第8話 悪役騎士団長、努めて冷静にキレる




「ひぃ、ふぅ、みぃ……。たった十日足らずで、銀貨1500枚、金貨にして15枚も稼いじゃった……」


「順調だな。諸々の経費や生活費を除いても金貨十枚くらいになるのではないか?」


「順調すぎて怖いです!!」



 夜。

 ここ数日、毎晩通い詰めてすっかり常連になってしまった酒場。


 その端の方にあるテーブルで、シエルが手元の銀貨を数えて震えていた。



「店、というか例の物件を買うのに必要な金額は金貨500枚だったな。近いうちに達成できるかも知れん」


「うぅ、だったら嬉しいんですけど」



 頭を抱えて唸るシエル。


 シエルの最終目標は貯めたお金で自分だけの店を持つことである。


 そこで不動産屋に行き、良い物件が無いか探したところ、大通りで中々売れずに残っている中古物件を一つだけ発見した。


 幽霊が出るという噂はあったが……。


 俺もシエルもあまり幽霊とか気にしないタイプだった。


 もふ丸は噂を聞いてぷるぷる震えてたけど。


 しかし、もふ丸には申し訳ないが、あの物件は立地が良い。

 大通り沿いにあるから客足もあるだろうし、何より近くに安値の宿がある。


 宿から通勤できる距離にあるし、シエルに何かあってもすぐに駆けつけられるだろう。



「それにしても、大金を持ち運ぶのは危ないな」


「あ、はい。そう思って銀行に口座を作ろうかと。明日にでも手続きして預けてきます」


「それが良い。まあ、今のシエルを敵に回そうとする馬鹿はいないと思うがな」


「お、大袈裟ですよ?」



 ところがどっこい、意外とそうでもない。


 シエルの作った美味しいポーションは、冒険者に飛ぶように売れている。


 販売開始から十分程度で完売してしまうほどだ。


 不味いポーションを飲まなくても良いというのが、怪我が当たり前の冒険者たちにとってはかなり有り難いらしい。


 ハンデルの街を拠点とする冒険者は多く、その大半からシエルは支持を集めていた。


 まあ、中には金に物を言わせて強引な手段でシエルからポーションを買い取ろうとする冒険者も少なからずいた。


 しかし、そういう冒険者は真面目に買う順番を待っていた他の冒険者から総スカンを食らう。


 更に素行の悪い冒険者の中には、それを承知の上でシエルからポーションを奪おうとする輩もいたのだが……。



「ラースさんがいて、本当に良かったです」


「用心棒だからな。面倒な客は追い返すのが仕事だ」



 そういう輩は俺が実力行使で排除した。


 まあ、もふ丸をただのデカイ犬としか思っていない馬鹿な連中だったからな。


 もふ丸がグレーターウルフだと知っていたら、シエルから無理矢理ポーションを奪おうなどという暴挙には出ない。


 俺の実力も見誤ったのだろう。



「俺がいなくても、シエルに危害を加えようものならもふ丸が対処していただろうがな」


「それはそうかも知れないですけど、その、私はラースさんがいてくれて、心強いというか、えっと、ごにょごにょ……」



 シエルが俯いて何かを呟く。



「すまない、よく聞こえない」


「あ、あの、えっと、その、だ、だから!! こ、これからもずっと、ラースさんと一緒にお仕事したいです!!」



 酒場全体に響くような大きな声だった。


 そこまで大きな声を出すつもりはなかったのか、シエルが顔を赤くする。


 その時だった。


 酒場に入り浸っていた大勢の客たちがざわめき始めたのは。


 原因はシエルが大声を出したからではない。


 酔っぱらいたちの視線は酒場の入り口に注がれていた。

 店に入ってきた一団があまりにも有名な連中だったからだろう。


 シエルを追放した勇者パーティーだった。



「久しぶりだね、ラース」


「……何か用だろうか?」



 平静を装うが、俺は内心で困惑する。


