偽の勇者side 偽の勇者、街に戻る
「こんなパーティーにいられるか!! オレは辞めさせてもらう!!」
シエルを追放し、ラースが離脱した勇者パーティーは、とある山脈の麓で揉めていた。
ラースの代わりに新しくパーティーへ加入した重戦士が、いきなり勇者パーティーからの離脱を表明したのだ。
賢者ドロテアが食ってかかる。
「アンタみたいな無能はこっちから願い下げよ!!」
「なんだと!? もう一度言ってみろ!!」
「ふん、耳が腐ってるのね!! 何度でも言ってやるわよ!! この無能!!」
「ふ、二人とも落ち着いてくれ!!」
見るに見かねた勇者アレンが慌てて仲裁に入ったものの、空気は最悪だった。
「ダレオス、君は何が気に食わないんだ?」
「っ、言っておくがな、勇者様よ!! オレは冒険者の中でも実力がある方だと自負している!! そのオレから言わせてもらうなら、死の山脈を越えるのは無謀だ!!」
重戦士ことダレオスが不満を吐露した。
今まさに勇者パーティーが越えようとしている巨大な山脈。
通称、死の山脈。
オークやゴブリンのような弱い魔物から、オーガやリザードマンのような厄介な魔物、竜種やアンデッドが出る危険地帯である。
何より道が険しく、案内人と呼ばれる道案内のプロがいないと峠を越えることすら難しい。
ダレオスが嫌がるのも無理のないことだった。
「でも、ここを超えたら魔族の支配領域だ。魔王を倒すには――」
「だったら海路があるだろ!! 山脈を迂回して行くのも良い!! 知ってるか!? 死の山脈は魔王ですら寄り付かない危険な場所なんだぞ!!」
「それはそうだけど、この山脈を越えることができたら魔王を倒すことだって可能だろう?」
「はぁー、もういい!! 話にならん!! 雇い金は返しておく!! じゃあな!!」
ダレオスが来た道を一人で戻る。
その背中を勇者パーティーの面々は見送ることしか出来なかった。
「一人減っちゃいましたねー」
「……ふん。アンタも辞めたら? こんな山、私とアレンがいれば余裕なんだから。アンタみたいなコソ泥なんて勇者パーティーには不要よ」
「一つ訂正をばー。自分、泥棒じゃなくて暗殺者なんでー。あと聖女様を忘れちゃ可哀想ですよー」
ドロテアがもう一人の新しいパーティーメンバーに対しても毒を吐く。
勇者パーティーの新メンバー、暗殺者クロックはドロテアの吐いた毒を軽くいなして胡散臭い笑みを浮かべる。
そもそも格好からして胡散臭かった。
全身を黒い外套で覆い、フードを被って布で口元を隠している。
ただ分かるのは、クロックが男性ということのみだった。
その胡散臭さも相まって、ドロテアはクロックが気に入らないらしい。
事ある毎にドロテアはクロックを睨む。
「しかし、困りましたねー、勇者様。タンク無しで死の山脈は無謀ですよー」
「どうにかならないか?」
「うーん。自分みたいな暗殺者なら、気配を殺せば魔物との交戦を避けて山を越えるのも不可能じゃないですがねー。何分、このパーティーには神官と魔法使いが一人ずついますからー」
「私は賢者よ!!」
「あ、私は聖女ですぅ」
「似たようなもんでしょー?」
クロックの発言にドロテアが再び食ってかかり、聖女マリアも同乗するが、クロックは軽くあしらう。
「ま、自分としてはダレオスが言ってたみたいに迂回をおすすめしますねー」
「でも死の山脈を越えた方が遥かに早いはずだ。魔王軍の支配に苦しめられている人々を解放するには早い方が良い」
「勇者様がそう言うなら止めはしませんがねー」
クロックの説得も虚しく、勇者パーティーの面々は死の山脈に入る。
険しい山道を進むことしばらく。
「ギャギャ!!」
「アレン、ゴブリンの群れよ!!」
「気付かれる前に魔法で一気に殲滅してくれ、ドロテア!!」
「分かっ――」
ドロテアが魔法の詠唱に入ろうとした瞬間。
クロックが慌てた様子でドロテアの口を塞ぎ、岩陰に身を隠した。
「むー!! むー!!」
「うっさい黙れ!! 勇者様、アンタらも身を隠せ!!」
「え? クロック、急に何を?」
「良いから早く!!」
「いきなり何なんですかぁ」
言われるがままアレンとマリアは岩陰に身を隠した、その直後だった。
ゴブリンの集団と共に、身の丈15mはあるであろう一つ目の巨人が姿を現したのは。
