第9話 悪役騎士団長、咄嗟に身体が動く





 森で薬草を採取し、全力ダッシュでハンデルの街まで戻る。


 途中でスライムの群れに遭遇したり、盗賊に襲われている馬車を助けていたらすっかり日が沈み、夜になってしまった。


 俺は急いで背負い篭いっぱいの薬草を持って借りている宿屋へと向かう。


 そして、シエルの待つ部屋をノックした。



『あ、どうぞ』



 部屋の向こう側から返事が返ってくる。


 良かった。

 特に遅くなってしまったことを怒ってはいないようだ。



「すまない、遅くなっ――」



 扉を開いた俺は、絶句した。


 シエルがいるはずの部屋にいたのは、女神のように美しい少女だったから。


 いや、シエルだ。たしかにシエルなのだ。


 しかし、窓から差し込む月光を反射して輝く純白の髪と黄金の瞳。

 それらを際立たせる白銀のドレスがとてもよく似合っていた。


 もふ丸は彼女の側で眠っている。


 丸くなって眠るもふ丸に背を預けるシエルの姿はどこか神秘的で、今までに見た芸術品の中で最も美しかった。



「ラースさん?」


「あ、ああ、すまない。その格好は?」


「……変態に捕まって、着せられました……」



 俺はすぐに察する。


 あの女に出会ったのか。ならば納得というか、不思議ではない。


 いや、でも出会う時期が少し早いな。


 俺の存在が影響してシエルの行動に変化が生じているからだろうか。



「あの、やっぱり似合いませんよね?」



 シエルは自信無さそうに言う。


 自己評価が低いというか、自尊心があまり無いというか。

 そこがシエルの美点でもあるのだが、この美貌でそれは最早嫌味だろう。


 彼女をそういう風に作ったのは俺だがな。

 シエルが誰かの不興を買う前にその認識を改めさせてやるべきか。



「自分ではそう思うのか?」


「は、はい。実際に似合ってない、ですよね?」


「いや、とてもよく似合っている。冗談抜きで、どこかの女神が地上に降りてきたのかと思った」


「さ、流石にお世辞が過ぎますよ」


「世辞ではない」



 感動すら覚える。


 垢抜けない感じのシエルも良かったが、今の彼女からは神秘的な美しさを感じる。


 彼女というキャラを書いた前世の自分とイラストを担当した絵師さんを全力で褒めまくってやりたい。



「そ、そんなに、似合ってますか?」


「ああ、とても」


「は、恥ずかしいので、あまり見ないでください」


「それは、すまない」



 だって視線を吸い寄せられるというか、見ずにはいられないのだ。


 俺じゃなくても同じ反応を見せるだろう。


 頬を赤くしたシエルが、恥ずかしさを誤魔化すように「あっ」と何かを思い出したように手をポンッと叩いた。



「あの、ラースさん。実は、その変態に夕食に誘われてしまって。行こうかどうか迷っていて」



 変態に誘われるって聞くと、物凄く嫌な感じがするな。


 しかし、夕食に誘ってくるとは。


 俺の予想とは相手の動きが違っている。

 あまり下手なことはせず、慎重になった方が良いとは思うが……。


 ここで大切なのはシエルの意志だ。



「シエルはどうしたいんだ?」


「えっと、実はこの服、タダで貰ってしまったもので……。その、行かないのは申し訳ないかな、と」


「そうか。ならば行った方が良いだろうな」


「でも、その、一人は怖いので、一緒に来てもらえたらなあって」


「分かった」



 シエルを着飾った女が何者か知っている俺からすると、警戒の必要は無い。


 しかし、シエルは女の子だ。


 いくら相手が同じ女性と言えども、よく知らない相手と食事するのはやはり怖いのだろう。


 何より懸念もある。


 シエルが奴と出会うのはもう少し先のはずだったからな。

 もしかしたら俺の知らない変態という可能性も少なからずある。


 俺が一緒に行ってシエルが安心するなら良し、俺も変態が予想通りの相手か確かめることも出来て良し。


 というわけで俺たちがやって来たのは。



「はわわわわ、ラースさん!! な、なんだか凄くお高そうなレストランですっ!! 絶対に私なんか場違いですっ!!」



 そこはハンデルでも一位、二位を争う高級レストランだった。


 出入りしている客も金持ちそうだ。


 その客の中には俺たちを見て、というよりは俺を見て鼻で嗤う者もいた。



「場違いは俺の方だな」



 今のシエルはどこに出しても恥ずかしくない、本物のお姫様のようだ。


 しかし、その隣に並ぶ俺はズボンとシャツというラフな格好をしており、一角兜を被って大盾と槍を背負っている。


