第10話 悪役騎士団長、交渉を見守る





「ふぅ、駄目ね。シエルちゃんがあまりにも可愛くて、思わず取り乱しそうになるわ」


「……あれがまだ取り乱していない範疇なのか」



 高級レストランの個室。


 防音加工が施してあるようで、ここなら密談も自由にできそうだ。


 いわゆるVIPルームという奴だろう。



「それにしても、流石は噂のラース様。油断していたとは言え、この私を軽々と投げ飛ばすなんて驚いたわ」


「地面に頭から刺さっても秒で起き上がる貴殿の方が、俺は怖い」



 俺は先程、シエルに抱き着こうとした変態を思わず投げ飛ばしてしまった。


 わざとではない。わざとではないよ。


 大事なことなので二回言っておく。念入りにもう一回、わざとではない!!


 しかし、変態ことティアナはこれと言って大きな怪我をした様子も無く、ただ優雅に椅子に腰掛けてワイングラスを揺らしている。


 強いて言うならたんこぶが一つできているくらいだった。



「……本当に不思議だな……」


「私、昔から身体が頑丈なのです」



 無論、知っているとも。


 身体能力が並みの人間より遥かに優れていることも知っている。


 こいつだけギャグ時空の人間だからな。


 全力のダッシュは馬以上の速度を出せるし、常人なら死に至るであろう大怪我も瞬きの間に治ってしまう。


 あ、ほら。もうたんこぶ治ってる。



「ところでシエルちゃん、ここのお料理はどうかしら? 最高級の食材を使って最高の料理人が作った最高の料理なのよ」


「あ、はい。美味しいです」



 シエルがティアナからサッと視線を逸らす。


 俺がいない間に相当なトラウマを植え付けられたのか、かなり怯えている。


 ……ふむ。



「あまりシエルを怖がらせないで欲しい」


「あら、失礼しちゃうわ!! 私は可愛い子を見たら我慢できなくなるだけなんだから!!」


「それが問題だと言っているのだが」


「可愛い子を見たら愛でたいと思うのは当然でしょう? 特にシエルちゃんみたいな天使の如き可愛さの女の子は!!」



 うーむ。


 我ながら中々どうして濃いキャラクターを作ってしまったものだ。



「さて、少し真面目な話をしようかしら」



 ティアナがくすっと微笑む。


 こっちは最初からずっと真面目な話をしていたんだけどなあ。


 などという心のツッコミが彼女に聞こえるはずもなく、ティアナは話を切り出してきた。



「シエルちゃん。貴女、ポーションを売り歩いているのよね?」


「え、あ、はい。どうしてそのことを?」


「最近噂になっているのよ。真っ白な狼と怪人ツノカブト男を従える美少女がポーションを売り歩いている、ってね」


「び、美少女、ですか?」


「ちょっと待って怪人ツノカブト男について詳しく」



 美少女と白狼は分かる。シエルともふ丸のことだろうからな。


 しかし、となると怪人ツノカブト男は消去法で俺になってしまう。


 いや、角のある兜を被っている時点でほぼ間違いなく俺のことだろうが、怪人ツノカブト男は流石に酷いと思うの。



「だってラース様。貴方、シエルちゃんにイチャモンをつけてきた冒険者を返り討ちにしたでしょう?」


「まあ、したな」


「その連中が話してたわ。人間とは思えない膂力だったって。ここが怪人の由来で、ツノカブトは見た目からかしら?」


「……なるほど」



 たしかに、そういう変な名前を付けられたとしても不思議ではないけれども!!



「というか、シエルちゃんが話題になったのも怪人ツノカブト男のせいね。探すのも大した苦労はなかったわ。まさかシエルちゃんがこんなに可愛い天使だとは思わなかったけれど!!」


「あの、近寄らないでください」


「やーん、照れてるお顔もキュートね!! 食べちゃいたいわ……じゅるり」



 まるで肉食獣を見るような目でシエルを見るティアナを警戒しつつ、俺は納得した。


 そうか。

 シエルが原作よりも早いタイミングでティアナと出会ったのは俺が原因か。



「俺の正体を知っていたのは、シエルについて調べたからか?」


「ご名答。昼間にシエルちゃんと出会ってから、色々と調べたわ。勇者パーティーを追放されたこともね」


「っ」



 シエルの表情が強張る。



「……それで、私に何か用ですか?」


「……そうね。とても大事な話よ」



 どこか棘のあるシエルの物言いに対し、ティアナはシエルの目を真っ直ぐに見つめる。



「――私と契約をしない?」


「契約、ですか?」


「ええ、ビジネスの話よ」



 来た!!