その鋭い一つ目が、岩陰に隠れていたドロテアとクロックの方に向いている。
しかし、一つ目の巨人はドロテアたちに何かするわけでもなく、ゴブリンと共に山奥へと立ち去った。
「……はあー。ようやく行ったなー」
「ちょっと。何よ、あれ」
「ギガンテスですねー。筋肉の鎧で並大抵の攻撃が通らないし、魔法耐性もある。再生力が高く、それでいて怪力無双。おまけに知性も高いから厄介極まりない奴ですー」
「そういうこと聞いてるんじゃないわよ!! どうしてゴブリンとギガンテスがまとまって行動してんのって言ってんの!!」
「共生でしょうねー。ゴブリンは数が多く、個々は弱い。だからギガンテスという強大な個を頼る。ギガンテスはゴブリンという自分に足りていない数の利というものを得られる。互いにメリットが一致したんでしょー」
アレンとマリアが合流し、クロックは自分の意見を口にする。
「無理ですねー。早急に撤退してハンデルの街に戻るべきかとー」
「はあ!? 何バカなこと言ってんのよ!!」
「大真面目な話ですよー。まだ死の山脈に立ち入って一時間も経っていない。なのに、いきなりギガンテスとか……。やってらんねーって奴ですよー」
「どういうことだ?」
アレンが首を傾げると、クロックは小さな声でボソッと。
「んなことも分かんねーのかよ、馬鹿が」
「クロック?」
「いえ、何でもないですよー」
クロックが胡散臭い笑みを浮かべると、アレンに分かりやすいよう簡潔に伝える。
「ギガンテスは厄介な魔物ですー。一国が軍隊を差し向けても倒せるかどうか、そういう相手ですー。それが、死の山脈の麓付近にまで来た。どういうことか分かりますー?」
「えっと?」
「分からないですぅ」
「勿体振らないでさっさと言いなさいよ!!」
「ちっ」
クロックが舌打ちする。
そして、内心で勇者パーティーへの評価が下がり、同時にある人物の評価が上がった。
(この馬鹿どもが勇者とか笑うしかねーな。オレの前任の子がよほど優秀だったか、面倒見の良いお人好しか。戦闘力が無いから雑用やってたらしいが、戦うしか脳が無いクセにあれこれ文句を言ってくるカス共より数百倍マシだな)
辛辣なことを考えるクロックだが、彼は金さえ貰えば何でもする暗殺者だ。
クロックはこれも仕事の一環だと考え、情報を共有する。
「ギガンテス以上のやべー奴が山脈にいるってことですよー。竜種を上回る龍種か、あるいはギガンテスの上位種であるサイクロプスか……。何にせよ危険なことに変わりはないですー」
「なら、隠れながら進めば良いんじゃないか? ギガンテスも僕たちに気付いてなかったようだし――」
「あれは見逃されたんですよー。人間は可食部位が少ないですからー」
「っ、そ、そうか」
可食部位という言葉に声を詰まらせるアレン。
ここに来てようやく、死の山脈では人間が被捕食者であることを理解したらしい。
「最低でもギガンテスの攻撃を受け止められるような人が欲しいですねー。その隙に自分が目を潰せば、やりようがありますからー」
「タンクが必須ということか。……よし、ハンデルの街に戻ってラースを連れ戻そう」
「ダレオスの前任の人ですよねー。連れ戻せるんですかー?」
「ああ、大丈夫だ。彼はアズル王国の騎士だからな」
何を根拠に大丈夫と言っているのか、と思ったクロックだったが、有能な彼は余計なことを言わない。
勇者パーティーは死の山脈を降りてハンデルの街に戻るのであった。
――――――――――――――――――――――
あとがき
ワンポイントキャラクター設定
ダレオス→普通に優秀な戦士。ラースの代わりに勇者パーティーに入った。死亡フラグを頻繁に立てるが、平然と生還する運と実力がある。
クロック→胡散臭い暗殺者。仕事人気質。シエルの代わりに勇者パーティーに入った。内心では自分を雇うのに相応しい相手かどうかを常に吟味している。
「いきなり死亡フラグっぽい台詞で草」「クロックもっと言ってやれ」「ダレオスの設定で笑った」と思った方は感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。
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