真の勇者side 真の勇者、やばい人と遭遇する





 十二歳の春頃。


 アズル王国の辺境にある私の故郷に勇者パーティーの皆さんがやって来た。


 どうやらアズル王国のお抱え預言者が、ある予言をしたらしい。

 何の特技もない私が魔王を倒すのに必要だとか何とか。


 小難しいことを言っていたけど、勇者パーティーに加わったらアズル王国から援助金が出るという話が決定打となった。


 私の家は母子家庭ということもあり、母に楽をさせたくて私は二つ返事で了承した。


 そうして、私は勇者パーティーに加わった。


 平民である平凡な私は、勇者パーティーの中で一番浮いていたと思う。


 私以外の人が凄い人ばかりだったから。


 幾多の魔法を極めた賢者様、大怪我でも一瞬で治癒してしまう聖女様、王子でありながら世界を救おうとする勇者様。


 そして、アズル王国を守る騎士団に最年少で入団し、最速で騎士団長となった男性。


 その人を初めて見た時はとても怖かった。


 身の丈が2m近くあり、全身に鎧を着込む大柄な男性だった。


 長く太い柄の大槍と大きな盾を軽々と振り回し、魔物を叩き潰してしまうその姿は、さながら物語に出てくる巨人のようだった。


 でも、話してみたら怖くなかった。


 戦っている時と違って平時は穏やかな人で、物腰柔らかい人だったから。


 思えば戦闘中も私の方に敵が来ないよう細心の注意を払っていたようだし、私が失敗してもすぐにフォローしてくれた。


 文字の読み書きも教えてくれたし、知らないことを沢山教わった。


 お父さんやお兄ちゃんがいたら、こんな感じの優しい人だったのかな、と思ったのは一度や二度ではない。


 でも、違うのだ。



「ねぇ、もふ丸。ラースさんは、私が子供だから助けてくれるのかな」


「わふ?」



 大通りでポーションを売り終わった私は、借りている宿に戻って明日売るためのポーションを作っていた。


 ラースさんは森まで薬草を採りに行っている。


 ダッシュで行ってくると言っていたので、夕方には戻るだろう。


 ここにいるのは私ともふ丸だけだった。



「そうじゃなかったら、私みたいな田舎臭い女を気にかけてくれる理由なんか無いよね」



 昨日、私たちのところに勇者パーティーの皆さんがやって来た。


 理由はラースさんを連れ戻すため。


 その時、ヒステリックを起こしたドロテアさんに言われたことが頭から離れない。



『こんな田舎臭い女のどこがいいのかしら』



 そう、私は田舎者だ。


 ずっと故郷の村で暮らしていたから、都会の流行とか分からない。


 お洒落だってしていない。


 都会でお洒落をしてる女の子を見て「かわいいな」と思っても、真似をしようとはあまり思わなかった。


 極端な話、私には女の子としての魅力が無い。


 だからラースさんが、私が女の子だからという理由で気にかけてくれているのではないと思う。



「……じゃあ、私が大人になったらラースさんはいなくなっちゃうのかな……」



 もしも私が大人になったら。


 そして、ラースさんがどこか遠い場所に行ってしまうことを想像したら。



「……嫌だな……」



 とても嫌だった。


 何が嫌なのかは正直分からない。

 でも、あの人がいなくなることを想像したら気分が悪くなってしまう。



「なんだろ? この変な感じ……。胸が痛い。もふ丸はこれが何か分かる?」


「わふっ!! あぅあぅ!!(訳:そりゃ恋って病気でっせ、お嬢!!)」


「……それは分かんない。ううん、多分ラースさんのことは好きなんだけど……」


「わふっ、わふっ(訳:なるほど、ライクかラブか分からへんっちゅうことですかい)」



 もふ丸の言いたいことが分かる。


 これは私の数少ない特技というか、昔から分かってしまう相手の声じゃない声。


 相手の視線、息遣い、あらゆる挙動……。


 そういう細かい情報から相手の考えていることを予測しているだけ。

 子供の頃はこの『声じゃない声』のせいで母以外の大人には気味悪がられていたっけ。


 親しい人であればある程、この読心技術の精度は高くなる。


 でも何故か、ラースさんだけは分からない。


 いや、私が勇者パーティーを追放される前までは分かりにくいだけだった。