 シエルを追放した彼らは、ハンデルの街を出立して死の山脈を越えて魔族の支配領域に向かうはず。


 その彼らがなぜここにいるのか。


 勇者アレンは困惑する俺の目を真っ直ぐ見ながら言った。



「君には勇者パーティーに戻ってきて欲しい」



 勇者アレンがそう言うと、視界の端でシエルが表情を曇らせた。

 うちの子を悲しませやがって。原作と違うことするなよ。


 いや、そこに関してはブーメランだが。



「断る」


「っ、な、何故だ!! 君はアズル王国の騎士だろう!?」


「騎士はもう辞めた。今の俺はただのラースだ。貴方に従う理由はすでに無い」


「くっ、何が君を変えてしまったんだ!?」



 前世の記憶を思い出したせいです。



「ごちゃごちゃ言ってないで早くしなさいよ。今なら特別に許してあげるから」


「死の山脈を超えるには、ラース様の力が必要なんですぅ」



 賢者ドロテアと聖女マリアの言葉で察した。


 そっか、俺がいないから死の山脈を踏破することができなかったのか。


 いやいやいや、ラースがいなくちゃ死の山脈を超えられないってどゆことよ。君たち仮にも勇者パーティーでしょうが。


 面倒なことになったな。


 それにしてもこいつら、物言いが上から目線でむかつくぜ。



「今の俺は彼女の用心棒だ。貴殿らに付いていくつもりは欠片も無い」


「彼女……?」



 そこまで言って、勇者アレンたちはシエルの存在に気付いた。


 こいつら、今の今までシエルに気付かなかったのか。


 本格的に腹が立ってきたぞ。



「なんだ、死んでなかったのね、あんた」


「っ」



 ドロテアの溜め息混じりの言葉にシエルがビクッと身体を震わせる。



「なに? もしかしてラース、あんたこの無能の面倒を見てるの? 時間の浪費ね」


「俺の時間の使い方を貴様にとやかく言われる筋合いはない」


「っ、ふん。こんな田舎臭い女のどこがいいのかしら」


「っ、わ、私は……」



 反論しようとするも、震えて声を出せないシエル。

 すると、シエルが怯えていると思ってか、もふ丸がドロテアを威嚇した。



「がるるるるる……」


「何よ、そのグレーターウルフ。もしかして、あんたの従魔? この私に唸るなんて生意気ね。主ともども焼き殺してやろうかしら」


「っ、だ、駄目っ!!」



 敵意を見せてきたドロテアに対し、もふ丸がシエルを守るべく襲いかかる。


 しかし、ドロテアの杖先から出た炎がもふ丸を燃やしてしまった。



「きゃうん!?」


「ふん、雑魚の分際で私に襲いかかるからそうなるのよ」


「もふ丸!!」



 もふ丸の綺麗な純白の毛が黒く焼け焦げて、床をのたうち回った。

 シエルが懐からポーションを取り出し、もふ丸に振りかける。


 俺も慌ててもふ丸に駆け寄った。



「もふ丸!! もふ丸!!」


「くぅん、くぅん」


「ど、どこか痛いの? 待って、もっとポーションを――」


「いや、大丈夫だ。流石はグレーターウルフだな。毛が分厚くて肌まで火傷はしていない」


「ほ、本当ですか? よ、良かったぁ」



 それよりも。



「……おい、ドロテア」


「はあ? なに呼び捨てにしてんのよ。あんたもそこの駄犬みたいに燃やして――」



 俺はドロテアが呪文を唱える前に、その顎を鷲掴みにして持ち上げる。



「っ!?」


「もふ丸、よく覚えておけ。魔法使いは口を塞げばそう怖くない相手だ」



 努めて冷静に話す。


 ドロテアが宙ぶらりんになった手足をじたばたと暴れさせるが、賢者と言っても所詮は魔法使いでしかない。


 フィジカル面では貧弱そのものだから、俺をどうこうできるわけがなかった。


 しかし、ドロテアは賢者である。


 こと魔法に関する技量と造詣は普通の魔法使いを遥かに上回ると言っても過言ではない。