 一応、新品のシャツとズボンだし、兜も盾も槍も磨いてきたが、やはり俺の方が場違いである。


 うーむ、急に行きたくなくなってきたな。


 別に俺がお高いレストランに通うお高くとまった連中に嗤われるのは構わない。


 だが、俺が原因で隣に立つシエルまで笑われようものならレストランと俺の槍が真っ赤に染まるだろう。


 どうしたものか。



「わふ!!」


「む、なんだ?」


「おふっ!!」


「えっと、気にしないで良いって言ってます」



 もふ丸に慰められるとは。


 まあ、もふ丸はシエルと同様、首に黒い蝶ネクタイをしてバッチリ決めているのだ。


 シャツとズボンと兜の男の気持ちは分からないだろう。



「まあ、気にしても仕方がないのは確かだな」



 何とかなるでしょ、多分。


 そう思ってレストランに入ろうとしたのだが、警備員と思わしき黒服に呼び止められる。



「その、お客様、流石に武器の持ち込みは……」


「何か問題でも?」


「い、いえ、その、ただお客様の格好は当レストランに相応しくないと言いますか……お帰りいただきたいと言いますか……」



 普通、こういう黒服の人って筋骨隆々のマッチョで背も高いから、分不相応な客をビビらせて追い払ってしまうものだろう。


 ところがどっこい、俺の方が身長はデカイ。


 ついでに言うとマッチョ具合も俺の方に分がありそうで黒服がビビってるビビってる。


 しかし、呼び止められるとは。


 ここはシエルの護衛をもふ丸に任せて退散するべきだろうか。


 黒服をビビらせて遊んでいると、レストランからコツコツというヒールの音を鳴らしながら人が歩いてきた。


 ボンキュッボンのナイスバディー。


 うちのシエルほどではないが、長い銀髪が綺麗な絶世の美女である。



「失礼、そのお二人と一匹のワンちゃんは私がお招きしたの」


「っ、あ、貴女様は!?」



 その美女が黒服に話しかけた。


 すると、黒服は心底驚いた様子で俺たちと美女を交互に見つめる。


 レストランに出入りしている客も同様だった。



「ティアナ・ドレスライン」


「あら? かの高名なアズル王国騎士団長に知られているとは、私も有名になったものだわ」


「元騎士団長だ。……知らない者などいるわけがないだろう。この中立交易都市を統べる七つの大商会、その一つであり、大陸中の服飾店を手中に収めるドレスライン商会の会長をな」


「ふぇ? こ、この変態の人、そんなに凄い人だったんですか!?」



 ありゃ、シエルは知らなかったか。


 周囲の客がギョッとしてティアナを変態呼ばわりしたシエルに視線が注がれる。


 当のティアナはシエルを見て、気色の悪い笑みを浮かべた。



「んふっ、ぐふふふふ」


「ひっ」



 鼻息を荒くしてニヤニヤと笑うティアナにシエルが顔を青くする。



「来てくれたのね、私の天使ちゃん!! ああ、しかも私の選りすぐったお洋服を着て!! 可愛い!! 天使、いえ、私の女神ぃ!!」


「こ、来ないでください!!」


「ああん!! 逃げちゃらめえっ!! お姉さんが沢山ギューってしてあげるからあっ!! あ、それともチュッチュッの方が良かった?」


「どっちも嫌ですっ!!」



 ティアナが下心丸出しの顔で迫り、シエルはサッと俺の後ろに隠れる。


 あらかじめ言っておこう。


 決してわざとではなかったのだ。やるつもりは欠片も無かったのだ。


 俺はただ、俺の背後に隠れて震えている少女を守ろうとしただけである。

 本当に悪気は無かったので、どうか怒らないで欲しい。


 咄嗟に身体が動いてしまった。



「ぬぅん!!」



 ティアナの腕を掴み、反撃の間を与えず、投げ飛ばす。


 いわゆる背負投げだ。


 気味の悪い笑みを浮かべたまま宙を舞うティアナ。


 そのまま地面に頭から突き刺さるティアナ。


 悲鳴を上げる黒服と目撃者たち。



「あ、すまない。つい」



 とてつもなく重苦しい空気が、周囲に満ちるのであった。


 俺、悪くないよね?






――――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイント作者の一言


作者「美女ほど面白おかしいキャラにしたい。反省はしない。後悔もしない」


ラース「しなさい……」



「良いセンスの変態で草」「怯えるシエルかわいい」「出会って即背負投げは草」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る