 ティアナがシエルを夕食に招いた時点で予想はしていたが、ドンピシャだ。



「貴女の作ったポーションについて調べたわ。とんでもない効果ね。美味しいし。私は服飾がメインだけど、結構手広くやっていてポーションの販売もしているの。うちのポーションを作っている職人たちが驚嘆していたわ」


「……そうですか。ありがとうございます」


「簡潔に言うと、私は貴女の作るポーションに可能性を感じています。既存のポーションに関する権益者を一掃してしまうような、大きな可能性を」



 ティアナがワイングラスの中身を呷る。


 頬が赤く染まっており、かなり酔っ払っているようだった。



「だから私は、貴女に出資したいの。具体的にはそうね、最低でも金貨1000枚ほど」


「……本気ですか?」


「ええ。このお金で貴女たちが購入を考えている物件は買えるし、その他にも必要な設備や素材を揃えることはできると思うわ」


「物件のことまで調べたんですね……。でも、ティアナさんに何のメリットが?」


「言ったでしょう? これは出資。将来的に貸したお金は返してもらうわ。そして、貴女の作ったポーションを私の傘下の店に卸して欲しいの。優先的に安い値段でね。そうね、十年くらいの期間が良いわ」



 シエルがティアナを見つめる。



「……一年」


「え?」


「一年でないなら、私はすぐにこの街を出て行くか、別の手段を取ります」


「っ」



 ティアナの笑顔が引き攣った。


 十年という長大な期間を要求してくるティアナもティアナだが、それをたった一年にしろと言うシエルもシエルである。


 いやまあ、原作でもシエルは人並み以上の商才を発揮してたからなあ。


 その片鱗が少なからず感じられる。


 俺は特に口を出すことはせず、二人の交渉の成り行きを見守った。



「うーん、シエルちゃん? ちょっとその要求は横着が過ぎるんじゃないかしら?」


「十年という無茶を先に要求してきたのはそちらです。無茶には無茶を、常識です。あ、あとハンデルの街では私のポーションを販売しないでください」


「こ、この街の市場を独占するつもりかしら? でも上手くいかないと思うわよ? ほら、新しいお店って固定のお客さんが付きにくいし。うちにはノウハウがあるから、貴女のポーションをより効率的に売れ――」


「すでに冒険者という客層は獲得しています。時間をかけてお金を稼げば、お店は自分で開くことができます」


「そ、それはどうかしら? のんびりしてる間に狙ってる物件を誰かに取られちゃうかも?」


「つまり、従わないなら商売をさせない、と?」


「っ、そ、そういうわけじゃなくて!!」



 なんだろう、シエルが怖い。


 有無を言わさぬ迫力があるというか、原作のシエルの面影を感じる。



「まあ、ティアナさんがその気なら私は他の方の話を受けるだけです」


「っ」


「どうしますか? 一年。一年なら、貴女の出資を受けることも考えますが」



 うーわ、えぐいハッタリだな!?


 まるで他の商会からも同じような話があったかのような物言いだ。


 ティアナは表情は一切崩さないが、冷や汗を流している。


 真偽を見極めているのだろう。


 いざとなったら逃げるという最初の言葉も効いているのかも知れない。



「……八年」


「一年」


「……七年」


「一年」


「……ご、五年!! これ以上は交渉決裂ね!!」


「一年」


「……さ、三年……?」


「良いですよ。じゃあ三年、私はポーションをティアナさんの店に優先的に卸します。ただし、売るのはハンデルの街以外にしてください。そうしないと、私のお客さんがいなくなっちゃうので」


「わ、分かったわ。ハンデルの街では売らない」



 うーん。


 なんだろう、この違和感。シエルが上手いのもあるだろうが、どうもティアナが手を抜いているような気がする。



「ティアナ殿、貴殿の目的はシエルのポーションだけか?」


「……シエルちゃんもシエルちゃんなら、ラース様もラース様ね」


「「?」」



 首を傾げる俺とシエルにティアナが溜め息混じりで白状する。



「今回の話は初っ端からそちらに有利だと分かっていたけど……。それを瞬時に理解して強引な交渉に出るとは、流石はシエルちゃんね。冗談抜きでうちの養女にならない?」


「お断りします。もう誰かに使われるのは嫌なので」


「そう、残念。ラース様も流石だわ。私の本当の目的にも気付いているなんて。お似合いじゃない」


「お、お似合い……」


「あらかじめ言っておくわ。私の目的は二つ。一つはポーションね。シエルちゃんのポーションをうちで売り出したいのは本当よ。二つ目の目的は単純に――」


「単純に?」



 ティアナが目をカッと見開いた。



「出資者の立場になったら、適当な理由でもシエルちゃんに会いに行く口実ができる!!」


「どうしましょう、ラースさん。急に出資の話を断りたくなってきました……」


「まあ、分かるが、分かるが落ち着こう、シエル」



 ティアナはこういうキャラなのだ。


 商人として最大限の利益を得ようと行動するが、私欲を捨てられない。


 要は美少女を着飾らせて愛でたいだけ。


 というか、ティアナはそのために大商会を築き上げた。

 馬鹿と天才は紙一重と言うが、ティアナはそれを体現したような女なのだ。



「じゃあシエルちゃん、早速この契約書にサインを!!」


「ラースさん、どう思いますか?」


「契約書の下に紙が一枚重なってるな。下の方は……婚姻届か。結婚詐欺で訴えられるんじゃないか?」


「ちょ、待っ――」



 ティアナの目論見を瞬時に看破し、シエルは彼女から金貨1000枚の出資を得るのであった。






――――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイント作者の一言


作者「わいはロリコンお姉さんが好きだ」


ラース「シエルはロリではない」


作者「未成人はロリである」


ラース「……た、たしかに」



「怪人ツノカブト男で笑った」「ティアナが欲望に忠実すぎる」「商人シエルカッコいい」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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