「ただし、中には無詠唱で魔法を行使できる者がいる。そういう相手は杖を奪うのが正解だ。こうやってな」


「――ッ!!!!」



 杖を持つドロテアの腕を握り締め、逆方向に全力でへし折った。


 もふ丸の毛を燃やした罰だ。

 最近はブラッシングして色艶が出てきて綺麗だったのに。


 俺の努力を台無しにしやがって!!



「しかし、ここで油断はするなよ。杖がなくても魔法を行使できる魔法使いはいる」



 ドロテアが痛みに悶絶しながらも、俺を憎々しそうに睨む。


 杖無し詠唱無しで魔法を使う気だろう。



「そういう相手はこうする!!」



 俺はドロテアを床に叩きつけて、その意識を刈り取った。


 以上、魔法使いの対処の仕方である。



「と、ここで油断はするなよ。敵の中には油断した瞬間に襲いかかってくる輩もいるからな」



 ちらっと勇者アレンの後ろに立っているフードを被った男に視線を向ける。


 多分、あの男はクロックという暗殺者だろう。


 シエルを追放した後で勇者パーティーに入ったキャラクターだ。


 クロックが肩を竦める。



「おっかない人ですねー」



 クロックはドロテアがやられても心の底から興味が無さそうだった。


 ふむ。

 どうやらクロックは、すでにドロテアを見限っているらしい。


 奴は金を貰ったら何でもするが、契約を継続するかは相手を見て決める。


 原作ではラースのことを『旦那』と呼び慕っていたが、ラースの裏切りを事前に察知して最終決戦直前に逃げ出したキャラだ。


 こいつは放っておいても大丈夫そうだな。



「アレン、何を呆けている」


「っ、あ、ああ……」



 俺は今の今まで黙って見ていたアレンを見やる。


 ドロテアの暴走を止めることもせず、ただ成り行きを見ていただけの勇者。


 これが勇者では、救える世界も救えない。



「一つ、貴殿の臣下だった者として言っておこう。今のお前は、勇者ではない」


「っ、ぼ、僕は勇者だ!!」


「店内で魔法を使う仲間を止めもしない者が?」


「っ」



 魔法は剣と同じだ。


 正しく使うことで何かを守れるが、何かを壊すこともできる。


 そこまで言われてから、アレンは酒場にいた酔っぱらいたちの視線が厳しいものだと気付いたらしい。



「自分の行動を客観的に見ろ。今のお前がやっていることは、勇者など名乗れるものではない。シエルを森に置いて行ったこともな」


「っ、そ、それは……」


「ドロテアが勝手にやったことだと? 仲間のやったことなら、それはリーダーであるお前の責任だ」


「っ」



 それから勇者アレンは、気絶したドロテアを抱えて酒場を出て行った。


 マリアもまた、アレンの後を追う。


 酒場に残ったクロックは俺の方をちらっと見て一言。



「お騒がせしましたー」


「二度と来るなと言っておいてくれ」



 勇者パーティーがいなくなり、店内に喧騒が戻ってくる。



「ラースさん、私……」


「腹が減ったな」


「……え?」


「何か食べよう。今はとにかく、な」


「……はい……」



 シエルの表情が暗い。



「……先程の話の続きだが」


「え?」


「俺も、シエルと一緒に仕事をしたいな」


「っ、はい!!」



 良かった。


 少しは元気になってもらえたらしい。







――――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイント作者の一言


作者「ドロテア絶対に許さん」


ラース「あんたの裁量次第でしょうに……」



「ドロテア許さん」「ラース他人の腕を折るのに躊躇なくて草」「もっとやれ」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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