 でも最近のラースさんは何を考えているのか全く分からない。

 思考と行動が一致していないというか、まるで頭と身体を動かしている人が別のような。


 そう、まるで二人のラースさんが一人の中にいるような感じ。


 だからこそ、悶々としてしまう。

 ラースさんが私をどう思ってるのか分からなくて、気になって仕方がない。


 彼が私に言った「可愛い」という言葉がお世辞なのかも分からない。


 ……個人的には、本音であって欲しいとは思う。



「はぁー、駄目駄目!! ドロテアさんの言ってることなんか気にしちゃ!! もふ丸、何か美味しいもの食べに行こ!!」


「わふっ!!(訳:お腹ぺっこぺこでっせ!!)」



 もふ丸と宿屋を出て大通りを歩く。


 ハンデルは人口が多く、大通りは冒険者や商人の往来が激しい。


 ここ数日ですっかり顔見知りになってしまった冒険者の男性が私に気付いて、声をかけてくる。



「おっ、シエルちゃん!! ポーションは!?」


「あ、すみません。今日の分は午前中に売り切れてしまって……」


「ぐぬぬぬ、また駄目だったかぁ。明日こそは買いに行くからね!!」


「はい、お待ちしています」



 そうこうしながら私は屋台で串焼きを買い、もふ丸と一緒に公園で食べる。


 甘辛いタレが美味しいお肉だった。



「……このタレ、お醤油をベースに……蜂蜜も入ってるのかな。ピリッとしてるのは唐辛子だと思うけど……」



 ぶつぶつと呟きながら、串焼きのタレについて考える。


 お料理は私の数少ない特技だ。


 こと料理に関しては勇者パーティーで一番だったと自負している。


 ラースさんも上手だけど、大雑把というか、やたらと量が多いというか。

 男飯って感じのする料理を作るから、私の方が上手だと思う。



「今日は手料理にしようかな。いつも外食だとお金もかかるし……。ラースさん、喜んでくれるかな?」



 その時だった。


 公園の入り口で一台の馬車が止まり、中から綺麗な女の人が出てきたのは。



「凄く綺麗な人……」



 背が高くて、ボンキュッボン。


 頭髪は私みたいに気味の悪い白色と違って、長い銀色だった。


 瞳はアメジストを彷彿とさせる淡い紫色だ。


 服装も素人の私でも分かるくらいセンスが良くて、自分の魅せ方というものを理解している人だと一目で分かった。


 コツコツとヒール特有の足音を鳴らしながら、こちらに向かってくる。



「待ち合わせしてるのかな」



 なんて呟いていたら。


 その綺麗な女性は私の前に止まり、仁王立ちして私を見下ろしていた。



「えっと、あの、何か?」


「貴女、お名前は?」


「……シエル、です」



 もふ丸が女性を見る。

 しかし、威嚇するわけでもなく、ただ女性を真っ直ぐ見つめていた。


 私から見ても敵意らしいものは感じない。



「ついに、ついに……」


「?」


「ついに見つけたわっ!! 私の天使っ!!」


 

 あ、この人、やばい人だ。



「ねぇ、貴女!! 良かったら私の娘にならない? 何でも欲しいものあげちゃうわよ!!」


「丁重にお断りします。行こ、もふ丸」


「おふ!!」


「ああん!! 釣れない態度も天使ね!! 可愛いわぁ!!」



 私はもふ丸に乗って、その場から全力で逃げ出した。


 しかし……。



「待ってぇー!! 私の天使ぃー!! うちの子になってぇー!!」


「ひっ」


「おふ!?(訳:速っ!?)」



 あろうことか、その女性はもふ丸のスピードを上回る速度で追いついてきた。


 しばらく夢に出そう……。







――――――――――――――――――――――

ワンポイントシエル設定

原作が三人称視点で書かれているため、相手の心情が描写されているシーンが多くあり、その結果として世界の補完能力で獲得したもの。心の声はシエルの偏見で方言になったりする。また、ラースはシエルが半端ない読心技術を持っていることを知らない。



「もふ丸の翻訳で草」「変態が出た」「軽自動車並みのスピードを出せる謎の女で草」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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