは流石にまずいと思う。
「やっぱり、ラースさんは私なんかと一緒に住むのは嫌、ですよね……」
「そういうわけではない。分かった。遠慮なく住まわせてもらおう」
少し泣きそうになっているシエルの表情に俺は屈してしまった。
仕方ないじゃん、可愛いんだから。
まあ、近場の宿を借りるより、同じ屋根の下にいる方が彼女を守りやすくなるだろう。何もまずいことだけではあるまい。
うむ、良しとしよう。
「えへへ。私、嬉しいです!!」
シエルがぱあっと笑顔になって、もふ丸と一階に降りて行った。
ちくしょう、仕草がいちいち可愛いな。
今のシエルはティアナと対談した時のようにおめかししているわけではない。
しかし、シエルの見せた笑顔はあの時と同等の可愛らしさがあった。
「ラースさん!! ラースさん!!」
一階からシエルの声が聞こえて、俺は二階から一階に降りた。
一階にいたシエルは更に目を輝かせていた。
「どうした?」
「下見の時は気付かなかったんですけど、裏手に庭があります!! しかも結構広いです!!」
「む、本当だな。しかし、随分と荒れている……」
さては不動産屋め。庭は荒れているからわざと見せなかったな。
「これならお庭で薬草園を作れそうです!!」
「……まあ、シエルが嬉しいなら良いか」
「わふっ!!」
「む、どうしたもふ丸?」
もふ丸が裏庭に飛び出した。
そして、荒れ果てた庭の端の方をぐるぐると周ってペタンと腰を座る。
「もふ丸、そこが気に入ったの?」
「わふ!!」
「ふむ。なら、もふ丸のサイズに合わせた犬小屋を作ってやらねばな」
自慢じゃないが、DIYには自信がある。
前世で姉の趣味に付き合わされて色々と作ったからな。
まあ、姉は三日で飽きていたが、凝り性な俺は一時期もの作りにハマっていた。
アズル王国騎士団では魔物の被害に遭って半壊した村の建物を修理したりしたし、もふ丸の犬小屋くらい何とかなるだろう。
本職の大工には及ばないだろうが、それなりのものは作れるはず。
あとで材料を買いに行かないと。
「ところでシエル、店の名前は決めたのか?」
シエルはここでポーション専門店を経営することになる。
こういう時、名前は大切だ。
怪しい名前にすると人が来ないし、かと言って普通の名前だと数ある店舗に埋もれてしまう。
すでにシエルとシエルのポーションについて知っている冒険者は如何に酷い店名でも来てくれるかも知れないが……。
新しい客の獲得という意味では、店名以上に大切なものは無い。
「……えへへ」
「……考えていなかったのか」
俺を見て困ったように笑うシエル。
まあ、原作のシエルも店を開く直前まで店名は考えていなかったしなあ。
そういうところは変わらないらしい。
「というわけで、皆さんの意見をお聞きします」
「わふっ!!」
「はい、もふ丸」
「わぅん、おふっ!!」
「『もふもふと愉快な飼い主たち』ね。良いと思う。でも長くて覚えにくいかなあ」
良い、かなあ?
「ラースさん!!」
「……シエルのポーション専門店」
「普通過ぎるので却下で!!」
「おふっ!!」
ちょ、おい!? これ原作の君が考えたお店の名前だからな!?
俺は心の中でツッコミを入れるが、シエルに届くはずもなく。
シエルともふ丸がお店の名前をどうするかで盛り上がる。
「わふっ!!」
「うん、たしかにインパクトが欲しいかも。……インパクト……インパクト……怪人ツノカブト男のポーション専門店……?」
「……ふむ」
「じょ、冗談ですよ? だからラースさん、槍を構えないでください!!」
流石におふざけが過ぎる内容は却下した。
これ以上、怪人ツノカブト男の話を広めてなるものか。
「よし!! 決めました!!」
「結局、どういう名前にしたのだ?」
「ポーション専門店〝もふもふ亭〟です」
……ふむ。
もふ丸の『もふ』から取ったのだろうか。たしかにインパクトはある。
でもその名前だと飲食店っぽいし、店長がもふ丸みたいになってしまうような……。
いや、もふ丸を看板犬にするならおかしくはない、かな?
「響きが良いな。それに覚えやすそうだ」
「ですよね!?」
「わふっ!!」
こうしてポーション専門店〝もふもふ亭〟を開くための準備が始まった。
ポーション作りに必要な道具や設備を買いに商店街をうろうろしたり、もふ丸の小屋を作るために必要な木材を採りに森まで行ったり……。
時が経つのは早いもので、シエルの物件購入から一週間が経った日。
その事件は起こった。
――――――――――――――――――――――
あとがき
ワンポイント小話
ラースが作ったもふ丸の小屋は、もふ丸からリテイクを七回くらった。
「一つ屋根の下、だと!?」「怪人ツノカブト男で笑った」「もふ丸のリテイクで草」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。
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